第四話 板垣正斗
昨夜は椿谷さんのこと、今後椿谷さんとめくるめくあんなことやこんなことがあるのか、そして新しく取得したチートスキルなどを考えながらベッドで横になっていたら気付いたら寝てしまっていた。
このスキル書は最低限のことしか書いていないことが多い。今回のスキルの使用方法は同じでいいのか、一人から複数奪える能力があればまとめて奪えるのか、それとも選択の仕方があるのか何も書いていない。使った段階でその人の才能や能力をすべて奪ってしまう場合は、言うなればその人の個性をすべて奪うということにもなってしまうのではないか、そうなれば人を廃人にしてしまうというスキルにもなってしまう。そんなことを考えてたらとても使う気にはなれなかった。
とりあえずは自分より間違いなく頭がキレる椿谷さんに報告すれば何か新しいアイディアを出してくれるはずだという期待を胸に登校する。
教室に入ると少し早く来過ぎたようであまり人はいなかったが、目当ての椿谷さんはもう自分の席に座っていた。相変わらずとても可愛い。昨日二人きりであんなに濃い時間を過ごしたとは思えない。というか、今日の放課後は昨日とは比べ物にならない本当の大人の時間が待っているのだ。やばすぎる。
「椿谷さんおはよう。昨日ちょっと進展があってさ……」
「おはようー。進展?」
「そうそう、家に帰ったらスキル書がさ……」
何かおかしい。明らかに昨日の様子と全然違う。とても嫌な予感がする。
「昨日のこと覚えてる?」
「昨日? 何のこと?」
やはり的中した。昨日と話した時の雰囲気が全然違うというか、この感じは当時の椿谷さんだ。今思うと昨日はあくまで一度人生を過ごして年齢を重ねた椿谷さんだったから話しやすかったんだと思う。
「あ、いや、ごめん。気にしないで。人違いだった」
すでに登校してる人からの若干の視線を感じる。人の多い時間帯じゃなくてよかった。危うくクラス全員から変人のレッテルを張られるところだった。
しかし、どうしたことか。昨日の記憶がない、というか25歳まで過ごした記憶もなさそうだ。本当にただの椿谷さんだ。何が起こったんだ。
――――――他にも同じ境遇の人がいるような気がしない?
ふと、昨日の椿谷さんの言葉が頭を過ぎる。マジかよ。もしそうならスキルによって記憶を消された可能性が高い。スキル書には記憶を操作するスキルはなかったので間違いなくレアスキルであり、そんな危険なスキルを持ってるやつがこの近くにいるということになってしまう。もし今自分の記憶を消されたら俺はまた同じ人生を同じ失敗だけして繰り返す人生になってしまうってことか。
クラスメートの誰かなのか、まったく関係ない第三者なのか。見当もつかないし見つけ出す手立てもなかった。唯一思いついたのは今日持ってきたスキル書だ。もしクラスメートの誰かが犯人で同じ転生者であればスキル書を見せて特別な反応を示した者が怪しい。
まあ、それで狙われて記憶を消されたくないから実際やりはしないけどね。
それにしても悔やまれる。昨日の時点で協力してあのまま家に泊まったりすればきっとこんなことにはならなかったはずだ。脱童貞のチャンスも結局逃してしまったし。二回目の人生も早速後悔だらけである。
とりあえず後悔してても仕方がないので今後のことを考えよう。きっと第三者ではなくクラスメートの誰かが犯人だろう。というか、クラスメートであってほしい。ここで第三者だとこの世界に何人スキル使いがいるのか見当もつかないし、どういう共通条件で転生しているのかも不明になってしまう。自分含めると2人も転生者がいたのだからクラスメートに3人目がいてもおかしくないはずだ。
となると、過去と違う行動をしている人を探すしかない。自分の今のスキルだと到底真っ向勝負はできない。能力を奪い取れば勝ちだけど優位にそこまでいけるスキルがない。先に特定せねばならないのだ。
少し教室内を見渡すも、今のところは当然怪しい行動をとっているものはいない。
そんな中、隅の方で読書をしている高井輔が目に留まった。ほぼ毎回学年1位をとっていた秀才である。性格は淡泊で無口な方であるがスポーツもまあまあでき、信頼はされている。
仮に高井が転生者なら頭もキレるしスキルを独占して世界征服するみたいな目標があってもおかしくない。
「おーっす」
教室にけだるそうに板垣正斗が入ってきた。こんなやつもいたなという思いと共に記憶を一つ思い出した。こいつに今日俺はカツアゲされるんだった。過去の記憶として奥深くに封印していたせいで完全に忘れていた。もっと早く思い出してれば攻撃スキル習得しまくって今日を迎えてたのに。
もしこいつが転生者なら悪そのものだし、スキルを使用して犯罪行為とか楽に金儲けとも考ることだろう。
その後も教室に入ってくる一人一人を観察していたが昔のエピソードは思いつくものの、何か怪しいような行動はなかった。
昨日あれだけ仲良くなった椿谷さんも本当に別人のようになってしまい、仲間と呼べるような知り合いができたと思ったら突然いなくなるのは最初から最後まで孤独の時よりも悲しいものである。
クラスメートの行動に集中しすぎてほとんど授業は聞いておらず、気が付けばもう下校時間になってしまった。さて、このまま普通に帰ればカツアゲイベントが発生してしまうわけだ。自分の今のスキルでやりあう気はないので帰り道を変えて絶対に会うわけがないようにしなければならない。
板垣がまだ教室にいることを確認して急いで玄関まで行き学校から出た。追い付かれないようにすれば絶対カツアゲされるわけがないのだ。
しかし急いで学校から遠ざかりたいという思いとは別に突然呼び止める声が聞こえた。
「おい、鷹弥! ちょい久しぶりだな!」
「おお! こんなところで偶然だな」
昔からあまり友達はいなかったわけだが、中学時代の数少ない友達の一人と偶然の再開だった。
カツアゲのことは気になったが実際にカツアゲされた道かはらだいぶ離れてるので大丈夫だろうと、お互いの高校の様子などを話し込んでしまった。
「じゃあ、またな! 元気でな!」
「おう、そっちもな」
気の置ける友人と話すのはやはり楽しいものだ。しかし余韻に浸ってる暇はない。カツアゲされた現場が違っても、家に帰るまでは安心できない。また、急ぎ足で帰路を歩きだした。
と、前から高校生と思わしき2人組が歩いてくるのが見えた。とてもやばい気がする。なんとなくあの感じは覚えている。出会う現場は違うが二人の男子高校生が前から歩いてくるこのシルエットはとても印象にあった。一人は間違いなく板垣正斗だ。
ここで引き返すのも目立ちすぎるか。悩みながらも目立つ行動はせずに素知らぬ顔で通りすぎるのを選択した。通り過ぎろと心の中で祈り続ける。距離は数メートルというところまできた。よし、このままだ、このまま……。
「ねえねえ」
祈りも虚しく板垣ではない方が前に立ちふさがり話しかけてきた。
「ちょっとさ、金貸してくれないかな? あ、ここだと目立つからあっちの方いこうか」
板垣は無言のままだが、前後を挟まれた状態で人気のないところへ誘導される。話しかけてきたやつよりも上の立場なのか。
「さて、大人しく財布だしてくれればすぐに開放してあげるよ」
一対一ならまだどうにかなったかもしれないが前後挟まれるのはまずい。しかしそんなことを言っても仕方がない。もてる力をだしてなんとか撃退するしかない。先に話しかけてきた方に至近距離でくらわせてやる。
「波動の極み!」
一気に間合いを詰め顔面に手のひらをかざしてスキルを唱えた。その瞬間後ろに大きくのけぞりよろけながら地面へと倒れた。
「てめぇ! 何した!」
板垣が初めて声をあげる。まともに反応されれば喧嘩に慣れてそうなこいつには攻撃できるスキはないだろう。一気に畳み掛けるしかない。
至近距離とはならないが間髪入れず板垣にも波動の極みをくらわせた。当然倒れるようなことはないが若干怯ませることはできた。いくぜ、初めて使うからどうなるかわからないが恨むなよ、板垣。
「栄枯のスティール!」
先ほどと同じく間合いを詰め、今度は板垣に触れた状態で詠唱する。不発に終わらせるわけにはいかない。使用方法が一緒なのかわからない以上、触れた状態での使用で少しでも成功率を高めたかった。
スキルを受けたであろう板垣はその場で遠くを見つめた状態で立ち尽くしていた。例えるなら魂が抜けた状態とでも言うのか。どうやらスキルの発動自体は成功したらしい。奪うにあたり相手の心身の機能を一時停止する効果があるのか、それとも一度くらえばこのまま治らないのか……。
もう一人は気絶しているらしく地面に倒れたままである。なんとか危機は脱したようだが、この状況を誰かに見られたらまずい。
「そうか、やはりお前も転生者だったか」
いつからそこにいたのか、突如として声がかけられ振り向くと同じクラスの麻生兼近がそこにいた。俺の知っている明るい麻生の面影はなく悪意に満ちた表情で、こいつが椿谷さんに何かしたと思わせるにはそれだけで充分だった。