殺人鬼とデパート(前編)
三河拓斗 (ミカワタクト)
主人公。営業所に務める会社員で、2年目の人。1年目の木月さんの教育担当。
学生時代に心を病ませて富士山の樹海で放浪していた。本当はそこで死ぬつもりだったが、訳あって生きている。
死神である霊華と友達(恋人)の関係にある。
霊華 (レイカ)
半人半神の少女。年齢は不明だが20歳前後くらいの若い容姿をしている。見た目は黒い髪に赤い目、服装はビリビリニ破れている黒い衣装を纏っている。本人曰く、自分は死神とのことで、人を殺すために存在しているらしい。
タクトに対しては陽気に話かけるが、ほかの人間に対しては基本的に無言で殺す。
木月 (キヅキ)
タクトの務める会社の新人。健気で協調性のある性格をしている。
田中 (タナカ)
タクトの務める会社の新人。よく同期たちをまとめている優秀な後輩。頭も良い。
渚沙 (ナギサ)
タクトの務める会社の新人。タクトはあまりかかわったことがないが、真面目な子らしい。
ここは、仕事帰りに寄ったデパート。
突然ビル全体が停電した。
さらに1Fの出入口が塞がったらしく、皆が騒いでいる。
ざわざわ、ざわざわ。
僕は今、走っている。
逃げるために。
何から逃げているのかはわからないけど、
なんとなく本能がそれを察していた。
1Fの隅にある休憩スペースにつくと、鑑賞植物の陰に隠れる。
周りには何人か人がいて、皆地面に顔を伏せるようにして蹲っている。
「静かに!」
小さな声で誰かが言う。
...katakatakata
人間ではない足音が聞こえる、
こちらに向かっているのだろう。
確信はないが本能がそう察している
僕は息を殺して、顔を伏せつつも目を寄せれば正面が少し見える程度の体制で待機する
そして、足音の正体が姿を表す。。
パシャ
大きな赤い球型をした怪物らしきもの。
前後の足4本で歩いている。
そして手前の足は関節のところで分岐して、そこから手のようなものと、刃が生えている。
ここでは赤い目玉と呼ぼう。
「イ、ウ、ア、イ、ウ、ア」
一音発するたびに目玉の向きが変わる。
まるで前方をスキャンしているようだ。
「イウアイウアイウアイウア」
....パンッ
赤い目玉は、低音の音を発したあと、
何もせずにこの場を後にした。
「スー、ハー、スー、ハー」
呼吸による自分の体の動きが気になって仕方ない。
ギリギリ、あの怪物には気づかれなかったみたいだ。
だが、もし動いていたら死んでたんじゃないかと思えて仕方がない。
それくらいの恐怖を感じる存在だった。
僕は改めて前方を確認する。
すると、僕より手前で隠れていた女性店員が、頭から血を流して死んでいた。
きっと、悲鳴を上げる間もなく瞬殺されたんだろう。
僕は驚いた。
未知の存在に。
そして身震いが止まらなかった。
僕が今生きていたのは奇跡だったからだ。
僕は死んだ女性店員を抱えた。
たぶん僕よりも若い。未成年かそこらの子
若い命が途絶えてしまったことに対する申し訳なさを感じた。
と同時に、もう一つ
「どうせ死ぬなら、この子と一緒が良いな」
なんて思ってしまう。
僕は彼女を抱きかかたまま、ベンチの裏側に隠れ続けた。
この子のように、静かに、最後の時が来るのを待つ。
そう考えて。
「誰かぁ!」
別の人の叫びが聞こえる。
叫び主と思われる人の足音がどんどん近づいてくるのを感じた。
そうして僕のいる休憩スペースにまで走ってきた人は、僕と一瞬目を合わせた。
そして、次の瞬間、後ろから鎌をさされて倒れた。
これまた40代くらいの女性だろうか。床には血液があふれ出している。。
次に僕の視線は、鎌をもって女性を殺した人物に移る。
さっきの赤い目玉とは違う。
黒い衣服に切れ込みが沢山入っている姿で、どちらかというと死神って感じだ。
「フフッ」
死神はほくそ笑みながら、こちらを見た。
赤い瞳、長い黒髪。すっきりと整った容姿は心なしか見覚えがある。。
そう思ったのは束の間、死神は一瞬で僕の元へ距離を詰めてきた。
鎌をこちらに振り下ろす。
「霊華!」
僕は彼女の名前を呼んだ。
「ん?」
死神の動きが止まった。
この時点で彼女は既に、僕と2,30cmの距離まで詰めていた。
「...ああ、タクトか。」
さっきまでの死神らしいオーラが一気に消え失せた。
霊華は僕にとって友達...いや、知り合い以上の関係だ。
1年ほど前に、樹海をさまよっていた時に出会った。
詳しいことは知らないけど、霊華は半人半神で、人を狩るのが存在価値らしい。
出会った当初は僕も案の定殺されかけたのだが、なんやかんやあって今は普通に接している。
とっても不思議な関係だ。
「知り合いに会うとは思わなかったよ。」
霊華は心底つまらなそうな顔をしている。
獲物だと思って近づいたら違うことに気が付いたのだから無理もない。
まあ僕にとっては助かったんだし良しとしよう。
「久しぶりだね。会えてうれしいよ。」
「そう?私は別に会いたくもなかったけど。」
霊華は冷たく言った。
「……フフッ、冗談だよ。」
僕は少し笑ってしまった。
まあ、いつものことだ。
「それで、なんでこんなところにいるの?」
「仕事帰りだったんだよ……ていうか!大変なんだ!」
「突然ビルの出口が閉まっちゃうし、さっきは赤い目玉みたいな怪物に襲われたし。。」
「ああ、あれか。」
霊華は落ち着いた様子で言った。
「あれは私のペットだよ。」
「へ?」
僕はびっくりした。ペットって……犬とか猫みたいな?いや、そういうことじゃなくてさ。。
「え?さっき人襲ってたよね?」
「うん」
霊華はさも当然のように頷いた。
「……それで?」
「それでって?」
「霊華はここで何をしているんだ?」
僕は恐る恐る質問した。
「私はタクトを待ってたんだよ?」
「……え?」
「あれ?聞こえなかった?じゃあ、もう一回言うね。」
霊華は僕に向かってウインクすると、続けて言った。
「私と一緒にここで死のうよ!」
「……はい?」
「私とタクトで一緒に死んで……来世も一緒になろうって話だよ。」
「…………えっと……」
おちゃらけている様子もないし、からかって言っている様子もない。
これは本気だ。
そう思った矢先、霊華はため息をついた。
「...ばっかねえ。」
「私はご飯を狩りに来ただけよ。」
ご飯というのは人間のことだろう。
霊華は死神。人を殺すことが一種の食事であるらしい。
「じゃあこのビルを閉鎖したりしたのは全部霊華の仕業?」
「フフッ。残念。」
霊華は周囲を一回り見渡してから続ける。
「今回の私は雇われよ。」
「なんか殺人鬼たちを集めている人間がいてね、そいつに声をかけられたの。」
「沢山人を殺してほしいって、大金積まれて依頼されたから、本腰入れて来ちゃった♬」
「な、なるほど」
「ということは、このビルには霊華以外の殺人鬼もいるってこと?」
「そういうこと!」
霊華はうれしそうに言った。
「な、なるほど」
「その、、脱出する方法とかあるんですかね...?」
僕はおそるおそる聞いてみた。
「ないね」
即答だった。
「え?じゃあ僕死んじゃうの?」
「タクトは死にたいの?」
霊華は小首を傾げながら聞いてくる。
この仕草に何度騙されたことか……。もう慣れてしまったけど、どうしても少しドキッとしてしまう。
「いや死にたくないよ!」
僕はすぐに答えた。死なんて考えたくもない話だし。
「ならさ、ここで私と一緒に死のうよ。」
「いや、だから、、死にたいと言った時期もあるけど今は死にたくないんだって!」
「フフッ、冗談だよ。」
霊華はいたずらっぽく笑うと言った。
「まあでも、脱出方法が無いってわけではないね。」
「え?」
霊華は僕の耳元に近づいて妖々しく呟いた。
「ここだけの話。本当は全員殺せって言われてるんだけど、まあ君一人くらいなら連れ出せるとは思うよ。」
「ほかの殺人鬼に殺されなければの話だけどね!」
「そ、そうなの?」
僕はちょっと安心した。
「で、どうやってここから脱出するの?」
僕が質問すると霊華は胸を張った。
「単純な話、私たち殺人鬼側は、人間を全滅させたらオーナーに出してもらえる手筈にはなってるから。」
「人間が全滅したら出られるよ。」
「お、おう。。。」
ほかの人たちは皆死んじゃうってことか。。
まあ僕にはどうしようもないし、仕方ないのかな。
「じゃあ、霊華についていくね。」
「うん」
そうして、僕は霊華に連れられてビルを巡回した。
階段を上って2Fに上がると、そこには大量の人が死んでいた。
いや、死んでいるといっても正しくないかもしれない。正確には、殺されている人だ。
さっきまでの光景から目を背けたくなったものの、不思議と落ち着いている自分がいた。
隣にいる霊華の力だろうか?
さっきの赤い目玉がいるが、霊華は気にせず横を通り過ぎていく。
僕も遅れを取らないように霊華の斜め横をついていった。
赤い目玉は僕の存在に気付いてこちらを向いたものの、さっきと違って襲ってくることはなかった。
「あの子の目。直視したら死ぬから。」
霊華は小声で僕に警告した。
「ふぇっ!マジか。」
危ねぇ。。もう少しで見るところだった。。
本当に、霊華様様だな。
霊華と合流してから一気にわが身が安全になったのだから。
...いや、何か嫌な予感がする。。
ふと僕は天井を見る。するとそこには、天井に張り付いている忍者がいた。
僕に見られたことに気づいた忍者は、いきなり手裏剣を投げつけてきた。
「えっ」
手裏剣は一直線に僕の頭上に飛んでくる。
それを霊華が鎌を振って払いのけた。
忍者はフロアに足をつけてこちらを睨んでいる。
「死神。なんのつもりだ?」
あの忍者はたぶん、霊華が言っていた別の殺人鬼だろう。
「あら?私のこと知ってるの?」
「当たり前だ。」
「そう。まあ、仕事だよ。」
霊華は僕の手を握ったまま答えた。
「その人間はなんだ?」
忍者は僕に指をさすと、さらに睨み付けてきた。
霊華はため息をつくと、面倒くさそうに言った。
「この子は私の彼氏よ!」
「……えっ」
僕は困惑してつい口に出してしまった。
「...なるほど?つまり貴様は依頼主を裏切るのだな?」
「そういうことになるのかしらね?」
「ならば、容赦はせんぞ。」
忍者は懐から苦無を取り出すと僕に向かって構えた。
「タクト!避けて!」
霊華が叫ぶとともに僕は屈んだ。
いや、咄嗟に体が動いたという方が正しいかもしれない。
僕の頭上を忍者の投げた苦無が通過すると同時に、僕の耳元でカキンッ……という金属音が聞こえた。
見上げると、そこには鎌を持った霊華の姿があった。
「あ、ありがと」
僕は困惑して霊華に声をかける。
「ふふ、」
霊華が楽しそうに答える。
霊華は忍者に向かって飛びだす。
忍者は霊華の攻撃をかわしつつ、苦無で応戦する。
僕はというと、二人から少し離れて戦いの様子をうかがっていた。
忍者は両手に苦無を持った状態がデフォルトらしい。
霊華の鎌と忍者の苦無が火花を散らしている。
しかし、徐々に霊華が押し始めているようにも見える。
...
戦いを見守る僕だったが、通路から別の人影が見えた。
そいつは、人間らしいけど、何やら重機みたいなものを背負っているように見える。。
「v( ̄Д ̄)v イエイ!」
ドダダダダダダ!
人影からいきなり銃声が鳴り響き、僕はとっさに商品棚に逃げ込んだ。
くそっ、また別の殺人鬼か。
今度はマシンガン男って感じだな。
まずいな。霊華は忍者とやり合ってるし、ここは僕一人で切り抜けないと...
「v( ̄Д ̄)v イエイ!」
ドダダダダダダ! 銃声と共に商品棚がグラグラ揺れる。
あ、あれ?ちょっと、これマズくない? 僕も店内に隠れると、すぐに銃声が響いた。
そして僕の隠れていた棚の真横に銃弾がめり込む。怖い怖い怖い。
マジで死ぬってこれ!
僕は商品棚を有象無象に逃げ回る。
だんだんと奥に入り込んで、マシンガン男から遠ざかっていく。
ドダダダダダ……
銃弾の雨が止んだ。
はあ、はあ。
こっからどうする..?