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クズ、男前と出会う。

炎が揺らめいた。


ローレンツは、ふうと息を吐いて、『啓示書』を閉じた。


「まったくわからん」

『ふふっ、そうでしょうそうでしょう』


狭い室内で、実体を持たない女神が自由に駆け回る。ローレンツの肩に手をかける。


『やっぱりぃ、人間ごときが神の言葉を理解するなんて、あり得ない話だったんですよぅ。前の世界の啓示書が脆弱だっただけです、えひひっ』

「そうだな。いくつか、シュドウル語派のレイス語群に似ているものを見つけたが、それだと意味が通らない。まさか、前の世界と同じように、違う語派の語群をランダムに組み合わせ、ある語群に近いものにすることでカモフラージュしているわけでもあるまい」

『わかってて言ってません!?』

「大体考えは合ってるか」


女神の顔色を見て、解読方向がわかったローレンツは満足した。というか、ローレンツが鎌掛けをしようとしていることなんて、心が読める女神にはわかるだろうに。


「お前も奇特なことだな」

『“こっちの方が集中できるから”という理由で、独居房に引きこもる貴方ほどではないと思いますがぁ?』

「お前と堂々と話ができる」

『え、それって、えひっ、じゃなくて、アルブレヒトに怪しまれてますよ。さきのエイヘンで頭をおかしくした人間として見られていますよ、絶対』

「それが狙いだから、別にいい」


ローレンツは、冷たい床に寝転がった。


「啓示書が手に入れば、アイツは用済みだ。俺は啓示書を解読して、それをユリアンに売りにいく」

『清々しい程のクズ……!』

「何とでも言え」


寝転がったまま、伸びをする。


「そろそろ、外に出た方が良いな。体が腐りそうだ」




鍵の開いた独居房から一歩踏み出したローレンツは、がくりと床に膝をついた。


『どうしたんですか?』

「日の光が眩しい」

『どこに光があるんですか?』

「見えないのか、あそこだ」


ローレンツが指さした先を見て、女神が半眼になった。


『あの、窓から射す一条の光どころか、一点の光が眩しいんですか……?』

「独居房には光がないからな」


しばらくローレンツが蹲っていると、ローレンツを独居房に入れた上級将校がばかすか蹴ってサンドバッグにしてきた挙句、なにやらわけのわからない罵声を浴びせて去っていった。


ローレンツは、「いてて」と言いながら起き上がった。


「道端に人が行き倒れていたら、優しい言葉をかけて全財産を恵んでやるモノだろうに」

『それは行き倒れではなく強盗では? というか、道端じゃなくて廊下ですし。というか、それを言うからには貴方はそれをするんですかぁ?』

「わかりきったことを。しないに決まってるだろう」


そんなことをするのは、どっかの赤い髪のお人好しくらいだろう……と、


「おい、大丈夫か」


手を差し伸べられて、ローレンツは顔を上げた。


とある場面がフラッシュバック。口角が上がった。


「こうして見ると、男前だな」

「? ありがとう」


ローレンツの手を引いて立たせてくれた男が、凛々しい眉を、困ったように下げている。


ーーああ、本当に男前だ。


なにせ、彼は死体になってもそうだったのだから。




ローレンツのことをばかすか蹴ってきた男と、ローレンツを立たせてくれた男には、深い因縁がある。


「生きてる姿を見るのは初めてだ」

『てっきり忘れたかと思っていましたが、覚えてました?』


女神が言いたいことはわかっている。ローレンツの周りを煽るようにくるくる飛んで、いつものような引き攣り笑いではなく、悪戯っぽく、口元に手を当ててころころ笑う。


ローレンツは、鼻を鳴らした。 


「『帝国史』を書いた俺の記憶力を舐めるな。今のは、ノイス・フランメ・アインホルン中尉殿だ。俺が冤罪をかけられるきっかけとなった、殺人事件の被害者だな」

『蹴ってきた方は?』

「そんな奴の名前は知らん」

『記憶力ぅ。ていうか、独居房を出ても私と堂々と話してるんですけど、いいんですか? 気をおかしくしたと思われませんか?』

「独居房に入り、村人焼き討ちに参加したんだぞ俺は。気をおかしくしてもしょうがないだろう」

『そんなに堂々と……』


気をおかしくしたと知れば、アルブレヒトも寄ってこないだろうし、ただでさえ話す相手がいないのに女神と心の中で会話してると、口の動かし方を忘れそうになる。




だから、それを逆手に取られた時、辟易しそうになった。


「外に出よう、ローレンツ」


いつものように独居房で『啓示書』の解読に勤しんでいると、背後で音がして、この男が入ってきた。アルブレヒトだ。


ローレンツの両肩に手を置き、群青よりも濃い闇の瞳で、まっすぐ見てくる。


「聞けば、ずっと独り言を言っているそうではないか。話し相手にならなる。貴公の価値は、なにも『啓示書』だけではないのだから、人間らしく、日の光の下に出て、体を動かそうではないか」

「断る。俺は、皇帝陛下と、アル、お前のために、『啓示書』を解読しなければならないんだ」


ローレンツは、極力真摯な瞳で、思ってもいないことを言った。耳元で、女神がため息を吐く。


「陛下とお前への恩を返したいんだ、わかってくれ……」

「ローレンツ……」

『何ですか、これ』


しばらく、ローレンツとアルブレヒトは見つめ合っていた。


「わかった」


諦めたのは、アルブレヒトの方だった。ゆっくりと腰を上げて、


「実は、貴公の力を借りたい案件があったのだが……そううまくはいかないらしい」

「案件?」

「そうだ。ユリアンのことについてなんだが」

「その話、詳しく聞かせてもらおうか」


しゅばっ、と、到底引きこもりとは思えない速度で反応したローレンツに若干引いた顔をしつつ、アルブレヒトは、そのことについて語ってくれた……。

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