夢をもう一度
夢を見た。
僕の隣を、仲良しのリアが走ってくれている。僕たちは大人たちを追いかけて、追いかけて、もうすぐ谷あいの石畳、結婚式の会場に降り立てる。ギターと打楽器の響くあの家に、みんなが待っている
......はずだった。
それは楽しい夢だった。もう今はいない友人たち、親たち親戚たち、路地裏の遊び場、鬼ごっこをしたラビリンス、想いを打ち明けた川辺、一緒に見上げた星屑。
今は知らない場所に寝かされ、知らない人たちが周りで大声を出し合っている。そこに、遠くから空を駆け抜けていく轟音が響きわたり、その後に破裂音と爆発音が耳をつんざく。
ぼくも周りの見知らぬみんなも思わず縮こまり、耳をふさぐ。気がつくと、コンクリートの破片を被った両手に赤いものがしたたり落ちた。
血、それも僕のほほを伝った血。鈍い痛みが頭の上に感じられた。
「い、痛い!」
だが、僕の悲鳴に応えてくれる人たちは残っていなかった。目の前と周囲の大人たちは全て永遠に悲鳴を上げられなくなっていた。
動けなかった。両手以外、動かすことができなかった。両足の上に声を上げない大人たちが折り重なっていたからだ。別の大人たちの声が聞こえてきた。
「おい、此処に一人生きているぞ。子供だ!」
「大丈夫か」
「おい、みんなコンクリートをどけるのを手伝ってくれ。おい、みんな早くしろ。また同じところを爆撃してくるぞ」
「なぜここを爆撃してくるんだ?」
「知るか、俺たちにはどうせわからないぜ。空を駆けてくる奴らの考えなんか」
僕はそのあと一人だけ救急車に載せられて、別のところへ運ばれていった。遠い場所のテントの病院へ......先ほど僕がいたところも見舞いに行った病院だったのだが。今は祈ることしかできない。今は祈りの時......。
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あの夢はパレスチナ、ベツレヘムの教会へ通っていたころの思い出だった。この地で、そんな風景を見たのはいつのころだったか。ここ百年以上の対立が続く今、住む人を盾にする者たちと、住む人を無視する者たちとの撃ちあいと殺し合いが、住む人たちを踏みつぶし、追い出していく。昨日まで住む人たちの心を掴んだ隣人たちが、今は住む人たちの背中を掴む。際限なく終わりなく、繰り返される。
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駆け抜ける轟音と破裂音と爆発音、それによって病院から追い立てられた。追い立てられる際にも、周囲に轟音が降り注ぐ。頼りは対空防衛のはずなのに、つい隣にいた女性、つい先ほど僕の前を言っていた男性、三メートルほど離れた老女が、次々に命を失った。それに応じて廃墟と残骸がそれぞれの心を満たしていく。それが、傍にいた他の人々の希望を失わせる。僕にできることはひたすら祈ることだけだった。
僕は祈り続けた。それでも、次々にそばにいる人たちは、吹き飛ばされ、押しつぶされて命を失っていく。病院で知ったのは、僕の周りだけではなく、四方の各地から運ばれ来る犠牲者たち、命を失う人々がただただ積み重なっていくこと。
それでも、僕には祈ることしかなかった。追い立てられては祈った。祈っては逃げた。そうして、どのくらい逃げ回ったであろうか。もう、食べ物も、飲み水さえもなかった。
気がつけば、ただ身ひとつで逃げ惑っていた。どこをどう来たのか、覚えてはいなかった。そしてどこをどう行けばいいのか、わからなかった。その時、僕は自らも死んでいることに気づいた。祈りを忘れていたのだ。確かに、体は生きている。思うことは逃げることだけ。それも、ただただ何処かへ。生きているじゃないか、と言われた。それは違う。もう、絶望の中で逃げ回っているだけ。
祈ることは、忘れた。それよりも死を望んだ。できれば、安らかな死を。
安らかな死、など望むべくもない。そんなことはわかっていた。僕は背中にひどい裂傷を負った。そのまま僕は見知らぬ土地へと渡った。
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この地の争いは、イサクとイシャマエル以来のもの。この迫害は、カロリング朝以来の迫害から繰り返されてきたこと。なくなることはないだろう。古き争いが人類の最後の戦いを呼ぶ。いずれはこの争いが世界へ拡大し、全ての人類を巻き込む。全ての人類が等しく苦しむようになる。せめて、そのことが慰めなのか。
今の僕は、ただ願う。生まれ育ち、父母や友人たちの記憶のある地、ベツレヘムへ戻ることを。
エフラタのベツレヘムよ
おまえはユダの氏族の中でいと小さき者
まことに主は彼らを捨て置かれる
そのとき彼の兄弟の残りの者は帰ってくる
彼らは安らかに住まう
今や、彼らは大いなる者となった
その力が地の果てに及ぶ