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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
後章
106/111

Chap.2 - EP3(4)『博士と聖女 ―鷹と鷲―』

 メガネを指でくい、と上げると、赤目に近いブラウンの瞳が、更に赤味を強くして光ったように見えた。


 大股で一歩二歩と接近する、聖堂聖騎士(サンクトゥス・ナイト)のオズワルド・ホーク。


 この状況はどうすべきか……アムロイも判断に悩む。


「裏切る? 何を言っている?」

「ダリぃ事言ってんじゃねぇぞ。聞いてたんだよ、俺は」

「だから何を言っている。いつ誰が、何を裏切るというのだ」


 二人は同じ聖堂聖騎士(サンクトゥス・ナイト)であるが、コーネリア・イーグルの方が騎士団長として格上である。それにコーネリアは並の成人男性よりも上背があるため、この聖堂聖騎士(サンクトゥス・ナイト)二人が対峙した際の背の高さもそれほど違いはなく、迫力でも負けてはいなかった。むしろコーネリアの方が、静かな凄味さえ放っているように感じられた。


 恐るべき剣技を持つ鷹に、双剣を振るう最強の鷲。


 二羽の猛禽が、今にも相手の喉笛に爪をたてんとばかりに睨みあっている。


「らしくねえな。そうやって逃げるような言い訳をするとこなんざよ。さっきそこの守護士(ガードナー)に言ってた事を、もう一度俺にも言ってみろよ。そんで俺にも聞けよ。力を貸せって」

「……」

「言えねえのか? それとも言いたくねえのか? あんた、一体何を考えてる?」


 いつもは気怠げなオズワルドだが、今は言葉の合間に軽く咳き込みはするものの、億劫な素振りはなかった。むしろ病的な顔色が、この時ばかりは死刑執行人のような冷たい殺気にさえ思えるほど。


 相対するコーネリアは、口をつぐんだまま返答をしない。

 その様子に「チッ」と舌打ちをして更に問い詰めようとオズワルドが口を開きかける。

 しかし今度はそこへ、三人目の聖堂聖騎士(サンクトゥス・ナイト)までもあらわれたのだった。


「兄貴、それにコーネリア団長も、何してんだよ」


 二人のただならぬ雰囲気を察してか、リカード・ホークの顔が青ざめている。


 リカードの目が、アムロイにも向けられる。アムロイも何をどう返答していいか分からない。むしろ状況だけならば巻き込まれただけだとも言えるが、今それを口にするタイミングでない事くらいは分かっていた。


「どういう状況なんだよ。アムロイ、一体何があった?」


 リカードは、コーネリアを睨んでいるオズワルドの弟である。

 つまりここでオズワルドが今耳にした話を全部晒せば、コーネリアはただでは済まないという事。

 そうなると、話を聞かされたアムロイにも、いらぬ嫌疑がかからぬとも限らない。いや、コーネリアの誘いにはまだ乗っていないのだから無関係――そのように弁明しても、事態が事態なだけにややこしい状況に拍車がかかるのは明白。どうであれ、下手をすればアムロイに監視が付けられる――などという事さえ考えられた。


 何と答えるべきか。


 アムロイも返答に窮していると、おもむろにオズワルドが、また大きな舌打ちをした。


「何でもねえよ」


 吐き捨てるような兄の言葉に、リカードが「はあ?」と声を上げる。


「何でもねえって感じじゃねえだろう、どう見たって」

「何でもねえっつってんだろ。ダリぃな」

「いや、あんな殺気まで出しておきながら、今更そんな――」


 確かに。

 今の今までコーネリアに迫っておきながら、ここで急に有耶無耶にするのは何だ? とアムロイも途方にくれる。コーネリアを糾弾するなら、今耳にした事をただ言えばいいだけである。そうするものとばかり思っていたのに、ここにきて〝何でもない〟とはどういう事なのか、まるで意図が分からない。


「ったく、しつけえな。ここで団長と守護士(ガードナー)さんが話してたから何コソコソしてんだ、って聞いただけだよ。殺気はそう……ただ揶揄からかっただけだ。遊びだよ」

「遊びって……」

「いちいちしつけえぞ、リカード。ったく……てめえが来たせいでシラけちまった。俺はもういい」


 コーネリアだけではない。この場にいる全員を、その赤い目で睨みつけた後、オズワルドは踵を返して立ち去ろうとした。

 その際、一瞬だけアムロイへ含みを持った視線を送ったが、それがどういう意味なのかは向けられた本人にも分からない。


「ちょっ――兄貴」


 リカードが止めようとするのも待たず、猫背気味に背中を曲げて、オズワルドはその場を後にする。


 そうして赤目の鷹が厩舎の外に出ると、建物の壁に背を預けて立っている男を、彼は横目にする。男はアムロイ達からは見えない位置にいる恰好だ。


「良かったのかい、それで」


 どこか笑みを含んだ男の問いに、オズワルドは一瞬だけ足を止めかけるも、それ以上の反応は示さなかった。


 男が主君であるジェラルド王であると分かっていながら、彼は無言を貫いたのである。


 その姿に、ジェラルドは今度ははっきりと薄く笑う。

 笑われた事を感じながら、オズワルドは無反応のまま去っていった。


 リカードがそこを通った際には、もう王の姿は影も形も消えていた。


 厩舎に残されたアムロイとコーネリアだったが、これ以上話を続けるつもりは、二人ともにあるはずもなかった。


「考えてくれ」


 コーネリアはそれだけを言い残す。

 けれど立ち去ろうとするその背に、アムロイは咄嗟に問いを投げかけた。


「待ってください。貴女はかつて、ゼーラン王国であのジャンヌという聖女(フローラ)と行動を供にしましたよね。なのに貴女は、ジャンヌの討伐に向かった。貴女から見て、あのジャンヌは、やはり悪の元凶なのですか。あの女のせいでこんな事になったと、貴女も考えてるんですか」


 足を止めるコーネリア。顔を僅かに傾け、問いに問いで返す。


「どうしてそんな事を聞く?」

「貴女はさっき、両国の邪霊災害の原因究明こそが大事だと言いました。けれど邪霊災害の原因は、そのジャンヌにあったと、貴国は声明を出している。ジャンヌは討伐したが、その影響がまだ続いているのが現状だと。なのに貴女は、原因を探るべきだと言った。仮にジャンヌの影響だけではないはずだと言うなら、それはどうしてそう思ったんですか。ならそれは、ジャンヌが災害の原因ではないと言っているのと同じじゃないですか。――どうにも、話の辻褄が合わない。矛盾しています。つまり貴女は、まだ僕に隠している事がある。話していない事が。隠し事をした人間を、どうやって信じろと言うんですか」

「それを知りたいなら、私に協力するんだ。私は、君が最も懸命な判断をすると信じている」


 そう言い残し、今度こそコーネリアもその場を去っていった。


 厩舎の中、アムロイだけが取り残される。


 今まで人間達の〝気〟におされていたのか、アムロイだけになった事で、馬達は一斉に騒がしさを増した。いななきすらも混ざる獣臭の漂う中、まとまらぬ考えに煩悶しながら、アムロイは立ち尽くしたまま。


 それでも一つだけ、はっきりした事があった。


 このダンメルク王国で、何かが起きつつある。それだけは確かだと。


 そしてその中心にいるのが、自分とレイアであるという事も。

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