表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

クズ、かつての親友と出会わせられる。

「…………ツ、ローレンツッッッ!!」


誰かの必死な叫び声が聞こえて、ローレンツは、目の前に迫る切先を見た。


ーーああ、ここか。


そう思うと同時に、身体が何かに弾き飛ばされる。勿論ローレンツは、その何かを知っている。


最小限の動き。あいもかわらず、鮮やかな剣技。ローレンツの命を脅かそうとしていた切先の持ち主は、鮮血を迸らせて、地面に倒れ伏した。


「鎧が薄くて助かった」


謙遜気味に言って、地面から起きあがろうとしているローレンツの元に歩いてくる。お貴族様ともあろうそいつは、たかが平民の一兵士のために地面に片膝をつき、ローレンツに手を差し伸べた。


「立てるか?」


赤い髪を無造作にくくり、夜の帳のような目に暖かさが灯るその美丈夫は。


ーーアルブレヒトォ……!!


ローレンツの頭の中は、煮えたぎる憎悪でいっぱいだった。それでも、ローレンツは、その憎悪を押し殺して、アルブレヒトの手を取った。


ーーこの時点では、俺はアルブレヒトのことを知らなかった。


その無知が手助けして、一時的というには長すぎる間、友達になれたのだ。


「ええと、君は?」


今思えば、これは幸運だった。シュレッター家の侯爵子息様に名を聞いた自分は、斬り殺されていても不思議ではなかったのに。


アルブレヒトは、少し目を見開いた後、薄い唇に笑みを刷いた。ローレンツを立たせ、戦場の澱んだ空気に似合わない、朗々とした大きな声で名乗る。


「おっと失礼、ローレンツ。私の名前はアルブレヒト。アルブレヒト・フォン・シュレッターだ。長いから、気軽にアルと呼んでくれ」

「シュレッター、って」

「この戦を任されてる将軍と、一緒だな」


照れたように言って、頬を掻くアルブレヒト。ローレンツは、顔を青ざめさせた。アルブレヒトの手を、ばっと振り払う。


「た、助けてくれたことには感謝する。だが、今後俺には近づかないで欲しい」

「どうしてだ?」

「俺は、平和に生きたいからだ!」




この頃のローレンツは、事勿れ主義だった。

そして、世間知らずだった。


「そんなこと言われたのは、初めてだよ」


ローレンツの態度に興味を惹かれたアルブレヒトは、この後ローレンツに付き纏い、ローレンツも諦めの悪いアルブレヒトに絆されていくことになる。


「……『アルブレヒトは、太陽のような男だった。戦場で散った者の名前も、生き残った者の名前も余さず覚えていたのである』」


血と泥を生ぬるい水で濯いで着替えた後。兵舎にて、周囲の者に聞こえないように、ローレンツは布団の中で呟いた。


「いつだったかな。アイツが人の名前を覚えなくなったのは」


人に期待しなくなったのは。


『最初からじゃないんですかぁ?』


ーーいかん、幻聴が聞こえた。


ローレンツは、眉間を揉み解した。久しぶりの戦場で、気が昂っているのだろう。あの役立たずの女神の声が聞こえた。


『や、役立たずなんて、えひっ、酷いですよぉ。貴方は、私の力を使って時間遡行したじゃないですかぁ』


随分具体的な幻聴である。ローレンツは、閉じていた目を見開いた。


空中に、ローレンツの顔を覗き込むようにして、女が浮かんでいた。水色の髪、紫色の瞳。病的なまでの白い肌。仄かに輝いて見えるのは、神性を伴っているからだ。


ーー何の用だ。


女神ならば、思うだけでも会話はできる。実際、女神はローレンツの考えていることに言及してきたのだから。


虚無と喋っている危ない人物の扱いをされないよう、ローレンツは、口を閉じ、じっと女神を見ていた。


ーー俺の眠りを妨げに来たのか?


『夜伽に、やめてください消さないで!』


“顕現”の逆。それをしようとしたローレンツに、女神は慌てる。だが、それに驚いたのはローレンツだ。


ーーこの頃の俺はまだ、『啓示書』を読み解いていないのに、権能を使えるのか。


『勿論です。貴方の知識は、この世界にも引き継がれます』


ーーこの世界? 時代ではなく?


『口を滑らせました』


ーー分岐した世界ということか? 俺という異物が介入したことで……。


『そうではありません。だって、貴方はまだ、人に対して権能を使っていないじゃないですかぁ。歴史を変えていない』


ーーそれなのに、そういう表現をするのか。


『いずれわかることですから、今は眠ったらどうですか? 明日も戦場ですよ! 戦場!』


むふんと鼻息荒くして、女神は言った。だが、ローレンツの眠りを妨げているのはその女神であるので、今更である。


ーーというかお前は、何をしに来たんだ。冷やかしに来たのなら帰れ。


『貴方の行く末を見に来たんですよぉ。端的に言えばぁ、えひっ、貴方に興味が沸きましたぁ』


ーー俺はお前に興味がないぞ。


『し、辛辣……仮にも上位存在の私に向かって……』


青白い顔を、もっと青白くさせた女神は、口元を引き攣らせた。


ーーこの時代に着地させてくれたことについては有能だと認めてやる。おかげで、この頃のアルブレヒトはまだ狂っていないとわかったからな。


『果たしてそうでしょうかぁ? 貴方は、見たくないものを見ていないのではないですか?』


ーーそうかもしれない。だが、それも俺の才能だ。俺は、不必要な物を振り落としてきたからこそ、『帝国史』を書けたのだからな。


いちいち、殺される者の悲哀を悟っていては、身が持たない。


だからローレンツは、アルブレヒトの側だけに立って、『帝国史』を書き上げたのだ。


ーー改訂『帝国史』は、誰の目線になるんだろうな。


『それは、私にもわかりません』


ーー使えん女神め。


『私の役割はぁ、“時間遡行”させるだけですから。貴方も重々承知でしょう?』


ーーああ、そうだな。




そうして、ローレンツは、女神との会話を打ち切った。


夢の中では、赤い髪の男が笑って、誰かに何かを頼んでいた。


その先は、考えたくない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ