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ノベラボ

#000003

作者: 安井優

 空へと続く天守閣。摩天楼(まてんろう)とも呼ばれるそれは、史実代々長年にわたり怪奇と呼ばれる現象を引き起こしてきた場所である。夜空に怪しく存在を放ち、来るもの、見たもの、全てを飲み込む、冥土の入り口、あの世の扉。

 門を守るは、二体の鬼神(きしん)。火鉢の明かりに照らされた鋭い眼光、それだけで人は容易(たやす)く息絶え、消える。


「なるほど、ここが」

 男はようやくお目にかかれた、とどこか光栄至極の喜び。

 その男、エドで名を馳せ、多額の富と訳の分からぬ噂にまみれた、サムライ……ではなく、ジュウツカイ。

 (あやかし)を撃ち、怪異を()つ。あの世に最も近い人。

 ――名を、ユウガンという。

 この男、頼まれればなんでもやるが、ここへ来たのは依頼ではない。自らの意思で、ここへ来た。ここらじゃ一番強いという妖の出る場所、摩天楼。腕を試すにはもってこい。物好きな、バカな男がいたものだ。

 だが、それが、ユウガンという男であった。


 さて、一方で、天守閣の中。

 一人の青年。目元に黒布(くろぬの)。彼を知るもの、一人とてあらず。

 盲目のはずだが器用にも、薬莢(やっきょう)片手に弾いては、今か、今か、とその時を待つ。

(今日は厄日(やくび)か、吉日(きちじつ)か)

 青年は閉ざされた門の向こうから、いつぞやの気配を感じ取る。

 今となっては、ただの敵。懐古(かいこ)などして()られては、こちらもたまったもんじゃない。

 青年はそっと身を隠す。

 侵入者。自らを狩りに来た男。足音でわかる。この男……。

 青年はニヤリと笑みを浮かべた。


 ――ここまでは、このお話の長い前置き。

 前置き、さておき、ここからが、この「摩天楼」のお話である。


 ユウガンは門を蹴り開け、

「頼もう」

 一声。正面祭壇、揺れる蝋燭(ろうそく)。静寂に足音、正確な呼吸。

 ユウガンは、祭壇近づき、ためらわず右手の銃を祭壇へ。空いた右手で散らばった薬莢(やっきょう)を一つ取り上げる。浮かび上がった龍の文様(もんよう)梵字(ぼんじ)のような(しゅ)のサイン。

(見覚えがある、もしやあいつも……)

 (かす)かな音に、ユウガンの思考は途切れ――


 ダァンッ!

 弾けた。ユウガンが素早く右手で銃をとり、背後へ放ったそれは当たらず。

 突如出現、(あやかし)十八番(おはこ)。だがユウガンも動揺見せずに、努めて冷静。

 青年にいなされた右手、自由な左手。ユウガンは左で照準合わせ、その顔へ銃口。

 目には黒布(くろぬの)。盲目か。だが、それがなんだ。妖に盲目かどうかは関係ない。むしろ、視界が遮られ、六感なるもの研ぎ澄まされる。目は見えずとも、そこに感じる。

 だからこそ、油断はならぬ。どんなモノにも。

 妖相手だ。ためらわず、二発目、狙いを定めて、打ち抜く。


「くっ」

 避けた青年。その声が、やけにユウガンの耳に響いた。だが、それを惜しむ間もなく、青年の銃がユウガンを捉え、(いな)、ユウガンも、それを(かわ)して続く攻撃。伸びる右腕、互いに交錯。銃身ぶつかり、火花が弾け……。

 青年がくるりと体を(ひるがえ)し、再び右腕衝突、発砲。負けじとユウガン、左で射撃。するも、青年いなして、両腕まじわった。


「ふっ」

「ハッ」

 まるで長年連れ添った夫婦か兄弟、もしくは鏡。組み合った二人は同時に反転すると――

 一歩早かった、ユウガンが右手で引き金を引き、しかし、青年、ユウガンの銃身をそらせ、反撃。鋭く耳を貫く銃声。弾丸はユウガンの体数ミリの真横を通りすぎていく。白金に輝く薬莢(やっきょう)、光が反射。


 間一髪。ユウガンは身を(ひるがえ)し、青年と再び対峙。

(幽霊か……(あやかし)にしろ、この男、化け物の中でも最高の相手)

 ユウガンの口角、ふっと持ち上がる。


 青年の右手、銃が天を指し、対する左の銃口は威嚇するようにユウガンへ。いつでも撃てる、と言うように。

 だが、次の瞬間。青年、消えて――

「何?!」

 青年の右人差し指が引き金に。放たれたのは硬鋼線(こうこうせん)。天へ吸い込まれるように、青年の体が空へ浮く。

 予期せぬ妖術。いや、技術。


 見たこともないその武器に、あっけにとられたユウガンに襲い掛かるは次なる攻撃。

 青年の右手の銃から放たれた閃光、頭上で弾け、轟音。花火のように炸裂し、火の粉分裂。着弾の衝撃、信管震え、なお、地で爆ぜ、炸薬華開く。

 ユウガン咄嗟に地面を転がり――その隙に青年、回廊へ。


 暗闇に紛れた青年を、煙の隙間にユウガンは見る。

(チッ。ちょこまかと)

 ユウガンは急ぎ姿勢を立て直し、青年向かって銃を乱発。ダダダと放つ銃弾は、どれも回廊の柵や壁、美しき赤に吸い込まれ、青年に傷一つとして作らせはしない。

 回廊飛び降り、青年はまたしても天を泳ぐよう。硬鋼線(こうこうせん)をしならせて、ユウガンをあざ笑うように空を舞い、一発、二発、と銃を撃つ。

(無防備な体を守るため、威嚇射撃も撃ってくる……この妖は、まさしく手練れ)

 ユウガンの視線は再び祭壇へ。降り立つ青年。右ひざをつけ――


 一瞬の空白。

 直後、窮迫(きゅうはく)


「クソッ」

 ユウガンは迫る火の玉に悪態を吐いて体を(ひるがえ)す。

 青年の放った銃撃すさまじく、回転体から無作為に、だが正確なタイミング。分割された三百六十、銃弾(えが)く放射線。追いつめられるユウガンも放つ銃弾。だがしかし、意にも介せず青年は踊る。クルリ、クルリと体をまわし、腕を広げて、乱舞、乱撃。

 ユウガン、走る。走る、走る。近いようでいて遠い距離。ようやく柱の後方へ。回り込んでは態勢を、息を整え、チャンスを待つ。止まぬ銃撃。柱は(もろ)く。木片飛び散り、なお、ユウガンは耐え忍ぶ。


 音が止む。

 と、同時に、違う音がする。


 青年にとってはまさしく好機そのもの。

 銃撃をやめなかったのは、この時のため。

 そう言わんばかりに朽ちた柱へと硬鋼線(こうこうせん)を突き立てて、体へ引き付け、笑みを浮かべた。


「なっ!」

 驚いたのはユウガン一人。メリメリと木の軋む音あっけなく、柱は崩れ、回廊落ちる。頭上に木の雨。ユウガンを包み、暗闇誘う、冥土の門。

『摩天楼、あのジュウツカイさえも飲み込んで、その生き血すすり、いまだ怪しく』

 ユウガンの頭によぎる号外見出し。

(こんなところで……)


 ――いや、まだだ。

 暗闇の隙間、わずかに見えるのは月の光か、それとも、希望か。

 体は動く。まだ、死んでない。愛用の二丁拳銃壊されて、手ぶらで(かえ)るわけにも行かぬ。

(俺は、ユウガン。ジュウツカイ)

 妖を撃ち、怪異を断つ。あの世に最も、遠い人。


「うらぁっ!!!!」

 崩れた瓦礫(がれき)をもろともせずに、ユウガン、体を跳ね上げ空へ。

 視界良好。月光が、二人のステージ、見事に照らす。


 背負ったライフル引き抜いて、青年へ銃口を向け、引き金を――引け!


 祭壇中央、弾丸貫く。

 青年、地を蹴り、転がり、すぐさま飛び立つ。硬鋼線(こうこうせん)が天へ伸び、ユウガンの弾は青年追いかけて、青年が蹴り上げた壁を破壊する。青年すかさず身を(ひるがえ)し、ユウガンの脇へ硬鋼線。放たれたそれはわずかにユウガンの体右へと突き刺さり、視線を誘導。

 思わず釣られたユウガン。気づけばもう一本。左脇刺す硬鋼線。

 見据えた時にはもう遅い。

 眼前迫るは青年の右足。青年こそが弾丸となり、体正面――

「ガハッ」

 ユウガンの鳩尾(みぞおち)、華麗に貫く飛び蹴り。

 肺から空気漏れ出た瞬間、ユウガンの体は柱ごと外へ放り出されてしまった……。


 冷ややかな感触が伝う。石段の上を転がるユウガンの体躯(たいく)

 幸いだった。青年は、ユウガンの愛用ライフルに興味などない。

(これだけは、死守しなければ)

 手を伸ばす。落ちたライフル握りしめ、ゆっくり、ゆっくり立ち上がる。

 口内広がる鉄の味。体内めぐる血液を吐き捨て、ユウガン、青年を見る。


 青年はユラリと両腕交差させ……まさに妖、関節を感じさせない軟体な動き。

「はぁっ!!」

 青年、声上げ、手を伸ばす。

 ユウガン、思わず目を見張る。


 青年の両腕に灯る(まばゆ)()。劫火となりて、青年の全身覆いつくして揺れる。

 青年は妖気を(まと)い、煌々(こうこう)と。

 もはや誰にも止められぬ――青年の瞬くような輝きは、妖怪を超えて神にも近く。


 妖の身体能力格段に上がり、目にもとまらぬ速さで駆ける。石畳、蹴る音さえも聞こえずに、刻一刻とユウガンに迫る。

 だが、ユウガンも負けてはいれぬ。リロード、照準合わせて、構え、妖めがけて引き金を引く。銃弾の行く末、寸分狂わず、空気を貫く。妖を捉え……ることはなく、(すんで)で体を(かが)めた妖、左へ重心傾け、避ける。勢い止まらず、真っすぐ進む。

(チッ)

 ユウガン再びライフル構え、妖に合わせ、銃口右へ。銃身ぶれぬように、と両手でしっかり構えて、もう一発。

(当たれ……!)

 ユウガンらしくない神頼み。いつもであれば、当てられる、そう確信しているのだが。


 しかし、今や。

 ユウガンの心臓掴むはかつてない恐怖、後悔、畏怖(いふ)、絶望。

 幾千の妖を撃ち、怪異を断つ。しかし、これほどの強者(きょうじゃ)とは出会ったことなど一度もない。現世で会えていたならば、良き友となれたかもしれぬ。

 しかし、相手は妖だ。相容(あいい)れぬ。今更どうこう言ったとて、願い叶わず、どちらかが、朽ち果てるのみ。それが運命。


 続く二発目。ユウガンの放った弾丸、妖は、地面を蹴り上げ、空を舞い――

 三発目。

 銃弾(かす)め、妖の目元を覆う黒布(くろぬの)が、ハラリと風にさらわれた。


 その顔に見覚えあり。

 過去の記憶を辿らずとも、彼を忘れる訳がない。


「どう、して……」

 数年前。姿を消した親友は、妖となって(よみがえ)り――

「お前を迎えに来たのさ」

 と銃口を向け引き金を――


 光が昇る。摩天楼。

 空まで続く回廊が、赤く揺らめく陽炎(かげろう)が、今日も誰かを天へと誘う。

 ――ようこそ。ここは、冥土の入り口、あの世の扉。

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