ep.17 秘密
「おはようございます拓海くん」
「ああ、おはよう」
この挨拶からオレの1週間がまた始まる。
ただ、今週はいつもと違う。なんにせよ、日曜日に地下闘技場での大会があるからだ。男として生まれた身。小遣い稼ぎとは言え、命を賭けた戦いをするのは、闘志が燃える。
「どうしたんですか?楽しそうな表情してますけれど」
「ん、そうか?今日は天気が良いから気分も上がってるのかも」
おっと、危ない危ない。男の闘争心が漏れでてしまっていた。だめだ。抑えないと。ああ早くやりたい。
「なあ甘音」
「はい、なんでs」
…ブンッッッッ!!!!!
「ぐぉぷぉおおおっっ…‼︎」
腹を抑えて蹲る更紗。
俺は更紗の鳩尾を殴っていた。やっぱ女じゃ足りねえなあ、やらかすぎんだろ。…………え?
「っゲホっ…ゲホ…んな゛にっっっ…するんですか…いきなりゲホ、ゲホッゲホッ」
「ご、ごめん!!!更紗!!大丈夫か?!」
オレは更紗に近寄り背中に手を添える。
「うっぷ…ゔぉおおえええええ」
吐いた。更紗が吐いた。なるほど、今日の朝飯は目玉焼きか。しかし、色合いを見るに、焦げている。失敗したのだろう……って!違う!!
「更紗!!!ほんとにごめん…!!!これは、その、オレ…どうかしっちゃってて、闘争心が、えっと、これはオレじゃないっていうか…いや何言ってんだろ…とりあえずごめん…」
「あぁ…初めて…ケホッ、私のこと名前で呼んでくれ、ましたね」
ニコリと笑う更紗。拳に広がるジンとした感触と五月蝿いオレの鼓動。そして笑う彼女。
雲一つない晴天と陽に反射するコンクリート。日常の中で生まれたこの刹那の不調和が、オレの頭を強く縛りつけた――――――――――。
今日は学校を休んだ。今は、あれから気を失った更紗を俺の部屋のベッドで寝かせている。時計の短針がカチカチと鳴っている。その規則的で無機質な音は無慈悲に、そして冷徹にオレに「時間」を自覚させる。西陽が赤く部屋を照らす。
「んん…あれ、ここは…」
「甘音!!」
オレは反射的に彼女を抱きしめる。
「ひゃっ!!ちょ、ちょっと拓海くん//」
彼女の身体がびくっと跳ねた。
「うわ、ごめん…!嬉しくてつい…」
落ち着かなければ。そして、もう一度謝ろう。謝って済む話ではないがまずは謝罪だ。そして、もう、彼女との関係はこれで最後にするべきかもしれない…。………やだな…。
「あの、さっきはごm」
「なんで私、拓海くんの家で寝てるのですか?朝一緒に登校してて…あれ?」
…。記憶がないのか…?鼓動が早くなるのを感じる。
「あ、いや…その…だな…」
言え。言え。正直に言え!謝るんだよ!!
「いやあ、急に更紗が倒れちゃってさ…」
何やってんだオレは!!!
「そうだったんですか…朝ごはんしっかり食べてたのになあ。目玉焼き、真っ黒の食べちゃったからですかね…」
「はは、そんなんで倒れるわけないだろ。きっと疲れてたんだよ。昨日はショッピングでずっと歩いてたし、魁斗にも出くわして精神的にも参ってたんじゃないかな」
言え…ない…。
「そうですかね…目玉焼きもあると思います」
「どこ執着してんだよ。…まあもう少し横になってなよ。オレ、晩ご飯作ってくるよ。何か食べたいものでもあるか?」
「え、そんな!…んでも甘えちゃおうかな。はい、では目玉焼きが食べたいです!」
「はは、朝のこと、忘れられないんだな」
「目玉焼きのせいなら目玉焼きで返すべきです!
目には目を!目玉焼きには目玉焼きを!です!」
結局、彼女に本当の事を言えなかった。まだ、彼女との関係を終わらせたくないと思ってしまった。いつか、必ず言おう。まだ甘い音が奏でるこの日常を、終わらせたくない。
かくして、オレは彼女に秘密を作ることになった。