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クズ、脚本修正を目論む。

ローレンツは、込み上げる笑いを抑えきれなかった。


「実に都合が良い!」


アインホルン中尉が殺人を犯してから(それには語弊があるが)はや二日。彼はまだ見つからず、兵舎は混乱に陥っていた。


『ご機嫌ですねぇ、ローレンツさん』


文机に向かい、考え事をするローレンツの背中にぴとりと張り付き、女神が呆れたように言ってくる。


『いつ自分が捜索隊に選ばれてもおかしくないっていうのに』

「この、優秀な俺が? 捜索隊に? 女神も笑える冗句を飛ばすんだな」 


ローレンツは、ぱん、と『啓示書』の表紙を軽く手のひらで叩いた。これがある限り、ローレンツは捜索隊に駆り出されることはない。なぜなら、『啓示書』の解読は、国策だからである。


「俺はその辺の木端兵士とはわけが違う。指名手配犯の捜索をさせるくらいなら、『啓示書』の解読をさせた方が国のためになると、アルブレヒトも考えたんだろうよ」

『ああたしかに。ローレンツさんが選ばれることはありませんでしたね。捜索隊って、体力が要るそうですしぃ』


背中をすり抜けた女神は、ローレンツの眼前に現れ、口元に手をやった。目が三日月のように歪んでいる。嘲笑の表情。


『ひょろっひょろのローレンツさんじゃあ、戦力外ですもんねぇ?』


ローレンツは黙った。


女神の言うことは当たっている。なにせ、相手はあのノイス・フランメ・アインホルン。本来なら戦場に出なくても良いものを、その有り余る愛国心により、自ら中央よりこの肥溜めに飛び込んできた変人である。

数々の武勲を打ち立てたのは、なにも忖度の結果ではなく、彼の実力に他ならない。実力は、アルブレヒトにも匹敵する。


「だから、アルブレヒトが捜索隊として駆り出されているわけだ。まあ、それだけではないがな」


当初、ローレンツがユリアンの元に行くのに障害になると考えていた二人は、それぞれ別の形で、ローレンツどころではなくなっている。


言うまでもなく、アインホルン中尉は殺人の容疑をかけられ、逃走中。ほどなくして結成された捜索隊のリーダーとして、アルブレヒトが選ばれた。


……戦場の兵士は、皇帝より賜りしものである。


敵の刃に散るなら結構。だが、今回起こったのは、味方同士による殺人だ。


「奴の父親は、この戦場を預かる将軍だ。皇帝の財産を損なったんだ、監督不行き届きの烙印を押されてもおかしくはない。その上で、中尉殿を逃がしてみろ、次に死ぬのは、奴の父親だ。だから、奴は躍起になっているのさ。俺としては、このまま中尉殿が逃げ延びるのも、楽しいとは思うがな」


責任問題と、自身の実力により、アルブレヒトは、捜索隊にならざるを得ない。


「邪魔者二人が、一気に俺の視界から消えてくれるわけだ。この混乱に乗じて、俺は兵舎を脱出。ユリアンの元に『啓示書』を手土産として持っていく。一番の手土産は、俺の頭脳だが」


自身の頭を指差したローレンツは、得意げな顔をし……すぐに、真顔になる。


「問題は、脚本を書き上げたのがユリアンだということだ」


ぱたりと腕を下ろし、ローレンツは眉を顰めた。 


「あの少尉が死に際に俺のところに来たのは、おそらくユリアンの仕業だろう。俺が保身に走り、“顕現”を使うことを見越して」

『もしも、ローレンツさんが“顕現”を使えなかったら?』


女神の質問に、ローレンツは皮肉げに、口の端を吊り上げた。


「使えない人間として、そのまま死刑になっていただろうな。中尉殿の代わりに。だが、俺は“顕現”を使った。使ってしまったと言った方が正しいか」


切り札は、取っておくべきものである。これで、ローレンツが“顕現”を使えることがあちらにわかってしまった。だがそれは、ユリアンとて同じことだが……今のローレンツの立場が気に入らない。


「“本”を書くのは俺の仕事だというのに……」


どこかで、脚本を修正しなければならない。ローレンツは、目を細めた。


「ユリアンを作者の座から引き摺り下ろし……ただの登場人物にする。慧眼のある名将として描いてやってもいいが、作者になろうとするのは禁忌だ」

『こじらせてますねぇ。でも、そんなところが』

「だからこそ、ユリアンの使者をアルブレヒトに売る」

『……は?』




ぽかんと口を開けた女神に、ローレンツは、何事もなかったかのように話を続けた。


「この兵舎には、スパイが紛れ込んでいる。それはわかるな?」

『ええ、はい……少尉を殺した人間、ってことですよね?』

「そうだ。少尉殿はこう言い含められていた……助かりたければ、ローレンツのところに行け、と」


女神が首を傾げる。


『致命傷を負わされながら? 医者でもなんでもないローレンツさんのところに?』

「行かなければ目玉を抉り取る。手足を切っていく。まあ、そのような感じだろう」


でなければ、今の世界でローレンツに暴力行為をし、前の世界ではローレンツに冤罪をひっかぶせた、ローレンツを蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っている少尉殿が、ローレンツに命乞いをするわけがない。


「あの手合いは、即物的な痛みに弱いからな」


前の世界で、みっともなく泣き喚きながら、アルブレヒトに()()()()()少尉を思い出したローレンツは、ありそうな話だと思った。


「わざわざリスクを負ってまで少尉殿を殺したのは、俺にスパイの存在を気づかせるため。アルブレヒトも、アインホルン中尉殿もいない兵舎で、国策に関わる俺をより安全に誘き出すためだ」

『ああ〜、わざわざスパイですって言うより、相手が接触してくるのを待って意思確認した方がより確実ですもんね』


ローレンツの推理に感心したように言う女神。これが演技なのかそうではないのかは、ローレンツには見抜けない。


『でも、いいんですか? その、スパイをアルブレヒトさんに売っても? たぶんその人、ローレンツさんを無事にユリアンさんのところに送り届ける役目でしょう?』

「ああ。そうだろうな」

『そんなことしたら、ユリアンさんが怒るんじゃあ……』

「だからこそだよ。この行動で、ユリアンがどれだけ俺に価値を見出しているかを測る」


そう、それが、脚本修正の第一歩である。


自信満々に持論を展開するローレンツ。女神は腕組みをしてひと言。


『なんかぁ、めんどくさい女の人みたいですね、ローレンツさん……』

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