小悪魔れでぃはお正月でもお変わりなく
「ねぇ、ベルカ。元旦って何をするの?」
元旦を幾日か過ぎた、昼下がり。
僕の雇い主でもあり、飼い主でもある白い肌にプラチナブロンドの小さなグラナーチカ様はそう言って、退屈そうにベッドでじたばたしていた。
空気の入れ替えと埃を動かすために開け放った赤色の重厚な遮光カーテンの隙間から庭で伸びてしまっている雑草と垣根のにおいが注がれ、日が昇って来たのかちょっとした公園くらいの広さはある室内は多少暗くなってきてしまっていた。
ここは無駄に広い部屋は館の主でもあるグラナーチカ様の私室で、大理石に見えるように加工して作られた床には金色で縁取られたいかにもお金持ちといった赤い絨毯が張られ、主の眠るベッドへ道を敷いていた。
ベッドの近くにはいつも履いて出かける薄茶色の編み上げブーツ。それと着替え用のお姫様のような白いパーテーションに、僕が今お茶の用意をしているティーテーブルと一人分の椅子。それに、僕が持ってきた無機質な鉄のティーカートの上には彼女愛用のティーセット。
今もなお、主であるグラナーチカ様を受け止めているベッドは、これまたお姫様のようなこれまた赤い垂れ幕の下がったベッドで、その中央。キングサイズはあろうベッドの真ん中で彼女は退屈そうに足をパタパタさせていた。
とても可愛らしいのですが、出来ればそのまま部屋にいてくださるといつも探しに行かなければいけない僕としては大変助かる。
グラナーチカ様の事はさておき……。
「元旦、ですか」
思い付きで行動したであろうグラナーチカ様に僕は呆れたように返すほかなかった。
たぶん、思い付きで何かしようと思ったけれど、せっかくの祝日だし、僕がわざわざ外へ探しに行くような用事を作るのもよくないから、とりあえず僕に聞いた、というところだろうか
僕の事を考えてくれるのは嬉しいけれど、今回はどんなことを考えるのか、という不安もないと言えば嘘になる。
「そう、元旦。ベルカは何が好き?」
「好き、と言われると困りますね」
「へぇ、困るんだ」
「困ります。僕はグラナーチカ様の犬ですので」
「へい、ワンちゃん! お茶をくださいな!」
「犬はそんなことしませんよ。ですが、はい。ここにありますので、ベッドから立ち上がってテーブルまでお越しになってください」
そう言って、白い彼女が座るはずの椅子を引く。
僕がひいたのを確認して、グラナーチカ様はベッドからよいしょと降りると、裸足でぽさぽさと絨毯の上を歩き、僕がひいた椅子の前まで来たのですっと彼女の腰に椅子を差し込んだ。
靴は、用意してあったけれど、履くのが面倒だったみたいだ。
テーブルに着くと、グラナーチカ様は退屈そうに両手に顎をのせられた。
退屈そうに動きを止めたのを確認してから、ポットから紅茶を温めていたカップに注ぎ、彼女の前に置いた。
「変!」
「えっと、何がですか?」
「面白くないの、ベルカ! 元旦ってもっと元気になってるものだもの!」
「元気にってイメージは僕はないんですが……」
「えー。んー、じゃあベルカ」
「はい」
「お餅! たくさん食べたい!」
「ああ……今回はそう言う流れなんですね」
グラナーチカ様は、いつも思い付きで行動なさる人だ。
というより、基本的に他人が嫌がることを優先するし、他人が困惑するのを率先して行動を起こす。
僕はどうしてか聞いたことは無いが……彼女なりに理由があるのだろうと、僕は思っている。
まあ、僕を困らせようとするのはいつも困るみたいだったが。
今日もまた、僕に色々させたいようで、たくさん考えているみたいで、小首をかしげて、僕の事を見上げてくださった。
ああ、可愛い事をしてくださる。
「だめ?」
「大丈夫ですよ。たくさん用意はあります。というか、そう言うと思って色々用意はしてあります」
「本当! じゃあ桜!」
「季節が違うやつですね」
「うん!」
「……分かりました用意しますので、少し待っててくださいね」
そう言って僕はティーポットをカートの上に戻し、厨房へ彼女の要望通りの物を持ってくることにさせてもらうことにした。
それにしても、グラナーチカ様が元旦に興味を持つのは中々不思議な話だと思った。
彼女はいつも人間にしか興味を示さないのに、今日に限ってはどうして外にも出ずに元旦を話題に出したのだろう。
「……まあ、いっか。楽だし」
考えるのをやめて、久しぶりに過ごすグラナーチカ様と二人の日を満喫することにした。
まあ、いつも通り、僕が桜餅の準備をしていたら抜け出していたので、探す羽目になったのだけど……。
結局、正月だろうと僕のやることに変わりはないみたいだった。