会社の屋上でのふたり
「あーーーー、つまんねぇ。あと辛い。いっそ会社辞めるかぁ……」
俺は、会社のビルの屋上に一人出てきて、立ち上がりの壁に肘をついて遠くを見ながら言った。
とっくに定時なんて過ぎた。若い子は早く帰さないと嫌になって会社を辞めてしまうし、上司は大量の仕事を押し付けて帰って行くし、その仕事は誰がやるんだよ。
「はい、俺です」
誰もいないのに右手を肩の高さくらいまで上げて、自嘲気味に言った。
俺に一筋の「癒し」が無かったら、とっくに心が折れて家で引きこもり生活に突入していただろう。
もういっそのことここから飛び降りてやろうかと思う程、嫌気がさしていたのだけど、痛いのは嫌なので踏みとどまっていたところだった。
「お疲れ様です♪」
そんな時、後ろから声をかけられた。
声だけで俺には声の主が誰だか分かったのだが、ここは焦らずゆっくりと振り返る。
「お疲れーーー」
そこにいたのは、真新しいリクルートスーツの女の子、多分新卒だろうから23歳か、24歳くらいの子。
「また残業ですか?」
爽やかな笑顔。俺の癒し~~~。俺の心の天使! ……名前は知らないけど。
「あぁ、そっちは?」
「へへ……私もです」
黒髪が肩くらいの長さで清潔感がある。髪の艶がきれいで俺には眩しいほどだ。
俺の方はくたびれてしわしわのスーツ。見られるのが恥ずかしいほどだ。どうすれば彼女の様にキラキラとした人生を送ることができるのか。羨ましい限りだ。
「ん? 私の顔に何かついてますか?」
「いや、キラキラしていて、眩しいなって思ってさ」
「キラキラって……私ですか⁉」
「うん、若いっていいなぁ」
「もう、私23歳ですよ」
「23歳で若くなかったら、倍以上の年齢の俺はもう死んでるな」
「あっ……すいません」
「ははは、いいっていいって」
ここはオフィスビルの30階。普通なら屋上には出られないだろう。ただ、ビルの設備などが屋上階に置かれているので、そこから非常口の鍵を開けて外に出られることを最近発見したのだ。
色々しんどいことも多いので、誰もいない所で少しだけ休憩したくて。
ここは俺だけの秘密の場所だった。つい先日、その秘密の場所にこの新入社員ちゃんがふらりとやってきたのだ。多分、同じ会社の人だな。入社してすぐだろうけど、新しく社会に出て辛いこともあるだろう。
俺の秘密の場所だけど、少しくらいなら使ってもいいよ。
「邪魔したね。それじゃ俺は……」
ひとりの時間を邪魔されると嫌だもんな。おじさんは撤収……っと。
「あのっ……!」
新入社員ちゃんに呼び止められた。
「なに?」
「あの、これ……」
新入社員ちゃんはポケットから2個の缶コーヒーを取り出した。しかも、俺が好きなカフェオレ。
2個あるってことは「一緒に飲みましょう」ってことだろうか。
「でも……」
「あ、これ気にしないでください。さっき、いただいちゃって」
ペロンと小さく舌を出して言った。その仕草ひとつひとつが可愛いんだよ。
彼女はスーツがビシッと決まっている。しかも、新入社員にしては高そうなスーツだ。背筋もまっすぐ伸びてるし、様子から察するに秘書課だな。
……と言うことは、この缶コーヒーは差し入れか何かでもらったのか、はたまた上司から奢られたものか。それなら40歳を過ぎた俺が新入社員ちゃんからもらっても特に問題はないだろう。
「ありがとう、いただくよ。いいの?」
「はい。一緒に飲もうと思って持って来たんです」
「どっちがいいですか?」
両手に一個ずつ缶を持って俺に見せる新入社員ちゃん。
「え、もらってきたのはきみだから、先に好きなの取りなよ」
「こういうのは、持って来た人が後なんです」
律儀というか、礼儀正しいというか……。こんな子なら上司からさぞかわいがられているんだろうなぁ。それに比べて俺は……。
「はぁーーーーー」
「どうしたんですか⁉ こっちの高い方 取っていいですから!」
新入社員ちゃんは、「プレミアム」と書かれた方の高そうな方のカフェオレを手渡してくれた。ちなみに、もう一つの方は「リッチ」と書かれているので、どっちがいいのかなんてよく分からない。
俺は缶コーヒー……正確にはカフェオレだが、それを受け取って、カコッとプルトップを開けグイっと大きめの一口目を飲む。
甘いものはいい。一瞬でも幸福感に包まれる。
「お仕事大変なんですか?」
「まぁね。最近、色々あって部署内で2人も辞めちゃってね。
「わ! それは大変!」
「若いヤツは働き方改革とか言って早く帰さないといけないしね」
「ふふふ、それでご自分はどうして残ってるんですか?」
「あぁ、課長だからね。『長』が付くとそこらへん適用外なんだよ」
「わ、課長さんなんですね!」
「あぁ、名ばかり課長だから全然偉くないから」
謙遜でなくて本当にね。
「あ、そうだ! お名前……まだ聞いていませんでした。よかったら教えてください」
「ああ、いいよ。俺は営業部二課の高宮ってんだ」
「営業部二課の高宮課長……」
新入社員ちゃんは掌に指で書き入れるようにして記憶しているようだった。いちいち仕草が初々しいし、可愛い。さすが、俺の天使。
「私は……百々奏です。その……専務直属の……」
やはり、秘書だったか。うちの会社も人を見る目はしっかりしてるのか。良い子入れるなぁ。人事は営業の人員にもその才覚を発揮してくれよ。
それにしても、専務直属の秘書か……。いいなぁ、専務。こんな可愛い子を侍らせて……。たしか、専務って創業家から今年入社したって話だ。いいなぁ、入社してすぐに専務かよ。
うちの会社は比較的大きいので、俺のいる営業の部長がいて、その上に次長がいて、部長、本部長、常務といて、その上が専務だ。
ひえーーーーーっ、俺からしたら雲の上の存在だよ。社長は年末年始の挨拶とかで見ることはあっても専務とかになると定年までほぼ会うことはないな。
ま、いっか。俺には関係ない世界だ。それにしても、「百々奏」って下の名前っぽくて呼びにくいな。
「百々奏ちゃんは、新入社員?」
「あ、はい! その、よ、よろしくお願いします!」
新入社員ちゃんは腰を90度曲げる勢いの最敬礼で挨拶をした。
「そんなに改まらなくても。俺なんか名ばかり課長だから。まぁ、きみのところのボスはいい人だと思うけど、何か困ることがあったらまた声かけてよ」
「いいんですか⁉ ありがとうございます!」
「あと、俺が愚痴ってたことは内緒にしてね」
「ふふふ、はい。分かりました」
嬉しそうに笑う新入社員ちゃん。それだけで可愛い。はい、かわいいー!
「コーヒーご馳走様。じゃあ、今度こそ行くよ。残った仕事を終わらせないと帰れないからな」
「はい! お疲れ様です!」
新入社員ちゃんがにこにこと見送ってくれたことに俺は気づかずに仕事に戻ったのだった。
ただ、俺が彼女のことを本当の意味で知るのはまだ後の話なのだった。
反応を見て2回目以降を投稿しようかどうしようか決めたいと思います。
芳しくない場合はしれっと消えますので^^
10代、20代の学生の方が多いと思われる中、
社会人しか出てこないお話にどの程度ニーズがあるのか……。
コメントや★評価で応援お願いします。