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新入社員ちゃんの作戦の一部始終と結末

「じゃーん! ここが私の仕事場です!」


「えー……」


高宮はたじろいでいた。


秘書室に入ると、天神ももかが両手を広げて自分の職場であることを示したが、その後ろに女性ばかりが約20人、10人ずつ2列に並んでいた。


大きな屋敷において主人を待ち構えるメイド達の様に入室者を沢山の秘書たちが出迎えていた。


「「「ようこそ! 秘書室へ!」」」


沢山のメイド達……もとい、秘書たちは皆 笑顔で高宮を出迎えた。


「な、なんだ……ここは」


もう10年以上勤めている会社だというのに、高宮は社内にこんな場所がある事を知らなかった。


「こちらは春日原かすがばる室長です。この部屋の一番偉い方です」


天神ももかが掌で指し示し、高宮に紹介した。春日原室長は歳の頃なら40代前半。肩までのボブカットで顔立ちは整っている。


長年秘書のトップとして君臨しているだけあって表情はキリリとしていて、天神ももかの「にへら」とした顔とは一線を隔していた。スーツは少しタイトなものを身につけていて、すらりとしたスタイルで「できる女」のオーラを全身から発していた。


その春日原室長が高宮に挨拶をした。


「秘書室長の春日原です。高宮課長、初めてお目にかかります」


「あ、ども。……高宮です」


秘書と言えば、社長をはじめ専務などの重役の代わりに雑務をこなしたり、移動のための車を手配したりしている。挨拶をされて高宮は思った、「この方が新入社員ちゃんのボスか」と。


「本日はよくお越しくださいました。専務はあいにく席を外しましたので、後ほど大橋本部長が対応されるそうです。大橋本部長が来られるまでこちらでおかけになってお待ちください」


室内を見ると秘書たちの机以外に応接セットが置かれているブースがあった。もしかしたら、接客の訓練をする場所なのかもしれないと高宮は思った。


なぜ、専務室ではなく秘書室で待つのか。疑問に思ったけれど、座れと言われたら座るのがサラリーマン。高宮は5人は座れそうな長ソファの右端に腰かけた。


「……失礼します」


高宮が応接テーブルの席につくと、右側からお茶が出てきた。


お茶を出したのは天神ももか。高宮と目が合うとニコリと表情を笑顔に変えた。


ちなみに、秘書たちはそれぞれの席に戻り、高宮の方をチラチラと見ていた。高宮もそれに気づき気持ちが落ちつかないでいた。


「新入社員ちゃ……ももかさん。ありがとう」


湯呑を手に取り一口お茶を口に含んだ。ここに来るまでに緊張もしたし、訳が分からないことも起きた。言ってみれば現在進行形で訳が分からないのだが、顔見知りの新入社員ちゃんがいるのでいくらかリラックスできていた。


「あ、お茶おいしいよ」


「ホントですか? よかったです」


そう言うと、天神ももかはお盆で顔を半分隠して照れ笑いを浮かべる。


「よかったですね、ももかさん。お茶淹れの特訓した甲斐がありましたね」


「し、室長! それは秘密にしてくださいって言ったじゃないですか!」


「あら、そうだったかかしら。昨日から急に専務の仕事を振られて、忙しくて忘れてしまったわ」


「も、もう……専務ったらぁ……(棒読み)」


天神ももかがぎこちない笑いを浮かべた。


「……」


「……」


「……」


室内に霊でも通ったかのような静かな時間ができた。


ここで天神ももかは思い出していた。昨日の専務室での大橋おおはし暢晃のぶあきとの会話を。


「まずは、雑餉隈部長と高宮さんを離さないと! 雑餉隈部長は役員会議で顔を合わせているので、私の顔を知ってます!」


専務室で仁王立ちして両手をわなわなとさせる天神ももか。それに対してソファに寝そべりまるでやる気がない大橋暢晃。


「じゃあ、僕が足止めしてあげるよぉ。あとは適当になんとかしてねぇ」


「部長と高宮さんの二人を呼んだのに一人だけ足止めとか無理じゃないですか!」


「大丈夫大丈夫。僕がなんとかするから。ドア・イン・ザ・フェイスがあるから!」


「それは、どんな技なんですか⁉」


「まあ、こっちは任せておいてよ」


ちなみに、「ドア・イン・ザ・フェイス」は営業のテクニックで最初に難しい要求をしておき相手に断らせ、次にハードルの低い要求をしてOKさせるテクニックのこと。相手は1度目断っている罪悪感から2つ目の要求を断りにくくなっているのだ。


どこでどう間違えたのか、大橋暢晃は最初に訳の分からないことを言って、次に分かりやすいことを言うという洗脳のやり口を披露することになるのだが、これはボケもツッコミもいない悲しい事象として誰も拾わないことになる。


「それでも、専務室ここに来られたら私が変な子に思われてしまいます!」


「じゃぁ、秘書室辺りに呼べばいいんじゃない? 秘書室には話を通して置くし。適当にお話して帰しちゃえばぁ」


「え⁉ 社内で合法的に高宮さんとお話していいんですか⁉」


急に目を輝かせる天神ももか。


「いや、同じ会社の人なんだから普通に話しても違法にはならないでしょ」


「やるっ! やります! 秘書として振舞って高宮さんとお話して適当にリリースします!」


「オキニなのに、身分を偽装しちゃっていいのぉ? バレた時 信用を失っちゃうんじゃないのぉ?」


「だーって、専務とか全然かわいくないじゃないですか! 私はとにかく高宮さんにかわいく見られたいんです! 必要なら秘書課に転属します! 承認印を自ら押しますっっ!」


「専務不在で専属の秘書って、それはスマホが無いスマホケースみたいなもんじゃないのぉ?」


「暢晃くんはすぐに秘書課に話を通してください! 失敗したら、昇進させて専務にしますからね!」


「それはもう、専務という役職を僕に押し付けて、自分は秘書になる気なんでしょ! もー、面倒くさいなぁ……」


そして、大橋本部長経由で秘書課に話が通された。秘書課のトップ、春日原室長は幸いにも遊び心があったので、茶番の様なお願いもOKしていた。


「ホントにありがとうございます! 春日原室長!」


天神ももかは顔の前で両掌を合わせ、ウインクしながら春日原室長にお礼を言った。


「ほらね、春日原室長なら受けてくれるって言ったでしょ?」


なぜか大橋暢晃がどや顔で言った。


「ただし……」


春日原室長の一言に天神ももかと大橋暢晃が振り返った。


「お芝居とはいえ、秘書課の人間としてお茶を出すのですから、最低限のマナーは身につけていただきます! 社内の人間とは言え粗相があっては秘書課全体のレベルを疑われますので!」


「ん?」


天神ももかの笑顔が固まった。


……4時間後。天神ももかは秘書室の床につっぷしていた。


「天神専務、よくぞここまで。ちゃんとお茶を淹れることができるようになりましたね。多少の妥協はありますが、これならば秘書課の一員を名乗っていただいても差し支えありません」


「千本ノックならぬ、千杯お茶淹れ……。本当にこの特訓は必要だったのでしょうか……」


漫画の様に目がグルグルと渦巻の様になってへたり込む天神ももか。ちなみに、大橋暢晃は既に物事に興味を失ってどこかに行ってしまっている。


「あ、あと……。私の事は、『天神』ではなく『ももか』の方で呼んでください……。名字で創業家だとバレてしまいます」


「社内の人間に正体がバレたらいけない状況って、どういう状況なんですか?」


改めて疑問に思っていたことを天神ももかに訊ねてみた春日原室長だったが、千杯お茶淹れの特訓の後だったので、天神ももかはその場で気を失ったのだった。


ここで天神ももかが、今回の作戦に至るまでの概要と「千杯お茶淹れ」とか訳の分からない特訓の成果を高宮に褒めてもらって、どれだけ嬉しかったかの裏付けを説明するかのような回想から我に返った。


「じゃあ、ももかさん。本部長が来られるまで高宮課長のお相手をして差し上げてくださいね」


「はい♪ かしこまりました! 高宮課長のお隣に座ってお話し相手を務めさせていただきます!」


「いえ、別にお隣に座る必要は……」


「分かりました! お隣に座らせていただきます!」


「……お隣に座ってお話し相手をお願いしますね」


「はい!」


そして、宣言通り高宮のソファの隣に座る天神ももか。5人がけのソファなのだから、どこに座ってもいいはずなのに、彼女は右端に座っている高宮のすぐ隣の場所に腰かけた。


正面から見ると広いソファなのに、やたら左に詰めて座っているような状態。


「はは……悪いね、新入社員ちゃん。付き合ってもらっちゃって」


「いえ! これも室長から仰せつかった立派な仕事なのですから!」


「そ、そう?」


「はい! 本部長が来られるまでゆっくり、ゆーっくりお話をしましょう!」


「いや、そんな話し込む訳にはいかないと思うけど……」


高宮は居心地が悪く、視線は泳ぎまくっている。


「本部長は、営業部の部長になにやら用事って言ってましたし」


「そ、それなら俺は改めようかな……」


「あ! 違います! すぐです! 割とすぐ来るタイプの用事でした! このまましばしご歓談を!」


高宮は「すぐ来るタイプの用事とは!?」と心の中でツッコんだが、口には出さなかった。


(トントン)「失礼します! 専務! おられますか⁉」


そこに入室してきたのは雑餉隈部長だった。


「ん? 部長?」


高宮が座っているソファからいえば右手にあるドアから雑餉隈部長がバロットを片手に秘書室に飛び込んできた。


バロットとはたまごの中で黄身と白身の状態から雛の状態まで育ったたまごのことで、海外では食べられているが、日本においてはそれを食べる文化が無いためちょっとアレな感じのものとなっている。


「雑餉隈部長、失礼ですが秘書室の入室はここまででお願いします」


春日原室長がどこかで拾ってきた棒で床に線を引き、「十字鬼」の様にそれ以上入らない様に禁止した。


十字鬼については各自Google先生で調べてみよう!


「専務! 見つけました! 無精卵から雛を!」


律儀に線を超えない雑餉隈部長。手柄を専務に褒めてもらいたい気持ちでいっぱいだ。


「専務?」


部長の視線から自分の左側に専務がいると思い振り返る高宮。


横にいた天神ももかも同時に左を向いて、そろって誰もいない空間をみる。


「専務って?」


高宮が天神ももかに訊ねた。


「いま、一瞬! 一瞬だけ専務がおられました! 0.05秒だけおられました!」


「それだとギャバンが蒸着ができるかどうかだよ……」


天神ももかはしらばっくれた。全力でしらばっくれた! そして、彼女は心の中で呪文のように唱えた。「秘書! 私は秘書!」と。


「専務はご多忙です。一旦お引き取り下さい」


「しかし、このたまごを! たまごだけでも!」


春日原室長の制止にもかかわらず、なんとか自分の手柄をアピールしたい雑餉隈部長。


部長の視線を追って左を向くと天神ももかも左を向く。分かる人にしか分からない複雑で絶妙なバランスの空間が出来上がっていた。


慌てる天神ももか。事情が分からず左右をきょろきょろする高宮。手柄をアピールするのにただただ必死の雑餉隈部長。約束だからと冷静に引き留める春日原室長。そして、全ての事情を理解して少し離れた位置から一部始終を見てニヨニヨが止まらない秘書たち。


この日、秘書室は過去一番賑わっていた。


そして、今回のオチとして雑餉隈部長が「高宮課長って、なんか専務とめちゃくちゃ仲がいいな。今後はちょっとだけ無理言うのは控えようか……。告げ口されたらマズイし」と思ったのだった。


これにより、それから高宮の営業二課での立場が少しだけよくなったのだった。

ふー、これで一段落。

え? 新入社員ちゃんの部屋になりがあるか気になる!?

ぬぅ! あの子余計なことを……(汗)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 新入社員ちゃんの部屋になりがあるか
[一言] ムチャしやがってwwww
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