第五話 麻生兼近
「椿谷とお前さぁ、明らかに過去と違う動きをしてたからそうだとは思ってたんだ。この世界に能力者は俺一人で充分なんだよ、うぜぇ」
当時の麻生はこんなに荒い口調のやつではない。途中からクラスで少し浮いた感じにはなっていたが明るくハキハキと喋るイメージがある。
「どうせお前や椿谷は高校時代からやり直してるんだろ? 甘い、甘すぎて笑えてくるわ」
「どういう意味だよ」
「そのままの通りだ。俺は小学校からやり直してる。この意味がわかる? 小学校よ? くくく」
そう言うとこちらへ手のひらを向けた。
「これが本物のスキル使いの力だ。くらえ、波動の極み」
形容するなら高速で動く見えない壁が押し潰す気満々で突進してきたというような破壊力だった。車にはねられたことはないが衝撃の度合いはきっと似ている気がする。吹っ飛ばされ地面を転がり、たった一度の攻撃で起き上がることができない程のダメージをくらった。
倒れたままなんとか顔だけを上げて麻生を見ることしかできなかった。
「あれぇ、一発で終わり? 弱すぎる! あぁ、俺が強すぎるのか!」
麻生の高笑いが周辺に響き渡る。
「ご存知の通り俺が取得してるレアスキルの一つに人の記憶を消すことができるものがある。椿谷の記憶もそれで消させてもらった」
「あ、え、なにこれ、だ、誰かー!」
突如甲高い声が響いた。声の方へ振り向くとたまたま通りがかったと思われる女性が真っ青な顔で立ち尽くしている。よし、これで近隣が大騒ぎになれば一旦逃げることができる、と思い麻生の方を見ると麻生がつい今まで立っていたところにすでに姿はなかった。
もう一度女性の方を見返すと、いつの間にか麻生はすでに女性の真後ろに立ち手を頭の上にかざしていた。
「忘却のロンド」
スキルと思わしき言葉を発すると女性はその場に倒れてしまった。
「なにが……起こったんだ……」
「今のは高速移動のスキルを使って後ろに回り込み、あとは記憶を消すスキルを使っただけ。別に騒がれても全員の記憶消せばいいだけだから何も気にせずいつも派手にやることにしてるんだ。もしどさくさに紛れて逃げようとか考えてたら残念だったな」
こちらの思惑もお見通しだ。こうなってくると本当に逃げることもできない。
「俺はなぁ、前の人生ではスタートダッシュが肝心だという信条の下、特別最初は明るく活発に過ごしてきた。中学、高校、大学、社会人とどれもたしかに成功した。最初だけな。皆に交友関係が出来上がってくるとなぜ俺は省かれることが多かった。当時は気付かなかったがどうやら俺は結構空気が読めないらしいなぁ」
魂が抜けていまだに立ち尽くしてる板垣の方へ歩き出した。
「忘却のロンド」
手のひらをかざすと板垣も同様にその場に倒れた。
次に麻生はそのまま倒れてる板垣の仲間の方へ行くと同じく記憶を消すスキルを詠唱した。
「高校2年の時のことだがお前覚えてるか? 俺が告白して振られた話。でもその時どうしても諦めきれなくてしつこく迫ってしまったんだ。でもなぁ、元々俺を笑いものにしようとしてたらしくその女は仲間と協力しててそれをすべて録画していた。その動画ファイルは拡散しまくって学校中から笑いのネタにされて仲間外れだ。マジうけるよなぁ」
そうだ。すっかり忘れてたがこれが原因で仲間はずれが加速し完全に浮いた存在になっていたんだ。俺は元々そんなに友達もいなかったので実際の動画は見ていないが、その後の麻生は本当に可哀想だった。
「スキルで人生やり直せば馬鹿にされることも、無駄な努力をしなくても思いのままだ。最高だ!」
そう言うとこちらへ近づいてきた。マズイ。相変わらず起き上がることはできない。
「お前は何かまだスキルを隠し持ってるかもしれないからなぁ。もう少し弱らせてからだな。初日の自己紹介でなんで俺が一度目の人生と同じセリフを言ったと思う? まさに今回みたいな可能性も考えて同じ転生者が現れた時にバレないようにするためだ。慎重なんでね」
少し離れた位置から手のひらをこちらへ向けた。
「お前には特別に俺のお気に入りをあげよう。これは相当苦しいはずだ。絶望のグラビティ」
その瞬間全身が重くなり体の奥から痛みが湧き出てくる感覚に襲われた。それと同時に得体の知れない恐怖と絶望感に体が支配されているような錯覚も覚える。
「肉体的、精神的両方に破壊的ダメージの負荷をかけるスキルだ。俺の攻撃系スキルの中では最強クラスのものだぜ」
頭の中が真っ白になり段々と何も考えられなくなってきた。やばい殺される。
「あ、大丈夫だよ。殺しはしない。記憶を消してスキルの使えない元の状態にするだけだから。あと数秒耐えれるかなぁ」
『分析完了。レアスキル霹靂のエンドを手に入れました』
突如頭の中に自動音声のようなアナウンスが流れた。薄れゆく意識の中で、このスキルがラストチャンスだということだけは理解できた。
「へ……き……れき……の……エン……ド……」
途切れ途切れになんとか唱え終わった瞬間、自分を中心として半径5メートル程度の光が包み込んだ。
「な、なんだこれは! あ、か、体が……少しも……動かせな……」
麻生が苦しみ始めたと同時に思考力が蘇ってきた。精神的、肉体的な重圧感も消えた。最初に吹っ飛ばされた時の痛みも時間が経ち少しはおさまったため、なんとか立ち上がることができた。
突如として取得できたスキルはどうやら相手を拘束してスキルも封印してしまうものらしい。なんでいきなりこんな強力なスキルが使えるようになったのかはわからないがとりあえずラッキーだった。
「さてさて……よくもここまで……やってくれたな」
「……ま、て……いやだ……ここまで……つみかさねた……」
「スキルをこんなに身勝手に悪どい使い方しやがって。おまえの能力はありがたく貰う」
「くそ……! いや……だ! やめろー!」
ほとんど足を引きずるような状態でなんとか歩み、麻生に触れることができる位置まで来れた。
「いくぜ、栄枯のスティール!」
麻生に触れ、詠唱すると先ほどの板垣と同じく魂の抜け殻のような状態になった。今まで強気で喋り続けていたのが嘘のように静かだ。これで後はこいつのスキルを奪えれば……。
『分析完了。レアスキル絶望のグラビティを手に入れました』
『分析完了。レアスキル忘却のロンドを手に入れました』
分析完了に少し時間がかかったが先程麻生が使っていたレアスキル2個を無事に奪えたらしい。麻生がここにいる全員にかけていたので、あとは自分が麻生に記憶消去のスキルを使えばすべて終わる。自分の一人勝ちだ。
「忘却のロンド」
スキルを使用したが他の人のように地面に倒れない。本当に成功したのか。と思っていると、時間差で麻生が倒れ伏した。恐らくは自分が先ほど使用した拘束スキルのせいで倒れることができなかったのだろう。効果が自然と切れたようだ。
ふう、疲れた。もうこんなスキルバトルみたいなことは勘弁してほしいものだ。
ここにいる全員の記憶を消したはずなので、この場にいる意味はない。むしろ目撃者が現れないうちに一刻も早く離れなければならない。足を引きずりながらなんとかその場を離れた。
これは数日間は家で安静にしてないといけないだろうなと思わざるを得ない状態だった。
しかしなぜ霹靂のエンドをいきなり取得できたのかが気になる。何か条件を満たしたのか? いやあんなアナウンスみたいなのは前にはなかった。そういえば分析完了って言われたよなあ、と考えた時にこれしかないという一つの結論に辿りついた。
最初に栄枯のスティールを使用した板垣は実は転生者でスキル使用者だったということだ。あのレアスキルは板垣のものだったと考えるのが自然だろう。なぜ過去と同じ行動のカツアゲをしたのか、なぜ最後までスキルを使用しなかったのかは今となってはわからないが、すでに自分含めて4人の転生者が同じクラスにいたということになる。
早く色々なスキルを身に着けて不測の事態にも対処できるようにしないとなと改めて思った。
少しシリアス?気味な展開は今回の話で一区切りしました。
特に章分けはしてないですが次話からは新章っぽい感じになります、という予定です。
明日か遅くても明後日には更新しようと思ってますので毎回読んで頂いてる方がおりましたらお楽しみに!