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向日葵のゆうじん

作者: 晏佳

幼い時に、毎年夏は祖母の家に遊びに行っていた。祖母の家は少し田舎の方で、たいして遊ぶところはなかったけれど近場の子供たちと遊ぶのは楽しかった。狭い世界だったからこそ遊ぶメンバーは固定されていたから、年々親密度は上がっていってたと思う。

 ある夏の日のことだ。子供たちで鬼ごっこ兼かくれんぼのような遊びをした。隠れて、見つかったら逃げて、捕まらなければ続行。なんてよくわからない遊びだ。子供のころの遊びなんて大抵よくわからない。

 そこで私は逃げていた。走って、走って、気が付けば向日葵畑に迷い込んでいた。向日葵はとても大きくて、小さい私の身体なんて簡単に隠せた。これはいい隠れ場所だ。なんて、未知への探検心も疼きわくわくしながら先へ進んだ。

 走った先には、一か所だけ開けた場所があった。そこに一人の子供がいた。

「だれ?」

 見知らぬ子だったから純粋に問いかけた。けれどその子は微笑んだまま、遊ぼうと私の手をとってきた。

 初対面の子でも会ってすぐに遊びだしたり、気が付いたら人が増えたりもざらにあるから、私はそれに頷き今の遊びに入ろうと言ったのだ。けれどその子は首を横に振り、一緒に遊ぼうともう一度言った。それに私は気が付けば頷いていたのだ。


 楽しかった。一緒に向日葵畑を駆けまわり、隠れ合ったり、向日葵の種を食べたりもした。楽しくてずっと笑っていたような気がする。

 気が付けば私の名前を呼ぶ声が聞こえて、陽もすっかり落ちていた。そこでようやく私は家族に怒られる!と慌てた。けれど帰らなければという私の腕をその子は掴み、引き留められた。

「まだいいじゃない」

「駄目だよ。早く帰らなきゃ」

「もっと遊ぼうよ」

「怒られちゃう」

 いくら言っても腕を離してくれなかった。けれど早く帰らなければと焦る私はその子を振りほどこうとしたけれど、どうしてかどんどん力が強まっていった。痛みで顔が歪むけれど、それと比例するようにその子の顔から笑顔がなくなっていく。ずっとニコニコ笑っていたのに、能面のような表情になったのが怖くて、腕の痛みもあり私は半泣きになってしまった。

 情けないことに、そこでようやく私は今の状況がおかしいことに気が付いたのだ。

「離してよ!」

「駄目。遊ぼう。遊ぼうよ。遊んでくれるって言ったじゃない。遊ぼう」

 遊ぼうと、ただそれだけを繰り返し言ってくる子が怖かった。握る腕の力は強まり、比例するようにざわざわと強くなっていく風が余計に恐怖心を煽った。周囲を取り囲む向日葵まで私を見ているような気さえした。

 まずいかもしれない。頭の奥底で警報が鳴っているような気もしたが、その時の私はこの状況から逃げたくて仕方がなかった。それしか頭になかったのだ。

「わかったよ。なら後で。後でまた遊ぼう?今日はもう帰らないと」

 するとピタリと風が止んだ。能面のようだったその子はじっと私を見つめていたかと思えば、にっこりと笑ってくれた。

「じゃあ、約束ね」

 私はただ、ただただその子が怖くて。手が離されたと同時に、後ろを振り返らず走り出した。


 どれだけ走っても向日葵、向日葵、向日葵ばかり。私の背など簡単に隠せてしまうそれは、まるで世界から切り離されているように感じてしまった。先ほどまではそれが秘密基地のようで楽しかったのに。今では怖くてたまらなかった。

「約束だよ。約束。ちゃんと遊んでね」

 向日葵のすべてが、あの子の笑顔に見えた。


 

 実はあれからすぐに祖母が亡くなってしまい、祖母の田舎に行くことはなくなってしまった。元々年に一回しか行っていなかったのだ。行く用事もなく、繋がりが切れてしまえば過去になることは簡単だった。

 あの向日葵畑のことは時たま思い出すが、それだけ。思い出として思い出し家族と話すことはあっても、特に何か思うことはなかった。そんなこともあったな程度の認識だったのだ。過去ひと夏の恐怖という一時のものは、日々の出来事に埋もれてしまった。

 ふと思い出したのは、祖母の田舎で遊んでいた子とたまたま出会ったからだ。本当に偶然で、お互いよく互いを覚えていたものだと思う。

 大人になり自立し、社会の荒波にもまれている中で出会った過去の思い出は、私にとって息抜きになった。

 その夜も電話で昔の話をしていた。その子は今も祖母の田舎に住んでいるようで、お互いの近況も合わせ昔と変わった祖母の田舎の話を聞くのは楽しく、話は盛り上がりいくら話しても話のタネは尽きなかった。

「そういえばそろそろ夏祭りの季節だよね」

「もうそんな時期かぁ・・・・あ、そういえば向日葵畑ってどうなっているの?」

「向日葵畑?」

「大きなのがあったじゃない。あんまり見る機会がないから、印象に残ってたんだよね・・・・ね、今年も綺麗に咲いた?」

「何言っているの?」

 話しているうちに過去が次々と思い出され、ひと夏の向日葵畑が脳裏に蘇った。あの不思議な恐怖も、美化された思い出では緩和され、そんなこともあったなと思うばかりだ。

 だが電話越しの困惑した声にそんな思いもしぼんでしまった。

「向日葵畑なんて、この辺りにはないよ?」

「え、」

「そんな大きなものあったら絶対に分かるし、なくなっても分かるでしょ。ずっとここに住んでいるけど、向日葵畑ができたなんて話聞いたことないな」

 そういえばそうだ。私が向日葵畑を見たのもあの時の一回だけ。その前も後も、向日葵畑なんて見たことも行ったこともなかったはずだ。なのに私はそれをおかしいことだと思っていなかった。小さい時はそんなこと考えることもなかったけれど、大人になった今でも疑問にさえ思っていなかった。何度も思い出し何度も話にしてきたというのに。ただの一度も、おかしいと思わなかった。

 あれ?そういえば、あの時一緒に遊んだあの子。あの子もあれ以来会ったことがなかった。中学を卒業するまで毎年祖母の家には行っていたのに。いやそもそも、あの子はどこに家の子だ?あの向日葵畑で初対面だった。

 誰が来た。誰が消えた。誰がどこの子だ。誰が結婚した。誰が離婚した。そんなことが一気に広まり秘密が秘密にならない。あの狭い田舎で知らない人間がいる。それがどれほどおかしなことなのか。なのに今の今までなんとも思っていなかった。

 どうして。あの子は誰?向日葵畑は?私はあの時、いったいどこで誰と遊んでいたの。

 その時、背筋に悪寒が走り咄嗟に後ろを振り向いた。当然そこには何もない。ただの気のせいだったのだ。

 ほっと安心して前に向き直った。

 向日葵があった。

「っ!」

 驚愕から言葉になりそこなった音が喉をひきつって出た。ありえない。さっきまで確かになかった。そうでなくとも私は部屋に向日葵を飾った覚えなんてなかった。

 向日葵が一本。二本。三本。息をひそめながら視線だけで周囲を見てみれば、視線の先々に向日葵がいた。

──遊ぼう。遊ぼう。

 幼い声が聞こえた。息が荒くなる。音と景色が遠くなり、私の呼吸と向日葵しか世界にはなくなった。

 そうだ。あの子は、あの時遊んだあの子の名前は。

「──、ちゃん・・・・っ」

 どうしてか忘れていた。今の今まで思い出せなかった。月日が靄となった?違う。あの子と別れたその瞬間から消えていた。

 そうだ。そうだった。あの子はそんな名前だった。でもおかしいな。確かに言葉を口にしたのに、どうして私の耳は言葉として拾わないのだろう。


 あの子がいる。声が聞こえる。

 向日葵が、わたしをみている。


「一緒に遊ぼう?」

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