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おいしいカフェオレ

「いつもその缶コーヒーなんですね」


 今日は少し一人で考え事をしていた。いつもの様に定時後、会社の屋上で立ち上がりの壁(パラペット)に肘をつき、遠くを眺めている時にいつもの声に話しかけられた。


「お疲れ様、新入社員ちゃん」


 俺は遠くの空の雲から目が離せなかったので、俺の背後に立っているであろう彼女に声だけで挨拶をした。


「どうしたんですか?」


 彼女は俺のすぐ横に来て、強引に俺の視野角内に入ってきた。


 分かってるんだ。別にそんなに考え込む様な事柄はない。ただ、ちょっと恥ずかしかっただけだ。俺は40歳もとっくに過ぎたおっさん。彼女は23歳って言ってたか。


 俺の人生の半分しか生きていない彼女のことを好きになるとかあり得ない。どの顔がそんなことののたまわっているんだ。


 自分の心を見透かされるのも恥ずかしいので、俺はくるりとパラペットに背を向け、できるだけいつもの顔で新入社員ちゃんの方を見た。


「いや、特に何でもないよ。今日も缶コーヒーがうまいなって。もっとも、カフェオレだけどね、これ」


「高宮さんはホントにカフェオレがお好きですね」


「そうだな……缶以外でもカフェオレ派かな」


「そうなんですか? じゃあ、この建物に併設されたホテルの2階にあるレストランのカフェオレご存じですか?」


 そうなのだ。うちの会社は自社ビルで建物の半分がビジネスホテルになっている。そのため、入り口が2か所あり、俺達がいるオフィス側とホテル側は行き来できない構造になっている。


 簡単に言うと2つの建物がピッタリくっつけられたようになっているのがうちの会社のビルなのだ。


「え? ホテルは知ってるけど、2階にレストランなんてあるの?」


「はい! よかったら今度ご一緒しませんか!? 具体的には明日の定時後など! 待ち合わせをして一緒に!」


 ホテル側は1階にフロントがあるので、それは知っていたけど2階にレストランがあるのは知らなかった。


 そう言われれば、知っていたような気もするけど、自分が使うと思っていないから全く意識の中になかったのだ。


 あと、何気なく新入社員ちゃんに誘われてしまったけど、彼女的にはサボり仲間として誘ってくれているだけで、俺が考えている様な下心いっぱいで答えてしまったら、ドン引きされるやつだ……。


「ちょっとレトロなメニューもあって、プリン・ア・ラ・モードなんて昭和感がある佇まいで、それはそれは映える感じなんです!」


「そ、そうなの……」


 ダメだダメだ! 目の前の目が無くなる程 笑顔で目を細めているのは、プリン・ア・ラ・モードに対してだ。絶対に俺に向けられたものじゃない!


 ああ! 天使だ!


 あくまで、「サボり仲間」として……。


 ◇

「ちょ、ちょっと待って!」


「どうしたんですか? 高宮さん」


 翌日の定時後、あの屋上で待ち合わせをして一緒にホテル2階のレストランに行くことになったのだが……。


 ホテルの入り口で気がついたのだ。


「これは非常にまずい状況なのでは!?」


「どうしてですか?」


 ビジネスとは言え、ホテルの入り口で棒立ちのふたり。


「腕とか組んだ方がいいってことですか?」


「それだと余計にマズいって! ここをどこだと思っているんだい!?」


 そう言われて、きょろきょろと周囲を見渡す新入社員ちゃん。


「と、泊まりますか?」


「泊まりません!」


 なんてことを言い出すんだ、この子は……。冗談でも男にそんなことを言ったらどうなるのかまだ知らないのだろう。それくらい、まだまだ子供なんだ。大人の俺が守ってやらないと……。


「すまん。俺の方が変なことを言っていたみたいだ。勘違いしちゃうからそう言うことは好きな男以外には言っちゃダメだよ?」


「はい! 好きな男性にしか言いません!」


 右手をどびしぃと上げて声高らかに宣言する新入社員ちゃん。よかった。分かってくれたか。


「じゃあ、気を取り直して中に入ろうか」


「はい。腕とか組んだ方がいいですか?」


 ……分かってくれてはいない様だった。


 ◇

 出て来たカフェオレはおいしかった。


 店内は一般的なファミレスとそう変わりのない内装。特に特徴はない値段も高くもなく、安くもなく。定時後なので夕食時だというのにお客さんは少なく広々とした店内で快適に過ごすことができる。


 あえて特徴というと、店長がカフェオレについてにうんちくを教えてくれたり、ちょっとした会話を楽しめたことくらいだろうか。


 最近のマニュアル重視、効率重視のお店とは違うみたいだ。


「プリン・ア・ラ・モードおいしいです」


 目の前の天使はプリン・ア・ラ・モードを食べて目を細めている。その顔が殺人的にかわいい! それを見た全ての男を虜にする勢いのかわいさだ。


 片手は頬に当てられてその仕草もかわいい! 心の動画フォルダにこの場面を保存しておきたい。


 この子はもうアイドルとかモデルとかをした方がいいんじゃないだろうか。でも、今だけは数多の男の物になるのではなく、俺だけの心の天使でいてくれ……。


 こんなデートみたいな幸せな時間……今だけじゃなくて、またそんな機会があったら……。


「高宮さん、屋上缶コーヒーも素敵ですけど、たまにはこのレストランにも来ましょう!」


「え? ああ」


 そんなこと言っていいの!? 俺は勘違いするよ!? 勘違いしちゃうよ!? いや、ちょっとだけでも勘違いさせて! 勘違いだと気づくまでは幸せな気持ちでいられるから!


「あ、でも! これ見てください!」


「え?」


 天使……もとい、新入社員ちゃんがメニューと一緒に置かれている案内の紙を俺の前に差し出してきた。


『閉店のお知らせ』


「んん!?」


 俺と新入社員ちゃんの密会の場は、見つけたと同時に終了のお知らせが……。やはり、俺と彼女の行く末は明るい物ではないらしい……。


「いけません! こういう素敵なお店はなくなってはいけないのです!」


 なんだかバックに炎のエフェクトが見えたような気がするほど気合が入っている新入社員ちゃんだった。


 彼女の一言で俺が事件に巻き込まれるとはこの時はまだ予想すらしていなかった。

勢いで更新してしまいましたが、ジャンル日間85位まで落ちて来たので……(予告?^^)

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― 新着の感想 ―
[一言] 分かって無いんじゃなくて言われた通りに好きな相手にしている事に何時気付くのかww
[良い点] ももかちゃんが可愛い [一言] 毎朝出勤の前の楽しみにしています。 続いて欲しいです。
[一言] 他の作品もそうですが、猫カレーさんのお話は読んでいてほっそりします。 応援してるので執筆頑張ってください。
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