Chap.2 - EP3(5)『博士と聖女 ―儀式の謎―』
部屋に戻る前、アムロイはホランドを呼び、時間差でギルダも室内に招いた。
おそらく何らかの形で見張りは付けられているだろうし、となれば、厩舎であった出来事を相談するために集まるのだという事は、ダンメルク側にもバレバレであろう。だが、そんな事は気にしない。むしろあんな事があったのに誰にも何も相談をしない方が、不自然であった。
だからあえて堂々と、二人を部屋に招いた。
「そんな事が……」
話のあらましを聞き、ホランドが絶句する。
ギルダも「はわわわ……」と口をあんぐりと開けていた。
「はっきり言って、来て早々にこんな沢山の事が起きるなんて思ってなかったから、ちょっと頭がこんがらがっちゃって……。何をどう考えたらいいかさえ、正直分かんなくなったんだよ」
「それはまあ、そうでしょうね……」
ホランドが同情の目でアムロイを見るのも仕方がなかった。
「少し、整理しましょう」
そうして、一つ一つの出来事を並べていく。
まず、一つ目。
この城の中でアクセルオの気配を感じた事。
二つ目が、聖堂聖騎士のコーネリアから、神霊降誕祭を中止にするために協力を頼まれた事。
またそれに伴い、おそらくコーネリアは、あのモーリス博士に対し敵対している可能性もでてきた。
そして最後、三つ目は、同じ聖堂聖騎士のオズワルドに、この密談を聞かれた事。
ところが彼は、何故かコーネリアの謀反めいた動きを明るみにはしなかったのだ。その理由は分からない。
「最後のオズワルドですが、確か我々を出迎えた際に、モーリス博士は彼に対し〝薬の協力をしてくれなかった〟と言ったと記憶しています」
「ホランドも覚えていたんだ。そう、僕もそれは気になって。となると、オズワルドも博士に対してそこまで協力的でない可能性もあるよね」
「しかしそれなら、余計に怪訝しくなりませんか? コーネリアがモーリス博士へ敵意があるなら、同じ考えという事になるはず。しかし二人は、むしろ対立的にさえ見えたんですよね」
「〝裏切るつもりなのか〟って言ったからね」
「仮にそれが、自分の味方なのかって意味で言ったのだとしたら、コーネリアはオズワルドが博士の手に染まっていない事を知らないわけがないから、そうだ、と答えればいいだけです。単純に味方が増えるのはいい事なのに。でも、彼女は無言で何も答えなかった。となれば、オズワルドに博士の〝薬〟とやらの影響があろうとなかろうと、博士の支配下である可能性が高いという事になるでしょうか。……ただ、それならそれで、オズワルドがどうしてコーネリアの裏切り行為を、弟に話さなかったのかというのが疑問になります」
「こればかりはどう考えても分からないよ。あいつらの考えはもとより、それぞれの人間関係だって分かってないんだから。それよりも、そもそもこの場合問題なのは、神霊降誕祭が本当に危険なのかどうかって事だ」
確かに、とホランドもギルダも頷いた。
「その根拠になってるのが、クローディア様という事か……」
ホランドが呟いた後、はっと気付いて目線を上げると、当然のようにアムロイが彼を睨んでいる。
彼がクローディアに対し、自然と敬称を付けた事を聞き咎めたという事だ。
「す、すみません」
「別に……。それより、クローディアがまるで別人みたいな雰囲気だったって事だよね。確かに今日の謁見でのあいつは変だったのは確かだ。前にゼーランで見た姿とは全然違った。けど、それだけで本当にコーネリアの言葉を鵜呑みにしていいんだろうか」
「それについても、コーネリアとオズワルドの話同様、何とも言えません。けど、本当に神霊降誕祭が安全かどうなのかについては、正直大いに疑問があると思っています」
「と言うと?」
「モーリス博士の言った理屈や理論についてはそうなのかもしれません。というか、私では分かりかねるというところです。しかし、博士が言った事が本当に全部なのか……。そもそも、神霊降誕祭とは、二人以上の聖女の力で浄化するというだけの単純なものではありません。より厳密に言えば、聖女の力による神霊版の霊蝕門を起こすというのが正しいのです」
アムロイとギルダが首を傾げる。
「神霊がこの世にあらわれる際、通る道があるとされます。邪霊の通り道が霊蝕門であるように。これを〝聖霊門〟と言います」
「それ、聞いた事がある」
「テルス教の祈りの作法――円字を切る――ですが」
そう言って、ホランドは合わせた手の平を下から上に縦に切るような動きをし、目の当たりで手の平を離すと左右で半円の弧を描いた。そしてもう一度下で手を合わすと、祈りの形に手を組む。
「これは、聖霊門をあらわしているとされます。円を描くのは神霊の世界への門を開く動き。そして最後に手の平を合わせて祈るのは、門を閉じるのをあらわしていると。つまりこれが示すのは、神霊の力はただ呼び出しただけではなく、力を閉じる事で完結する――門を閉じなければいけないという事」
「閉じないとどうなるの?」
「それは分かりません。けれど、教会ではそれをしては決していけない、最大の禁忌だとされています。そして神霊降誕祭ですが、これは人為的に我々人間世界の側から門を開くというもので、確かにそれ自体が非常に難しい事だとされています。これを失敗して命を落とした聖女がいるのも事実です。けれど私は、この儀式が禁忌になった最大の理由、最も問題とされたのは、さっき言った門を閉じる事ではないのかと考えています」
「門を閉じれなかった場合があったって事? それじゃあ、その場合はどうなったの?」
「いいえ、違います」
「違う?」
「神霊降誕祭によって開かれた聖霊門を閉じれなかった事は、一度もありません」
「は? じゃあ成功してるって事? だったら問題ないじゃん」
「違います。閉じる事そのものが問題なんです」
余計に意味が分からないといった顔をするアムロイ。
「霊蝕門を閉じる場合、開いた門を破壊しますよね。神霊降誕祭による聖霊門は、聖女によって開かれるものです。つまり、門を閉じるには――」
「まさか……」
「ええ、どちらか、或いはその聖女全員を殺さなければならないという事です」
思わず、アムロイとギルダの両名が息を呑む。
だが衝撃的ではあっても、むしろモーリス博士の説明よりも理に適っているというか辻褄が合ってしまう話だ。
「レイア様かクローディア、どちらかが死ぬ――」
「それを前提にした儀式という事です。私も過去の文献や資料を全部見たわけではありませんが、遥か昔には、聖女の犠牲なしにこの儀式を完遂出来ないかと試みた事もあったそうです。しかし、そもそも門を開く事そのものが困難な上に、結局聖女の犠牲なしに閉じる事も出来なかったため、これは禁忌の術、禁止となったと。そして肝心のその点が、今日の博士の説明では欠けていました。ですから私はこの事をレイア陛下に申し上げた上で、明日以降に、問いたいと考えています。そして、万が一この点について安全性が保証されないのなら、私は中央教会の名において、この儀式の中止を要請します」
ホランドの目は、いつになく真剣で熱を帯びたものだった。
自分もダンメルク王国にいいように利用されている立場とはいえ、彼にも教会司祭としての譲れないもの、誇りや職責があるのだろう。その意味で、もとより聖女を犠牲にするのが前提である儀式は、決して容認出来ないというのは分かる話である。
「……つまり、儀式そのものも非常に危険だし、ひょっとすればクローディアもその犠牲にされかねない……。コーネリアが指摘したのはまさにそれで、例えばだけど――ひょっとしたら、実はクローディアもそれが分かっているから、本来の人格との間で揺らいでいる――みたいな?」
「かもしれませんね。もし儀式が行われ、聖女の命が奪われれば、結果的にクローディアを亡き者にするというあなたの目的には叶う話ですが、そうするとレイア様まで犠牲になってしまう」
ホランドの発言に、アムロイはムっとする。
「ちょ、馬鹿にしないでよ。僕は確かにレイアを利用しているけど、そのせいで犠牲になってほしいだなんて思ってない」
「分かっていますよ」
頬を膨らませたアムロイを見て、ホランドもギルダも心の中で――かわいい――と思ったものの二人ともに口にはしない。
「あの――ちょっといいですか?」
ここで、今までただ黙って二人の会話を聞いているのみだったギルダが、話に割って入る。
「今のお話だと、あのモーリス博士もこの国も、大切な聖女を失う事になりますよね。いくら儀式をしないといけないとはいえ、そのために自分の国の聖女まで失ってしまうような事をするのでしょうか」
「そこなんです、私が気になったのは。仮にあのモーリス博士が、犠牲となるのは確実に片方の聖女だけにとどめられる――そんな方法を編み出したのだとしたら別ですが、今度はそうすると、コーネリア殿がおそれている理由が不明になります」
ようは犠牲になるのがレイアだと確定しているなら、コーネリアの不安は無意味でしかないという事だ。
「儀式の話は専門的なんだろう? だったら、門を閉じるとかそういう事を、コーネリアは知らないって可能性もあるんじゃないの?」
「それはそう。けど、となると一体何に対してコーネリア殿が恐れているのかが分からなくなります。彼女が恐れるクローディアへの害とは何なのか……」
「何だか余計にこんがらがってきちゃうな……」
確かに――とギルダも一緒になって頭を抱えるような仕草をした。
「今すぐに結論は見出せないでしょう。しかし少なくとも、コーネリアの誘いもオズワルドの言動も、それにこの儀式そのものもどれも怪しいという事だけは確かです。むしろどれもこれも怪しさしかないとも言えます。だからある意味において、これらには何も信頼出来る要素はない、むしろダンメルク側のあらゆる主張に警戒しておくべきだ、というのだけははっきりした。それでよろしいのでは?」
「それを探る意味でもそうだね」
「その通りです。それに、問題はもう一つ」
「アクセルオ殿下だ」
「ええ。殿下が生きている事は君が実際に見ているし、その後のラグイルの顕現の状態からも、生存されているのは間違いありません。けど、その殿下がどうしてこの王国にいるのかは、分からない。しかも、この城内にいるかもしれないんでしょう?」
「多分」
複雑な顔するアムロイ。
「その……君の感知で具体的な居場所とか、そういうところまでは分からないんでしょうか? 向こうが君に気配を送ったのなら、反対に君の方から信号のような合図のような、そういうのを送る、みたいな」
「こっちからはもうやったよ。でも、それへの返答はなし。それにさっきのは、本当に一瞬もいいところだったからなぁ。長く感じ続けられたら、もっとはっきりと分かったかもしれないけど……」
「つまりこれに関しては、今話した中でも、一番手がかりがないという事になりますね」
「それはそうだと思ってた。だからさ、殿下に関しては、二人も気に留めておいて、何かそれらしいものというか情報みたいなものを見たり聞いたりしたらさ、僕に教えて欲しいんだ。殿下がいるかもって事を知っているのと知らないのとで、大きく違うからね」
ホランドとギルダが大きく頷いた。
あくまでこの場では情報共有をしただけで、何か答えが得られるとも思っていない。
それに今のまとめに付け加えるなら、ダンメルク側はアムロイの思っていた以上に内部事情が複雑そうで、もしかしたらそこにこそ付け入る隙があるのでは――と思えた事が一つ。
そしてその複雑にさせている原因が、おそらくあのモーリス博士である事がもう一つ。
更に言えば、もしかしたらモーリス博士こそが、今起きている全ての元凶で、姉ヘレーネの仇にも繋がってくるのでは、とさえ、アムロイは思い始めていた。
「ところで今の話、色々と伏せておくところもあるから、レイアには僕から言っておいていいかな?」
「それは構いませんが、神霊降誕祭についての説明なども君がするんですか?」
「いや、そこは今ホランドから聞いた内容をざっと説明するだけにするよ。もしも詳しく聞きたいってなったらホランドに聞いてって言うし、反対にレイアは当事者だから、詳しく言っておく必要があるなら、僕の後で君が補足を入れてくれるっていうのでどうかな?」
「アクセルオ殿下については?」
「そこは伏せておく。あくまで僕の感知だけが根拠だから、説明が難しいしね」
ホランドは分かりましたと言い、ギルダもそれに続いた。
謎は深まるばかりだし、事態は混乱の度合いを深めているとさえ言えるが、全ての見晴らしが悪いとも言えない。むしろ目的というかどうすべきか、どういう立ち位置でいるかが明確になった心持ちであった。
しかし――ダンメルク王国に到着して、まだ一日も経ってないのにこれである。
果たしてここは虎の子を得る虎の巣穴なのか。それともアムロイ達というエサを、今か今かと策謀の底で待ち構える蟻地獄なのか。
どちらにせよ、戦う覚悟に微塵の揺らぎもないのは間違いなかった。




