世界を壊しに(中編)
作戦、といっても、内容はシンプルだ。
電源関係の工作員は事前に潜入済みで、合図があればすぐにビル内の出入り口をすべて閉鎖する用意ができている。
故に僕らは、複数ある入り口から各々潜入し、出会う人々を殺害、もしくは生け捕りにすれば良い。
実にシンプルだ。
「散れ!」
キョウの掛け声と同時に、みんなが一斉にバラバラに動き始めた。
さて……どうしたものか。
正直、人を殺すのには慣れていないし、なによりも人を殺した後どんな感情を抱くのか想像がつかない。
「まあ……とりあえず行くか……」
僕は霊華の手を引きながらセンタービルに入る。
ビルに侵入してそうそう、現れるのは警備員だ。
「なんだお前ら?おい、止まれ!」
警備員が僕たちに向かって叫ぶ。
……殺すか。
僕は刀を構え、警備員に狙いを定める。
「なっ。や、やめてくれ!」
警備員はその場に腰を抜かし、後ずさりをする。
「……」
やってしまって良いのだろうか。一瞬躊躇する。
すると霊華が僕に向かって言う。
「拓斗。嫌なら私がやるけど」
霊華の声で我に返った僕は、そのまま警備員の心臓に刀を突き立てた。
「っ!」
警備員は苦しそうな声を上げると、床に倒れたまま動かなくなった。
それを見ていた他の警備員たちは、恐怖して通路の先に逃げてしまった。
「ハア、ハア」
……なぜだろう。動悸が止まらない。
僕は呼吸を荒げながら、ただ呆然と立っていた。
すると霊華は、警備員たちを追いかけてビルを進んでいった。
他の殺し屋たちも後に続いていく。
ついに殺ってしまった。
でも、だれもそれを気にしていない。その現実が、嬉しいような、悲しいような複雑な感情を左右する。
「行くしか……ないのか……」
僕は少しずつ呼吸を整えながら、みんなに続いて進んでいった。
---
ビルに入ると、通路は右往左往に続いている。
他の殺し屋たちは別々の方向に向かっていったが、おそらくうまくやるだろう。
先に言ってしまった霊華は、僕を置いてきぼりにしたことに気がついたみたいで、通路がわかれているところで僕を待っててくれた。
「ねえ、拓斗」
歩きながら霊華が話しかけてきた。
「どうした?」
僕が聞き返すと、彼女は僕の顔を覗き込んで言った。
「もしかして、人を殺したことなかった?」
「う、うん……」
……図星だ。霊華が人を殺す姿は何度も見たことがある。
でも、僕が自分の手で、人の生を奪うことは、これが初めてだった。
「霊華は、初めて人を殺した時、どんな感じだった...?」
僕は彼女に尋ねる。
すると彼女は、少し考えた後、こう答えた。
「特に何も」
「……え?」
「強いて言えば、憎しみ。かな」
……え?どういうことだろう?人を殺した時ってもっとこう……罪悪感とか感じそうなものだけれど……。
「ちなみに今は、何も感じてないよ。」
霊華は話を続けた。
「なにも、感じてない?」
「そう。何も感じない。」
「……なんで?」
「別に殺しても、何も感じなくなった。それだけだよ。」
彼女は淡々と答えた。
彼女のその目は、とても冷たかった。
僕はそんな霊華を見ていて、少し怖くなった。
彼女はもう人を殺すことになんの抵抗もないのだろうか?
それとも……僕のために我慢しているのだろうか……?
疑問は絶えなかったが、それ以上追求することは僕にはできなかった。
そんな会話をしながら僕らは2階、3階と順調に進んでいった。
道中、何人かの警備員に遭遇したが、特に苦労することなく殺害することができた。
霊華の強さは相変わらずだ。警備員など、まるで害虫を潰すかのごとく、躊躇なく首をはねていた。
また彼女が戦う姿を見るにつれ、僕は自分の無力さを強く実感していた。
きっと……これからもこの無力感を何度も感じるのだろう。
だが今は彼女の強さに頼るしかなかった。
そうして僕らは、今回のメインとも言うべきパーティ会場にたどり着く。
先に来た殺し屋がひと暴れしたみたいで、すでに入り口には死体が転がっていた。
中を覗くと、そこはすでに地獄絵図だ。
パーティ会場は立食形式のようで、肉や魚などの料理が並んでいた。
さらに奥の方にはシャンパンタワーがあり、さっきまで優雅なひとときが流れていたことが想像できる。
一方で、机は破壊されており、天井に吊るされていたはずのシャングリラは、まるごと会場の中心に落ちて、周囲にガラスの破片を散らばらせている。
そして、砕けた机の上には、きれいな衣装をまとった男女の死体が乗っかっている。
...流石に同情した。
「ここからはかくれんぼだね。生きている人がいないか探していくの」
霊華は少し楽しそうに会場内を歩いていく。
そして、テーブルクロスで隠れている机の中などを確認しだした。
...僕も同じように生きている人間がいないか探しはじめる。
と、そこで、会場の端っこの方から呻き声が聞こえた。
「うぅぅ……」
そこには1人の青年がいた。どうやら生きていたらしい。
彼は丸まっていて、その体にはガラスの破片が刺さり、出血していた。
青年は痛みに苦しみながら、必死に助けを求めていた。
「……たすけ……て……」
そんな彼の姿を見て霊華はため息をつく。
「はぁ」
彼女は青年に向かって鎌を構えた。そしてそのまま勢いよく振り落とした。
「っ!」
青年は恐怖の表情のまま首を落とされ、死亡する。
「これで7人目……」
霊華はつぶやく。
そう言って、霊華はまた会場内を歩き始めた。
「ねえ、霊華……」
僕は彼女に問いかける。
「どうしたの?」
彼女は立ち止まって僕を見る。
「……殺したくない……とか思わないの?」
僕が聞くと、彼女は再び歩きはじめながら答える。
「別に?特に何も感じないよ」
そして、床に倒れながらも微妙に体を動かしていた紳士を見つけて、首をはねた。
なぜだろう。
彼女が殺す姿を見るのは慣れているはずなのに。
なんだか今日はとっても怖い。
そう思いながら、テーブルクロスを剥がすと、その中には、若い男女の死体があった。
「ひっ」
僕は驚きの声を上げる。
と、同時に、少しだけ安心する。
彼らはもう死んでいるから、僕が手を下す必要はない。
そう思っていたのだが、女性の方の体が、微かに動いていることに気がついた。
僕は、手にスタンガンを構えて、恐る恐るその女性に近づいた。
そして女性の肩に触れる
「っ?!」
瞬間、女性は僕に抱きついてきた。
僕は必死に抵抗するが、女性は腕を離してくれない。
「お願い……助けて……」
そんなかすれた声で、女性が囁く。
僕は女性を押し倒した。すると女性の顔を見ることができた。
年齢はおそらく20代前半くらいだろう。
目鼻立ちの整った美しい顔立ちをしていて、長い黒髪を後ろで束ねていた。
「……だれ?」
僕が問いかけると、女性は怯えた顔をして言った。
「大林財閥の娘です…」
そう言うと女性は僕にしがみついてきた。
「助けて!お願い!何でもするから!」
「な、なんでも...?」
僕が聞くと、彼女は小さく頷いて答えた。
「はい」
参った。。
こんなことを言われては、もはや僕にこの人は殺せない。
それに、、高価なドレスを身にまとった彼女の肌触りはとても良い。
そして温かい。
彼女の胸の鼓動が聞こえる。
少なくとも、僕よりも生きる価値がある存在であることは瞬時に理解してしまった。
僕はこの人に対して頷きを返そうとしたが、同時にこの空間には死神が一人いることを思い出す。
「タクト、どうかした?」
僕との会話が聞こえたであろう霊華は、こちらの様子を見に来たようだ。
僕は冷や汗を流しながら答える。正直に、今の気持ちを話す。
「霊華。この人は殺したくない。」
「...はあ。またか。」
霊華は冷たい声でそう返す。
おそらく、デパート事件で僕が木月さんを助けようとしたことを言っているのだろう。
あの時は、僕が判断を誤ったせいで皆死んでしまった。
そのことについては、ずっと後悔している。
僕はもう殺し屋だ。
だから人に情をかけることは間違っていると思う。
だが、それでも僕は……。
「またで悪いな。」
「すでに僕の手は汚れている。」
「だけど、この人を殺したい気分じゃない。」
「だから頼む。」
「はぁ……好きにすれば?」
彼女はため息をつきながら、鎌をしまった。
霊華は容赦なく人を殺す。
だけど、こうしてお願いすると案外受け入れてくれるらしい。
不思議。
だけど、きっと彼女にも情の類がちゃんとあるのだろう。
そう思って僕は
「ありがとう。」
と彼女に礼を言った。
そして、再び女性に向き直る。
「なあ君。名前は?」
僕は女性に問いかけた。
すると女性は怯えるような表情で答える。
僕が聞くと彼女は小さな声で答えた。
「大林……夏凪……です」
「夏凪さん。あなたは助けてあげます。人質だけどね。」
そう言って僕は彼女の頭を撫でた。
夏凪さんは安心したように目を閉じる。
「タクトって女たらしだよね」
霊華は呆れながら言う。
「人聞きの悪いこと言うなよ」
僕は苦笑いしながら答える。
さて、ここからどうするか。
キョウの話によれば、2,30分もあれば警察に包囲される見込みだ。
ビルの制圧は完了済み。
味方の殺し屋たちもそろそろ集合場所に向かい始めるだろう。
「拓斗、どうする?」
霊華が僕に聞く。
「とりあえずキョウたちと合流しよう。」
僕は答えた。
だが、その刹那、通路の先から発砲音が鳴り響く。
銃弾のうち、一発は僕の目前で破裂した。
そしてもう一発は霊華の右手に直撃する。
「っ!」
霊華は鎌を手放してしまう。
「誰だ!」
僕は通路の先を見る。
室内灯は半壊していて薄暗いが、視線の先にはスーツを着た二人の人間が立っていた。
夏凪も同じように通路の先を眺める。そして、彼女は驚いた顔で言った。
「美鈴、遥斗?!」
……美鈴?どうやら夏凪の知り合いらしい。
それを聞いたスーツの人間たちは、僕らに向かって突っ込んでくる。
どちらもハキハキとした動きで、強そうだ。
もしかするとボディーガードというやつかもしれない。
「霊華!」
僕は霊華に警戒を呼びかける。
対して彼女はぽつんと直立して向こうを見ているだけだ。ピンポイントで鎌を奪われたことに思うことがあるのだろうか?
鎌を失った霊華にあるのは素手のみ。
でも心配することはない。
だって彼女は死神だから。
霊華は普段は鎌を使って人を殺しているが、べつに鎌がなければ殺せないわけじゃない。
少なくとも手で触れただけで相手を殺せる。
だからどんな相手であろうとも、霊華が負けることはないだろう。
問題は僕の方だ。
僕の手元にはスタンガンのみ。
さっきの警備員と違って、今回の相手はやる気だ。
慎重にやらないと、僕がやられてしまう。
ボティーガードたちの足は速く、一瞬で僕らの目前まで攻めてくる。
僕は目前に迫った男のボティーガード相手に、スタンガンを突き刺した。
ビリビリビリ!
だが、男は一直線に伸ばした僕の腕をつかみ、そのまま投げ倒す。
「のわっ!」
僕は床に倒れる。
やばい。これは……殺される。
男はまだ僕の腕を掴んでいる。
そしてそのまま両手で腕を掴み、僕の腕をへし折った。
「っぁぁあ!」
バキッ!という鈍い音が鳴った。
僕は痛みに叫ぶ。
ボティーガードは、さらに僕の上に馬乗りになって、僕の両手と両足に手錠をはめようとする。
一瞬も隙がない。
「くそっ!離れろっ!!」
僕は必死に抵抗するが、男の圧力は強く、僕が苦しくなる一方だ。。。
くっ!皆はどうなっている!
僕は唯一の自由が効く目を回して周囲を見渡す。
霊華は、ボティーガードに蹴り飛ばされたのか、壁に叩きつけられていた。
「霊華!」
僕は思わず叫ぶが、その瞬間目前の男に頬を殴られる。
そして僕の両腕に手錠をはめて、自由を奪われた。
……これはまずい。
「起きろ!」
ヤクザかと思える怖い声が響くと同時に、僕は髪を掴まされながら起き上げられた。
「逮捕だ。ゴミ野郎が。うちの令嬢に手を出した罪はでかいぞ。」
ボティーガードの男は、僕を睨みつけながら言う。
ほぼ同じタイミングで、霊華ももう一人のボディーガードにやられて手足を拘束されていた。
「ちっ」
霊華は舌打ちしながら言う。
「ああ、夏凪様。無事で何よりです」
女の方のボティーガードが夏凪に声をかける。
「……ありがとう美鈴。助けてくれるって信じてた。」
その会話に続くように、男のボティーガードも夏凪に話しかける。
「当然です。むしろこんなゴミどもに夏凪様を近づけてしまったこと、本当に申し訳ありません」
「遥斗もありがとうね。とっても怖かった。」
「いえいえ、とんでもございません」
遥斗と呼ばれた男はそう言いながら、胸に手を当てて敬礼をした。
一方僕は、手錠をはめられた霊華の様子を見て呟く。
「……霊華、君がやられるなんてあるんだね」
僕が言うと、霊華はこっちに寄ってきて答える。
「別に…まだやれるけど…」
霊華は不満そうな顔をしている。
霊華は強いが、あくまでも攻撃力と防御力が高いだけだ。
特別な戦闘技能を持っているわけではない。
だから、武道を極めた者が相手だと、今回のように一撃も与えられずに無力化されることもある。
「おいこらゴミども!なに喋ってんだよ!」
男がこちらに寄って霊華の胸ぐらを掴む。
「タクト、悪魔の力、使ってみたら?」
「えっ」
とっさの霊華の提案に驚いた。
正直、使う気はなかった。けど、その言葉につられて言ってしまう。
「シクロ..」
僕がボソリと呟く。
その瞬間、僕の右腕が熱くなった。
「な、なんだ?!」
ボティーガードの男は驚いた顔で僕から離れる。
(パリーン!)
僕の右手にあった手錠が破裂する。見ると、いつの間にか悪魔の手になっていた。
「くそ!どうなっているんだ!」
男はさすがに怯んでいた。
僕はその隙をついて、男の首筋めがけて右手を振るう。
パシッ!という音とともに、男の首は180度回転した。
そして男は倒れた。






