Chap.2 - EP2(終)『蜘蛛殺し ―魔女の痕跡―』
城に戻った一同を、ギルダが出迎える。
「皆様ご無事で。ご苦労様です」
全員がおそろしく疲弊していた事に、ギルダは相当驚いたであろう。しかし彼女はそれをおくびにも出さず、いつものように微笑み、いつも以上に全員を労った。
その献身性に、アムロイだけでなく誰もが癒されたのは言うまでもなかった。
だがそんなギルダの口から、あまり聞きたくもない言葉が発せられると、アムロイもレイアも思わず表情を固くしてしまう。
「皆様お疲れのところ心苦しいのですが……皆様が出立されて間もなく、ダンメルクより使者が参られまして」
「使者?」
「はい。祭礼の日取りが決まったから、期日までにダンメルクへ来られたしとのお言伝にございます……」
レイアがアムロイを守護士として迎えた事は、リカードがダンメルク本国に報せているだろう。しかしそれでもこの返答は早すぎた。
つまりこれは、リカードの報告を待たずして出された伝令であり、ようは日はないからさっさと守護士を決めてこちらに来いという高圧的な命令であるという事だった。
「どういうつもりでそんな――」
思わずレイアが口走ろうとするのを、アムロイが「陛下」と言って止める。
この場には、リカードも他のダンメルク騎士もいるのだ。
彼らとてこちらの心情はそれとなく分かっているだろうが、それでもやはり彼らは向こう側の人間なのだ。下手な発言を聞いて邪推でもされれば、レイアやゼーラン王国にとって好ましいとは言い難い。
「陛下も大変お疲れでしょうから、愚痴の一つもこぼしたくなるのは分かります。とはいえ、今この場ですぐにダンメルクへ発つというわけでもないでしょう? 少なくとも今日のところはゆっくり休まれて、明日以降にダンメルクへ向かう準備を致しましょう。それで如何でしょうか?」
アムロイが穏やかな顔と口調で噛んで含めるように諭すと、レイアも頷かざるを得ない。
またリカードもそれを受け「明日っからでいいぜ」と言ってくれたので、この場は一旦お開きとなる。
その後、皆が集まっている広間から出る際、リカードがアムロイに近付き肩に手を回すと、小声でそっと囁いた。
「やっぱおめえ、いい守護士だな。良かったぜ、さっきのは」
肩から手を離し、そのままヒラヒラと手を振ってリカードが去っていく。おそらく己の居室に戻るか、仲間と飲みでもするのだろう。
そこへホランドが険しい顔つきで、アムロイの側に寄っていった。
「馴れ馴れしい男だな。何なんだ、あれは」
「どうしたどうした? 何、そんなに怒って」
「何って、君の肩に手を回してなんて……いやらしいにもほどがあるよ」
「いやらしいって何だよ」
ホランドの怒る理由が分からず、アムロイは呆れた顔になった。
「それより、聖女兵器を出すだなんて、一体何があったかとか、私には全部話してください。もう私だけが知らないなんてのは、御免ですからね」
「分かった。分かったよ。そう迫らないで。ていうか、前に君が知らなかったなんていうのも偶然そうなっただけじゃないか。別に僕が秘密にしたわけじゃないよ」
「それでもです。私は君の協力者なんですから」
何故か鼻息の荒いホランドに、アムロイはただ苦笑を浮かべるしかなかった。
そうして二人が部屋に戻った後でロスキレの街で起きた顛末、アムロイの身に起こった一部始終を話した。その後で、アムロイは前のようにラグイルを具象化してみせる。
あの、妖精のような姿になったラグイルだ。
「またオレを呼び出しやがって、何の用だよ。まさかこのトーヘンボクに見せるためとかじゃねーよな」
「それもない事はないけど、僕も聞きたいんだよ。その、以前に君はレイアに宿った神霊に話をつけるから、僕が守護士になるのは問題ないって言ったよね」
「……そうだっけか?」
「ちょっと、また惚ける気?」
「うっせえなあ。ああ、言ったよ、言った。で、それが何なんだよ」
「でもレイアの神霊は、君の天敵みたいな相手だった。それが分かっていて、君は僕にレイアの守護士になれるって言った。一体どういう事?」
具象化ラグイルはアムロイとホランドの間をふわふわと漂いながら、げんなりした顔をする。
「ラグイル」
「ああ、もう、ほんとうっせえ。おめえがあの赤毛の嬢ちゃんと契約するまで、オレもまさか嬢ちゃんの神霊がヤルダのクソだって知らなかったんだよ。驚いたのはむしろこっちの方だぜ」
「それだったら、どうして天敵が相手なのに僕は守護士になれたんだよ。向こうは嫌がらないの?」
「だからアイツは陰険で陰湿でネチネチしたクソ野郎だって言っただろうが。オレと分かっていながら、あいつはいいと言ったんだよ」
「待って、それじゃあ向こうの神霊にはどこまで僕の事が知られているの? その、ヤルダヴァートから僕の事が全部レイアに知られる可能性があるって事じゃないの?!」
勢いこむアムロイに、ホランドも焦りの表情を浮かべる。
そんな二人の様子を鼻で笑うように、ラグイルは淡々と答えた。
「それはねえよ。ヤルダはおめえの事を赤毛の嬢ちゃんには漏らさねえ。それが、オレと話し合い、こっちが向こうに呑ませた条件だからな」
「話し合うって、一体何をどう話したの?」
「それは言えねえ」
「何で」
「話の内容を言わないってのが、向こうがこっちに出した条件なんだよ。オレとヤルダが何を話し合ったかは一切言わない、その代わり、向こうも嬢ちゃんにおめえの事を言わない。それが互いの約束なんだよ」
「何それ。条件? 協力? 協力って、協力になってないじゃない。戦ったんだよ、向こうと。それのどこが協力するなんだよ。僕はてっきり、向こうの神霊にも力を借りれるって思ってたのに……」
そうすれば、クローディアとの戦いも有利に進められるというのが、アムロイの目算だった。それがよりによって、ラグイルのライバルのような神霊がレイアに宿っていたとは。
「どっちにしたって、嬢ちゃんの守護士になるしか道はねえんだろ。だったら、守護士にしてくれた事自体が協力じゃねえか。大体、戦ったのはあの嬢ちゃんの意思で、ヤルダのクソはそれを面白がってるだけに決まってる。つまりこいつは、オレとヤルダの問題じゃねえ。嬢ちゃんとおめえの問題だ」
口と態度がおそろしく悪いこの神霊は、意外に正論を口にするのだ。
どうであれ、アムロイの正体がヤルダヴァートから知られる事はなくなったというのが分かったのは大きかった。
ラグイルとヤルダヴァートがどんな話し合いとやらをしたのかは分からないが、結果的に願った通りの状況になりつつあるのも事実である。であれば、現状を嘆いても仕方がない。
今は前に進む。
それしか道はないのだと、覚悟決めるアムロイとホランド。
「それより、あの四つ腕との戦いで一個分かった事があるぜ」
「え? 何?」
「四つ腕もその前のもな、同じ気配を感じた。一連の霊蝕門は、全部同じ魔女の仕掛けたもんだ。――いや、魔女っていうか、ちょっと別の気配も混ざってるがな」
ラグイルの発言に、アムロイとホランドは顔を見合わせる。
「じゃあ、やっぱり全部、誰かが仕組んだって事? それがクローディアなの?」
「あの女かどうかはわからねえ……。そこまではっきりとした痕跡は追えなかったけど、確かに魔女の出す独特の〝匂い〟に、嗅いだ事のある神霊の匂いも混ざってはいた。だから何らかの形で、聖女と魔女が繋がってはいるんだろうぜ」
アムロイが息を呑む――。
元々の目論見では、アムロイがジャンヌという偽りの姿に変装して正々堂々ダンメルク支配にあえぐこの国を代表し、クローディアを倒す。そうする事で自分の復讐とこの国の窮乏を救うというものだった。
それが何者かの介在により、事態はここまで混乱してしまったのだ。
そしておそらくその何者かは、アムロイの事を知っているのだろう。
問題は、知っていてそれを暴露したりはせず、何かに利用しようとしている。それがあまりにも不気味で恐ろしかった。
しかしアムロイにも、だからと言って後へ引くという選択肢などあるはずもない。
「ラグイル、君は僕を裏切ったりしないよね」
「ああ? 何言ってんだクソビッチ。オレがオレを裏切るみてえなマヌケな事、言ってんじゃねえぞ、アホ」
「ホランド、君もだよね」
「勿論だ。僕は君の味方だ」
その言葉に、アムロイは安堵を覚える。
自分は一人で復讐をしようとしていた。
けれども今は仲間がいる。強引に巻き込んだ仲間だけれど、頼りになる仲間だ。自分が心の底から信じられる、大切な存在だと、強く思った。
だが思いが強ければ強いほど、人の心はすれ違っていくもの。
その事に気付くには、アムロイもホランドも未熟な若者だったのだ。
それはもしかしたら、この復讐劇に出る誰しもが、そうだったのかもしれない。




