第二話 椿谷華乃
入学式当日までの僅かな時間でなんとかもう一つスキルを取得できた。どれもなかなか取得条件が厳しく、比較的簡単な条件だった波動の極みを選択する。
スキル名:波動の極み Lv.1
効果:人間へ使用した時、よろける程度の衝撃波を放つ
習得条件:3時間の間、眠ることなく瞑想を続ける
簡単なようで割としんどかった条件をクリアし、早速試しに空のペットボトルへ放ってみたが、至近距離なら3メートルくらいまでは吹き飛んだ。打撃程度の衝撃はありそうなので、たしかによろける程度という表現は結構適しているなと思う。ただし対象から離れるほど弱くなるので遠くからでは少し強めの風が吹いた程度であろう。仮に殺人犯と対峙する場面があってもとても身を守れる程のスキルではなさそうなので今後はスキルレベルを上げていきたいものだ。
朝の身支度を終え、過去3年間通った通学路を歩く。本当に懐かしい。一度目の記憶がまた少し蘇る。これから楽しいことや辛いこと、様々な学校行事、初めての失恋や恋人、新たな出会いと別れ、色々なことを経て大人になっていくわくわく感が当初はあったはずだ。しかし結局何もなかった。高校に入れば自然と彼女ができると思ってたし、夏休みは友達と泊まりで遠出したりするのだろうなと思っていた。悔しいぐらいにまったくそんなことはなかった。
学校に到着し上靴に履き替えると自分の教室へと向かう。懐かしさのあまり当時と何も変わらないなと一瞬思ったが、今の自分の状況が思い出している当時そのものなのでそりゃそうだと思わず自分にツッコミをいれる。
さてと、とうとうここからまた始まるのか。教室の入り口ドアで立ち止まり一呼吸してからドアを開けた。
懐かしの顔ぶれに嬉しさがこみ上げてくる。ただ、その顔ぶれが懐かしいのは自分だけなのでクラスメートの静けさを例えるなら全員借りてきた猫状態だ。黒板に貼ってある自分の席を一応確認してから教室内を見渡し着席する。
いたぞ、学年1位。いや学校1位とも言われれるぐらいにモテていた椿谷華乃。
まさに高嶺の花で、挨拶を交わすことすらも当時一度もなかったはずだ。モデルのようなスタイルと整った顔立ち、セミロングの黒髪がまさに清純系女子高生という感じである。性格もとても良いということを聞いたことがあるが関わったことはないので真偽は不明である。
それともう一人。志賀崎葵。友達もおらず、ひたすら勉強だけしてるような地味系の女子だ。髪を一本に束ね、黒縁の眼鏡が印象的である。授業中以外で声を聞いたことがない。男女どちらからも相手にされておらず、特に男子とは話してるところを見たことがない。しかし記憶が正しければ大学在学中に芸能界へスカウトされアイドルとしてデビューし、ゴールデンタイムの歌番組でもよく見る程の人気っぷりへと変貌を遂げている。よく見ても可愛いとは思えないが何があったのだろうか、気になる。
その二人は真っ先に思いついたが、あと一人気になっている女子がいた。宮崎琴音。
下手したら小学生にも間違われるのではないかという低身長の童顔女子だ。どちらかというと地味で大人しいグループの方だが、極めて暗い性格だとかそういうような印象はなく、そこそこクラスに溶け込んでいる印象だ。
ショートカット好きとしてはボブヘアが似合っていて、椿谷華乃よりも好みに近いかもしれない。そして理由は忘れたが一度目の人生の記憶で宮崎琴音がテレビに出演していたのを思い出した。どのような番組か思い出せないが、よくある可愛すぎる何とかという感じのやつだったはずである。当時はそんなに気にしたことがなかったがよく見るとたしかに綺麗な顔立ちだ。
そんな感じでせっかく転生したのでこの3人の誰かとは仲良くなりたい、むしろ可能なら彼女にしたいものである。
「どうもー! 緑栄高校出身の麻生兼近です! 自分で言うのもなんだけど明るいやつなんで気軽に話しかけてくれ!」
静かな教室に突然声が響き渡った。そう言えばこんな謎のイベントあったな。皆も反応に少し困っている様子である。こいつがこれからクラスの中心になるのかと当時のこの瞬間は思ったが最初だけで、途中からはなぜかあまりクラスに親しんでなかった気がする。スタートダッシュだけやたら凄いやついるよな。
全員が登校し席に着くとその後担任となる先生が登場した。40代後半の男性教諭で特に可もなく不可もなくと言った印象だった。当たり前だが今見てもその印象は変わらない。
さて、いつまでも過去の記憶との照らし合わせばかりしてるわけにもいかない。何もしなければ一度目の人生と同じになってしまう。魅了の理のスキルを先ほどの3人の誰かに使用しなければ。そしてそれは椿谷華乃が理想だ。残り二人はスキルにかかったところで進展があるようには思えない。心の中で少し気になるという思いが芽生えるだけだろうか。その点、椿谷であれば何かのきっかけで話しかけてくる可能性が高い。
対象を指定しながら詠唱するしか今のところスキルの使用方法がわからないため地味に難易度が高い。この狭い教室でその一連の動作を他の人にバレないように実行できるタイミングを見計らう。
「入学式の前に軽くまずは皆さんに自己紹介でもしてもらいましょうか。まずは女子出席番号順で終わったら男子にいきましょう」
絶好の機会、話し終えて全員が拍手をするタイミングなら小声で詠唱できる。
滞りなく皆無難な感じで自己紹介は進み椿谷の番になった。微妙に緊張する。
「椿谷です。中学卒業と同時にこちらに引っ越してきたので本当に知り合いも友達もいません。心細いので仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
ここだ、クラスメートの拍手の音と同時に「魅了の理」を小声で詠唱した。相変わらず効いたのかどうなのかはまったくわからない。
女子が終わり男子の番となる。もう少しで自分の番で。当時どんな自己紹介をしたのかは忘れたが当たり障りのないことを言ったはず。ちょっとそろそろ過去の流れを変えてみるか。
「風見原鷹弥です。幼稚園、小学、中学とずっと近所でしたが何故か本当に知り合いも友達もいません。仲良くなるメリットは何もないようなつまらないやつですが構ってくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
薄っすらと教室内に笑いが起きた。椿谷の自己紹介をベースにして、なんとかギリギリ笑いに変えることができた。これで椿谷は自分に話しかけやすくなったであろうと思う。しかし、過去を変えると自分の最初の記憶のエピソードが変更されていくということで今後上手くことを運ぶことができなくなってくる不安もある。
スキル書を一通り見たが過去に戻るようなスキルはなかったので過去が変わっても対応できるようなスキルを身に着けていかないといけないなと思った。
ホームルーム、その後の入学式も無事に終わり初日は午前授業ということで何事もなく終了した。やはりそう簡単に過去は変わらないもんだなと廊下を歩いていると後ろから誰かが近付いて来る気配を感じた。
「ねえねえ、風見原君。自己紹介で言ってた友達いないって本当?」
その声に振り向くと椿谷だ。にこやかな表情で話しかけてきた。まさかの事態に一瞬言葉がつまった。
「あぁ……本当だよ。根暗でコミュ力もないつまらない男だからね」
「えー! つまらない人があんなユーモアのある自己紹介できないよー。せっかくだから友達になろっ!」
なんということだ。こんなに突然、それも大きく過去が変わってしまった。一度も話しをしたことがない存在だった高嶺の花が。あんなスキル一つでこんなに変わるものなのか。
「ねえねえ、今日このあとって暇?」
「特に予定はないけど」
「よかった! この辺色々案内してもらっていい?」
「転校してきたばかりだったね。もちろんいいよ」
「ありがとう! 学校から家近いんだけど着替えたいから少し家に寄ってもいいかな?」
「もちろんいいよ」
ん?家だと?この流れは当然俺も行く感じだよな。椿谷さんってこんなに積極的だったなんて驚きだ。過去転生最高。