勇者召喚の悲劇 その2
「魔王を打倒できるものをここへ呼び寄せ給えー!」
魔法陣が輝きを増し、空から一条の光が差し込んだ。
朧げな影が像を結び、ひとりの人物が浮かび上がる。
「「おおぉ! 成功だ!」」
見守っていた騎士や魔術師からどよめきが起こった。
「よくぞおいでくださいました勇者様」
「あれ、ここは……、ごほっ、病院へ向かっていたはずなのに、ごほっ、ごほっ、はっ、はっくしょん!!」
勇者へ近付いた王女は、すぐに異変に気が付いた。
呼吸は浅く速く、真っ赤になった顔には汗で髪が張り付いている。時折苦しそうに咳き込む様は、明らかに病人であった。
「あの勇者様、体調が優れないのですか?」
すぐに医者が呼ばれ、勇者は城の医務室へと移動することとなった。勇者になにかあっては一大事である。周囲を騎士や魔術師が囲み、万全の態勢で移動が行われた。
その間にも、勇者の咳は続き、くしゃみも混じった。
「うーむ、初めて見る症状だ。呪いの様にも思えるが、どう対処すれば良いか見当もつかん……」
王族を診ることもあるベテランの医師でも、見たことのない症状にお手上げ状態だった。精々が、上昇している体温を下げるために、濡らした布を体の各所に張り付けることくらいである。
呪いの可能性も考慮して、魔術師、呪術師、占星術師など、様々な人物に治療を任せてみたが、どれも効果がなかった。
有効な手立てが見つからず、そうこうしている内に3日が経った。
その日目覚めた勇者は、最近感じていたダルさを感じず、鼻もすーっと通っていた。額に手を当てても熱っぽさは感じられない。
「あー、やっと治ったかなぁ。うーん、楽になったらお腹が減ったな」
空腹を感じた勇者は、部屋を見回してみたが、食べられそうなものはひとつもない。窓の外は明るく、昨日までならお世話をしてくれていた人が来ていてもおかしくない時間だ。
部屋を出るかこのまま待つか迷っていると、いつもの人が食事を持ってきてくれた。しかし、顔色は悪く歩くのも辛そうだ。
「申し訳ありません勇者様、ごほっ。お食事を、ごほっ、お持ちしまし、ごほっ、ごほっ」
「あー、大丈夫ですか?」
「この程度、ごほっ、大丈夫でござい、ごほっ、ます」
「僕の風邪がうつっちゃったかなぁ……。あのー、温かくして寝てれば治ると思うので、ゆっくりしてくださいね」
「お気遣い、ごほっ、ありがとうございます、はっくしょん!」
勇者の考えとは裏腹に、その症状は一向に良くならなかった。勇者の近くから始まったその脅威は、城内、城下町、そして周囲の都市へと広まっていき、やがて大陸全土に浸食した。
その影響力は人間だけに留まらず、家畜、精霊、そして魔物にまで及んだ。
ばたばたと倒れる配下を異常とみて、対策を講じていた魔王城にもその手は伸びていき、ついには魔王も倒れ伏した。
魔王打倒を喜ぶ人類はすでにおらず、動くものが消え去った世界で植物だけが風に葉を揺らしている。
勇者 (ウイルス) が異世界転移しちゃった。勇者(人)はウイルスのオマケです。怖いなぁ手洗いしよ。
ちなみに勇者(人)は、風邪が治った後すぐに異世界ではありふれた病気にかかって亡くなりました。