クズ、女神に惚れられる。
すごくクズな話を書きたかったので書きました。
あとがき
アルブレヒト・フォン・シュレッターによって、我が帝国には、恒久的な平和がもたらされた。
その過程は、血塗られたものであったかもしれないが、その犠牲は、必要なものであったと、私は考える。
大事なのは、散っていったいくつかの少数民族を手厚く弔うことだ。また、二度とこのような戦が起こらぬように、まだこの国で生き残っている民族と、正しい歴史を共有していくことではないだろうか。
正しい歴史の共有。その道は、遥か遠いものであるが、アルブレヒト帝の治世でなら達成できると、私は信じている。
ああ、アルブレヒト帝に、帝国に、
「栄光あれ! えひっ、いつ読んでも恥ずかしいあとがきですね。ローレンツさん?」
何もない空間、ローレンツは、女神と対峙していた。なぜ、目の前の女性を女神だと言い切れるのか。簡単だ、保険を掛けておいたからだ。
自分が死ぬときに、女神に会えるように。
「貴方はたいへん運が良い。なぜなら、時間遡行の権利が与えられるからです! 嬉しいですかぁ、嬉しいですよねぇ。貴方の愚かな過去を、払拭することができるのですからぁ! えひひ」
長い前髪の向こう、ぎらぎらした瞳がローレンツを見る。ローレンツは、嘆息。
「別に。生前、お前と会えるようにしておいたから、運が良いなんて思っていないよ。愚かな過去? ふざけるな、愚かなのは、俺を殺したアルブレヒトだ」
「えひ?」
ローレンツの言葉に、存外可愛い声を上げる女神。
「お前は、これを偶然と思っているようだが、違う。俺は意図的に、お前と会えるようにしておいたんだ。この意味がわかるか?」
「ま、まさか、『啓示書』を、読み解いたのですか、貴方は。そんなはずは、ただの人間に、そんなことできるはずがない」
慌てる女神。人間性が垣間見える。
「俺はただの人間じゃない。ローレンツ・エリアス・ディカードだぞ。人間世界で最高峰の知能を持つ、神に近い存在だ」
「ひえ、すごい傲慢……」
「実際、『啓示書』とやらを読み解いたんだ。俺のこの最高傑作『帝国史』に、万が一間違いがあったときに、修正できるようにな」
ローレンツは、何もない空間から降ってくる分厚いハードカバーの本を右手で受け止めた。
「“顕現”までマスターしてる……本当に、あの本を読み解いてしまったのですね」
その本は、女神が持っている本とひとつも違わない。ローレンツは、頷きながら、ぱらぱらと本をめくった。
「小さなことならば、過去に戻って修正できるようにな。『帝国史』は、寸分も間違ったことを書いてはならない、俺の名誉に関わるからだ。俺が正しいと判じたものは、後世でも正しくなければいけない。それなのに」
ぎり、と、ローレンツは、歯を軋ませた。
「あのアホが、俺の輝かしい栄光に泥をつけやがった! 最悪帝アルブレヒト!! あろうことか、アイツは俺を村ごと焼きやがったんだ!!」
それで、ローレンツは死んでしまったのである。戦場を共に駆け抜け、『帝国史』で持ち上げたアルブレヒトに裏切られて。
「裏切られたことは良い!!」
「いいんだ……」
「恒久的な平和と書いた俺の立場はどうなる!? 民族浄化を持て囃した俺の慧眼は!? 今や、親友に裏切られて殺された見る目のない間抜け扱いだろうよ!!」
「だから、復讐しに行きましょうよぉ。えひっ、もう、他の人なら、とっくに説明を終えて時間遡行してるところですよぉ」
「……は?」
女神が揉み手をするのに、ローレンツは、極寒の声を出した。
「話、聞いてたか? 俺は、俺が正しいということを証明するために、時間遡行を行なったんだぞ? 復讐なんて小さなこと、するはずがないだろう」
「ひえっ……」
ローレンツは、拳を握って力説。
「これは断じて復讐じゃない。後世を知っていれば、あんな奴を皇帝になんてするものか。俺は、ユリアン側に着く」
「ユリアンってぇ……」
「ああ、最後にアルブレヒトと戦って死んだ奴だ。今思えば、奴はアルブレヒトよりもよっぽど高貴で、純粋だったな。アルブレヒトと違って、和平の道を探っていたのもポイントが高い」
「『ユリアンは、愚かな男だった。帝国に雑音をもたらす、理想主義者であった』」
「愚かなのはアルブレヒトだったわけだな」
「決して自分の愚かさを認めようとしない……」
『帝国史』を読み上げる女神は、なぜか、ほとほと困り果てていたようだった。ぎらぎらしていた瞳は、弱々しくなっていた。
「ほら、早く時間遡行の儀を行え」
「ここに来て急かすんですか?」
「話してたら、一分一秒でも、改訂『帝国史』を書きたくなったからな」
「どこまでも傲慢なんですから……わかりました。“ローレンツ・エリアス・ディカード。汝の後悔を」
「後悔なんてしてないぞ」
「汝の未練を」
「未練も無い。もういい。自分でやる。“俺の輝かしい栄光のため、神の理のもとに、時を戻したまえ”」
「えっ、私いる意味ありますか?」と言ってくる女神に、「たぶん」と返事をしたローレンツの体が透けていく。
「じゃあな」
ローレンツがいなくなった空間で。
女神クロノは、自分の両頬に手をあてていた。
霊体たる自分に、体温など存在しないはず。けれど、体が熱い。水色の髪を、指先でくるくると弄る。
「えひっ、えひひひ」
気持ち悪い、と言われる笑い方。それが出てしまっても、ローレンツは何も言わないし、眉一つ動かさなかった。こんなことは初めてだ。
「ローレンツさん、いえ、ローレンツ様ぁ」
くすくすと、体を揺らして笑う。
「私、貴方のことが好きになってしまったかもしれません。人間ごときに、ふふっ」
指で空間に輪を描き、その中に、ローレンツが降り立った戦場を映す。
「時間遡行すれば、何もかも上手くいく……ふふ、そういう愚かなところも、大好きですよぉ」




