6.始まってしまった
満月の光が廊下のステンドグラスを輝かせる。
闇の色と表現するに相応しい、黒、紫、青が多く配色されたそれには魔族の騎士達が描かれている。
首のない者に鬼のような面を持つ者。幽霊のように不安定な者。
様々いるがどれも立体的に映し出されている。そしてそれらは自分の意思を持っているかのよう廊下に立っている。
まるで、「我らが王に会うつもりならば力を示せ。」そう言わんばかりの迫力。威厳を感じられずにはいられないだろう。
鎧のような礼服を纏った俺自身もまた一人、魔族の騎士なのだ。相応しい格好というものだろう。
扉が開き始める。その動きは重厚で、瘴気を腹の中から吐き出すようにゆっくりと開かれていく。
さあ、入ってこい。そう語られているようにすら感じられる。
開いたはいいもののその中は何も見えない。儀式は既に始まっているのだ。漆黒の中に歩みを進めていく。
入ったのは以前召喚された魔王の間だ。しかしその時とは全く別の雰囲気が醸し出されていた。全体的に暗さが強調されており、玉座に繋がるカーペットに対してシンメトリーに配置された燭台が青い炎を灯している。
俺は王の前静かに跪いた。
「第五代魔王、シデス=ハデスの名において命ず。我が下僕バクチ、今この時をもって騎士として任命する。そして都市シデスにて補佐官として務めよ。
人類支配再出発の足掛かりとならんことを願っておるぞ。」
「承りました。このバクチ、身命を賭してでもその願い叶えて見せましょう。
混沌の始まりに誓って」
そう言うと魔王は魔剣を一本取り出し、俺の体に突き刺した。
これが魔王流の誓いである。痛みは無いが剣は体の中に入っていく。中々怖い。
満足そうに笑顔になった魔王は跳ねるように立ち上がった。
「励めぇいッッ!」
「ハッ!」
こうして儀式は終了した。
――――――
「バクチ、悪くありませんでしたよ。あんなに楽しそうな魔王様を見ること自体久々だったように思います。
貴方は多少特別に見られているようですね。」
「荷が重いですよソバツカさん。」
俺がしくったら全部終わるかもしれないと、ソバツカさんはそう言っていた。足掛かりとなれ。魔王様はそう言ったがそれだけでは全く足りないらしい。
俺が頑張らなければ魔族自体に終わりが訪れる可能性があるのだ。
とんでもない。
「カカカ!励めバクチよ。シデスは中々良いところじゃぞい?歓楽街も一番多い。」
「これはウチワ様。それではこの度のバクチの指導役は貴方様が…?」
「そんな訳なかろうて。四皇は忙しいんじゃ。
それにあそこはイズミもジベタもダンロすら干渉せんような土地。ワシが行ったところで骨が折れるわい。
そうじゃバクチ、お前さんにこいつをやる。」
そう言ってウチワのジジイは俺にサングラスを寄越した。
「これは一体…?」
「それはこの先いずれ必要になる物じゃ。なに、今はまだ分からずとも良い。」
「ウチワ様…」
何やらソバツカさんが呆れている。よっぽど変なものを渡されたらしい。そのうち捨てておこうか。
「ありがとうございます。大切にします。」
「気張れよ〜新入り。お前さんが最後の希望かもしれないんじゃからな!カッカッカッ!」
新入りという認識があるならもう少し真面目に教えてくれてもいいのでは無いだろうか。いくらなんでも責任が重すぎる。
「ウチワ様、それではバクチをよろしくお願いします。」
「任せろーい。」
ん?何が任せろなんだ?指導役でないのならもうこの老いぼれに用は無いはずだが。
「それじゃ行くぞ!バクチ、ここに来るんじゃ。」
俺はジジイの少し前に背中を向けて立つ。
「風よ参れ。さぁ!吹っ飛べ!」
「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
なんの説明も無いまま風魔法でぶっ飛ばされることになった。こんな簡単にソバツカさんの元を離れなければいけないのは想定外。俺は一体これからどうすればいいのだろう。
そんなことを考えながら空を飛んでいる俺だが、着地は一体どうすればいいのだろうか。過ぎ行く景色は早すぎてもはや見えない。でかい壁がいくつかあったので恐らくあれが都市なのだろう。
そしてこの先、俺がぶつかるのがほぼ確定している、なんの秩序も無い開発が成されている都市がシデスだろう。
あぁ。ジーザス。あのジジイに永遠の地獄が訪れん事を願う。
街の一番でかい建物に突っ込んだ俺はそのまま意識を失った。
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