バタフライエフェクト
順調にランキングを落として36位だったのですが、
応援のメッセージをいただいてしまったので、
恥ずかしながらもう1話書きました。
「ねーねー、ももちん?」
「私のことは『ももちん』とか、変ちくりんなあだ名で呼ばずに、社内では『専務』と呼んでくださいって言ってるじゃないですか!」
いつもの様に専務室で重厚でラグジュアリーな机の革張りの良い椅子に腰かけている天神ももかと来客用のソファに寝転んでいる大橋暢晃。
「前回、あのオキニのおっさんのことで協力した僕を労って欲しいなぁ」
「なに言ってるんですか! あの後 大変だったんですからね!」
「……見たかったなぁ。呼ばれてる目の前でしらばっくれる ももちん♪」
「た・い・へ・ん・だったんですからね!」
「でもさぁ、そんなリスクを負うくらいなら最初から、専務室に呼べばよかったんじゃないのぉ?」
「こんなかわいくない部屋に高宮さんを呼べるわけないじゃないですか!」
「でも、自分が専務であることは秘密にしてるんでしょ? 誰かそれらしい人をバイトとかで雇ってそこに座らせておけばいいんじゃないの? 自分は秘書のまねごとをしてさぁ」
天神ももかは口元で にへらと笑いを浮かべた。
「……それいいですね! 次からはその作戦にします!」
「まあ、雇われた人も訳も分からず、ただ座っておくだけのバイトってそれなりにしんどいと思うけどねぇ。まあ、この部屋じゃね……」
専務室にはラグジュアリーな机が一つ置かれているが、ここにはモニターが16台つながれていた。そして、複数台のPCが設置されており、色々なデータが画面に表示されている。
「まさか、この大きな会社で一番稼いでいるのが ももちんだって誰も思わないよね?」
「やめてください。パパのコネで入社したのは女の子らしいのでそれでいいんです! ただ、会社のお金をこうして株などで運用していることは絶対に秘密です!」
「なんで? かっきーじゃない。小娘一人で何十億も稼いでるのって」
「こんなモンスターマシンみたいなのを何台も置いて、モニターも16台も置いて投資してるなんて、全っ然っかわいくないです!」
「でも、そんなグラフをちょちょいと見て『売り』とか『買い』とかやってるだけでお金を稼いじゃうんだから感心するよぉ」
「チャートだけ見て上がり下がりが判断できるわけがないんです。日銀とFRBをチェックして……それはいいんです。新しい作戦を思いつきました!」
「株の?」
「株なんかどうでもいいんです! 高宮さんです! 高宮さんにかわいいと思ってもらって、『好きだ! 結婚しよう!』って言わせる作戦です!」
「なにその発想。もう小学生レベルじゃない?」
「うるさいです! 今回は題して『バタフライエフェクト作戦』です!」
「うわー、なんかダメそう……」
大橋暢晃は眉間にしわを寄せて難色を示した。
「一応、聞いてあげるけど、どんな作戦?」
それでもやっぱり聞いてあげる辺り、従兄妹同士の一定の信頼関係があるのかもしれない。
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。日銀とFRBが株価に影響するように、大元の方に働きかけます!」
「嫌な予感しかないんだけど……」
◇
俺、高宮はいつもの様に定時後、屋上で一人遠くを眺めている。今は俺の心の平和のために必要な時間なのだ。
そして、高確率でここで会うことができるのが……
「あ、高宮さん! お疲れ様です!」
来た! 俺の天使! 彼女はももかさん。字は分からん。なんか、下の名前っぽいので呼ぶのに抵抗があり、俺は親しみを込めて「新入社員ちゃん」と呼んでいる。
屋上にはエアコンの室外機などしかないが、二人立ち上がりの壁に肘をついて横並びで遠くを見ながら話しているだけで幸せなのだ。缶コーヒーを持っていたらこれ以上はない。
「新入社員ちゃん、昨日は色々とバタバタしちゃってごめんねぇ」
「あー、ぜーんぜん全然!」
新入社員ちゃんがこちらを向いて両掌をふるふると振っている。とてもかわいい。
「こちらこそ、専務が不在で大変失礼しました!」
「いやいや。きみが謝ることないよ。専務もご多忙だったんだろう」
なにせ、0.05秒くらい一瞬だけ秘書室に来られたらしいし。
「それにしても、なんだったんだろうなぁ……」
結局、秘書室でお茶を飲んで、新入社員ちゃんとしばらく話した後、部長も入ってきてわちゃわちゃになって、あとは営業二課に戻されたのだから。
「せ、専務は高宮さんを誉めようと思っていたみたいですよ? 聞きました! そう聞きました!」
「そう……」
「ただ、直接言葉を伝えるのは、かえって迷惑になると思ったらしく、少し控えるようにしたらしいです」
「そ、そう?」
褒めてもらえないのは少し残念な気もするけど……。
「あっ」
「どうしたの?」
「すいません、目にゴミが入ったみたいで……」
「あらぁ」
「コンタクトがズレたのかも……」
コンタクトがズレると痛いと聞くなぁ。
「あれ? あれ?」
なんだか苦戦しているみたいだ。
「すいません。目にゴミが入ったみたいなんですけど、ちょっと見てもらえますか?」
「え? え?」
新入社員ちゃんが俺に近づいて来て、少し顎を出した姿勢で目を瞑っている。
これはいわゆるキス顔では……!? こんな恋人でないと見てはいけない様なレアな表情を俺が見てしまっていいのだろうか……。
ドキドキが止まらない。
「目を開けます」
新入社員ちゃんが静かに言った。
「は、はい。よろしくお願いします(?)」
俺もなんだかよく分からない返しをしてしまった。
新入社員ちゃんが濡れた瞳を静かに開く。彼女と超短距離で視線が合ってしまった。彼女の瞳を見ないとゴミが入っているかどうか見れないのだ。必然的に見つめ合うしかない。
目にゴミが入っていたいのだろう。彼女は目に涙を浮かべていた。
益々見てはいけない様な表情に罪悪感すら感じる。でも、それくらいかわいい! 彼女は目が痛いのか、それとも恥ずかしいのか、顔が真っ赤になってきた。
時々耐えられず瞼を閉じる。
またキス顔が現れる。
このまま抱きしめて唇を重ねたなら……。はっ! いかんいかん。そんな不謹慎なことを考えたら失礼だろ!
「あ、あの……取れたみたいです。ありがとうございます」
新入社員ちゃんが下を向いてもじもじしている。きっと涙でゴミが流れたんだろうな。
「取れて良かったよ」
「はい……」
また俺達の幸せな時間が戻ってきた。
◇
「ももちん視力いいんじゃなかったっけ?」
その後、専務室に逃げ帰ってきた天神ももかに大橋暢晃が訊いた。
「両眼とも2.0です」
「コンタクト嘘でしょ! またウソかよ! 嘘で塗り固めるねぇ。そのうち、嘘御殿が建つよ」
「コンタクト越しとかじゃなく、直接 高宮さんを見たかったんです!」
「ものは言いようだよ。それよりも、もっと押すんじゃなかったの?」
「超短距離で見つめられていると恥ずかしくなって逃げて来てしまいました……」
「その恥じらいは本物かよ!? どこまでが本当かよく分からない……」
「高宮さんへの気持ちは本物です! そんな事より別にその後、何も起きません……」
「だって、バタフライエフェクトって元々、1972年のエドワード・ローレンツが講演の中で『ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスでは竜巻を起こすか?』って話した一説からでしょ? そんなの別に起きないよ! 『そんなことあるのか?』って反語的だもの。『あるわけないよ』が答えだよ」
「そんなぁ……」
一方、高宮は天神ももかの濡れた瞳をまじかで見たことと、顔を近くにして見つめ合ったことで彼女を女性として意識し始めていた。
そう言った意味では、テキサスに竜巻は起きるのかもしれないのだった。
実は、続きを思いついてしまったんですよね……。
やさしいやさしい監禁
http://sugowaza.xyz/catcurry/?p=275
本日発売です。
発売開始価格で99円にしてます。
Kindle Unlimitedにも参加しています。
よかったらのぞいてください^^




