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クズ、なぜか謁見する。

夕暮れ皇帝。


この絶妙に絶妙なネーミングは、彼が滅ぼしてきた民族によってつけられた名前である。


意味は文字通り。彼に目をつけられたら、その者は、住んでいる土地ごと終焉を迎えるからである。



 



顔を上げた先にいるのは、物憂げな顔をした男だった。


アルブレヒトの赤にも通ずる、夕焼け色の髪。沈みゆく太陽のように、気怠げな金の瞳。豪奢な玉座に腰掛けて足を組み、肘をつき、溜め息を吐く様はまさに傲慢を絵に描いたかのよう。


帝国の正統なる君主、ルドウィン二世である。


前世で遠目に見たことはあった。その時は、「こんな小僧を(そのときローレンツも小僧である)皆が恐れ敬っているのか」と鼻で笑ったが、近くで見ると、なるほど、人々が無条件で頭を垂れたくなる顔つきをしている。特に、何を考えているかわからない金の瞳が恐ろしい。


「アルブレヒト」

「はっ」

()()が『啓示書』解読をする将来有望な男の顔か?」


ーーどういう意味だ。


手に持っている扇で示され、ローレンツは思わず眉根を寄せてしまいそうになった。


ーー俺は、ユリアンのことについて話があるからと言われて着いてきたんだが?


それがどうして、皇帝陛下と謁見することになっているのかわからない。


『着いてきた、の前に、“のこのこと”が入るんじゃないんですかぁ?』


見えないのをいいことに、ルドウィン二世の玉座に腕を乗せ、足をぷらぷらさせている女神。


ーー女がそう足を出すものじゃない。


真っ白な服からのぞく生っ白い足は、さすがは女神というべきか。


『えへへ、照れますねぇ』


青白い顔に多少の赤みを取り戻し、照れる女神と、「なぜ照れる必要がある?」という疑問を持っているローレンツを置き去りにし、ルドウィン二世とアルブレヒトの会話は続く。


「愚鈍は生きているだけで罪だ。すぐに処刑せねばなるまいよ」

「ですが陛下、『啓示書』を解き明かせるのは、陛下の御前にいるこの男を除いて他はありません」


どうやら、アルブレヒトが庇ってくれているらしいことはわかる。


ーーまあ、なかなか悪い気はしないな。


この頃のアルブレヒトは純粋で、ローレンツのことを本当に親友だと思ってくれているようだ。死刑過激派の皇帝陛下に口答えしてまで、ローレンツを庇ってくれている。


「……わかった、貴様がそう言うなら」


ふ、と息をついて、ルドウィン二世は扇をしまった。


「命拾いしたな、ディカード」


そうして初めて、ローレンツのことをひたと見た。酷薄な笑みをそれ以上見ていたくないので、ローレンツは頭を下げる。次に頭を上げた時は、ルドウィン二世はアルブレヒトの方を見ていた。


『あっ、ふーん』


女神が何かに気付いたように声を上げた。




「時はない」


その声は、重々しく広間に響いた。夕暮れ皇帝ことルドウィン二世は、岩の如き揺るぎなさを少し崩して、柳眉を寄せた。


「先日、北方の民族に蜂起の気配ありとの報告を受けた。ユリアン・シーデ・フックスが首謀者だそうだ」


ローレンツとしては、ようやく望んでいた情報が耳に入ってきた。同時に懸念もある。


ーー前の世界よりも少し早いな。


これも、ローレンツが最短距離を取ったが故の結果なのだろうか。それとも。


ルドウィン二世と目を合わせないように、ルドウィン二世の向こうにいる上位存在を見る。紫色の瞳は、彼以上に、何を考えているかわからなかった。


『もちろん、ローレンツ様のことですよぉ』


女神の戯言は無視するとして、だ。


「たかが一民族の蜂起、現地に人をやれば解決するだろうと思い、使()()をやった。だが、帰ってきたのは。運べ」


ルドウィン二世の声と共に、どこからともなく現れる臣下二人。跪くローレンツとアルブレヒトの前に、布で丁重に巻かれたそれを置く。


布の中身は、見ずともわかった。ちょうど、成人男性の頭ほどの大きさをしていて、かすかに香辛料の香りがしている。


「わざわざ血抜きされて、北方から送られてきた。使いの大将だ」

「中身を確認しても?」

「よい」


アルブレヒトは、ローレンツへと気遣わしげな視線を送った。


「そんなに繊細じゃないよ」

「そうか」


眉を下げ、アルブレヒトは、意を決したように包みを開いた。冷たくなった男の髪は綺麗に梳かされていたが、絶命した時の表情はそのままに、驚愕に彩られていた。


「それだけならば、まだ良かったのだが」


自軍の上級将校がやられたというのに、“それだけ”と評したルドウィン二世は、またもや臣下に命令して、今度は自分の手元に、何かを持ってこさせた。それは、書簡である。その書簡を広げ、


「“我々は、神より賜りし『啓示書』を持っている”だそうだ」


ーーこれか。


アルブレヒトが、ローレンツを必要とした理由。


隣のアルブレヒトを見ると、さして驚いた様子もなかった。


ルドウィン二世が、上級将校の首と共にユリアンから送られてきた書簡を臣下に渡す。


「私が知りたいのは、この情報の真偽。我々は、『啓示書』のことを深くは理解できていない。エイヘンの村人どもが持っていたのが唯一かもしれないし、そうでないかもしれない。もしユリアンも同じ『啓示書』を持っているならばーーユリアンごと、それを葬れ」




並び立って歩きながら、アルブレヒトは、未だに夜の帳の目を興奮させていた。


「『啓示書』が二つある。そんなこと、あると思うか、ローレンツ?」

「わからない。まだ、解読が済んでいないから」


おそらく、ルドウィン二世はこう考えている。ローレンツが『啓示書』を解読することで、ユリアンの言っていることが脅しなのか、真実なのかが明らかになると。


「実際のところ、どうなんだ?」

「ん? そうだなあ。それは私にもわからない」


女神に聞いたつもりが、アルブレヒトが答えてくれた。考え込もうとするローレンツの背中を、大きな掌で、ばしんと叩く。


「それにしても、皇帝陛下を前にして、よく失神しなかったな、ローレンツ! 偉いぞ!」

「は、はは……」

『私もびっくりしましたよ〜。あの皇帝を前にして、よく失禁しませんでしたね!』


ーー褒めてるのかそれは。


ちゃっかりローレンツの隣を歩く女神は、『まあ』と、流し目を送ってくる。


『あの皇帝陛下、ああはやってても、所詮は()()()ですもんねぇ』


ーー違いない。


「ん、どうした?」


アルブレヒトへと目線をやり、ローレンツは、なんでもないと首を横に振る。






ーー遠い未来の話だ。


あの夕暮れ皇帝は、自身もアルブレヒトの手によって首だけになり、死をもって、帝国の終わりを告げる。

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