街中の小銭を拾って稼ぎたい!
許して金八先生
クリミアを召喚した次の日。
浅神菜々は、早速お金稼ぎの手筈を考えていた。
「こういう時、初めから大金を目当てにしていたら失敗するもんだ」
「そうなの?」
「ああ、お約束ってやつだ。だから俺は焦らない。まずは小銭稼ぎから始めたいと思う」
土曜日の優雅な朝食。
クリミアは目玉焼きの乗ったトーストに齧り付いている。
そして菜々はコーヒーをすすりながら作戦を伝えた。
「聞けばクリミア、ある程度の範囲内にある金属を見つけられるそうじゃないか」
「そうよ。半径七十メートル以内にある金属類は探知できるわ」
「そう。今日はその能力を使って、街に落ちてる小銭を片っ端から集めるんだ!」
「こっすいわね……」
菜々はそう言って拳を掲げた。
確固たる意思を持った拳だ。
「でも私が願いに協力するのは一日一回。今日は本当にそれでいいの?」
「おう。頼むぜ」
「そ、了解よ。そのお小遣い稼ぎ、手伝ってあげる」
こうして、目玉焼きには醤油派のクリミアと塩派の浅神菜々の初めてのお金稼ぎが始まった。
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「あの電柱の下に反応アリよ」
「よし」
クリミアの報告を受けて菜々が走る。
怪しまれないように辺りを確認して、電柱の元でしゃがみ込んだ。
「おお、あったぞ!五百円玉だ!」
「へぇ、当たりじゃない」
「始めて三十分、もうこれで千円到達だ。悪くないんじゃないか?これ」
いや悪い。
法律的に考えれば間違いなく悪い。
というか道徳的にも限りなく悪い。
しかし小銭稼ぎという面では良い結果であった。
単純計算でいえば、時給二千円。
落ちているお金には限りがあるとはいえ、この調子でいけばこの街だけで何万にもなるだろう。
「楽に稼げて最高だなコレ。あぁ、世の中ちょろいわ」
「性根が堕落してるわね……」
悪魔であるはずのクリミアですらその在り方に呆れ果てている。
人間の邪心の強大さが今一度知らしめられた。
「おっと、あっちにまた反応アリよ」
「あっちは……自動販売機か。いいね、ベタだけど小銭拾いといえば定番だ」
菜々は嬉嬉として自動販売機に走った。
欲を出すと失敗するからと言って規模を抑えた作戦にしたはずが、もうすっかり金欲に溺れている。
朝食の時に掲げた、確固たる意思を持った拳はどこへ消えたのだろうか。
「この下か」
「そうね」
菜々は再び周囲を見渡し、誰も見ていないことを確認した。
土曜日とはいえ、閑静な住宅街。
遠くから子供の遊ぶ声が聞こえる程度だ。
「よし」
菜々がしゃがみこみ、手を自動販売機の下に入れる。
「うわぁ……。今更だけど浅神、なかなか酷い絵面よ。高校男児が自動販売機の下に手を突っ込んでるの……」
「そんなプライド大事にしても生き苦しいだけだ。……っと、あったあった」
菜々は手を自動販売機の下から出して立ち上がり、握った手を開いた。
しかし──
「……なんだこれ、海外の硬貨か?」
そこに握られていた物は、日本のお金ではなかった。
銀色に光る小さなコイン。
パッと見は百円玉だが、模様が明らかに違う。
そのコインには誰かが描いてあるのだ。
本来、百円玉には人物は描かれていない。
「私この人知ってるわ。武田鉄矢っていうのよね」
「武田鉄矢の描かれたコインってなんだ……。それならゲーセンコインでもないよな」
「やっぱり海外の硬貨なんじゃないの?」
「武田鉄矢は日本製だと思うが……」
浅神の発言には、いちいち倫理が適用されていなかった。
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その後も二人の小銭集めは行われたが、千円を超えた辺りから突然ハズレばかり見つかっていった。
ある時は──
「なんだこれ。金属製の鍵だ」
「保管庫の鍵じゃないの?」
「お前、昨日の夜やったバトロワにハマってるだろ」
「正直早くやりたい」
「まて……あと三十分だけ……!」
またある時は──
「なんだこれ、金メダルか?」
「第八十五回陸上なんたら……って書いてあるわね」
「何がどうなったらそんなメダルを自動販売機の下に落とすんだ……」
そしてある時は──
「また武田鉄矢のコインじゃねーか!」
「流行ってるのね」
「流行っててたまるか!」
そして──
「これで最後だ。これで今日はもう帰って、ゲームしよう」
「やった。武田鉄矢コインだといいな」
「お金であることを祈れよ!」
そう言って菜々は溝の中に手を入れ、小さな塊を握りしめた。
そして引き上げる。
手の中に握られた泥の中に、銀色の何かが光る。
「頼む……武田鉄矢はやめてくれよ。せめて他の芸能人のバリエーションを見せてくれ……!」
「浅神もお金であってくれと祈ってないじゃないの……」
菜々が握りしめた右手を開く。
泥が次第にこぼれ落ちていき、ついに露わになったのは──
「ッ!!百円玉だーーッ!!!」
「わ!やったじゃない!!」
「っしゃァァざまぁみろ!!!!」
もう長いことお金にありついていなかった二人は、一気に歓喜の渦に飲み込まれる。
菜々はよくわからない即興の踊りを舞い始め、悪ノリしたクリミアは手を叩いてはやし立てた。
「百円玉をこんなに有難いものだと思ったことはねぇよ!くーッ!」
「武田鉄矢じゃないのは残念だけど、よかったわね」
「ああ!これで空気読まれて藤原竜也なんて出てきたらキレてたぞ……!」
「ねぇ、君今この溝からお金拾ったよね。さっきから話を聞く限り、ずっとこんなことしてるの?」
「ええ、そうよ。私と浅神はお小遣いを稼ぐ為に頑張ったんだから」
「おう!最後の最後で当たりを引けてよかった。これで今日は気持ちよく終われ…………て…………。まって、誰?
最後ということもあり、菜々は完全に周囲を警戒することを怠っていた。
今までのツケが回ってきてしまったのだ。
「とりあえず、交番までついてきてもらおうか」
「ァ」
「あ、私は部外者よ。この浅神って人なんてしらないし、そもそも私は──」
「君もついて来るんだ」
「はい」
こうして二人は交番に連行され、叱られたうえに拾ったお金を全て没収。
浅神菜々は一人暮らしであるため親を呼ばれるといった面倒事にはならなかったが、学校にはしっかりと連絡が行った。
浅神菜々のお金稼ぎは、初日から失敗に終わったのだった。
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その夜。
お風呂から出たクリミアが、バスタオルを巻いただけの姿でリビングにやってきた。
「ねぇ浅神。お風呂場に武田鉄矢コイン落ちてたわよ」
「え?もしかして交番で提出し忘れてたのかな」
「ポケットにでも入ってたやつが今になって出てきたのかもね。いる?」
「いらねぇ……」
「そ。じゃあ私が貰っておこうかな」
そう言ってクリミアは寝室に入っていった。
ちなみに部屋数の都合で、クリミアのベッド(召喚したその日に某家具店で購入した国産地鶏羽毛製)は菜々の寝室にある。
つまり同じ部屋で年頃の男女二人が寝ている訳だが、菜々が興奮する様子はなかった。
菜々自身、それが不思議でならない。
「クリミアの見た目は……まぁツノとかあるけど、まぁ可愛い。胸は貧相だが、細身だ」
しかし先程もタオル一枚の姿だったのにも関わらず、菜々は戸惑う様子もなし。
同性愛者でもない菜々にとっては、自分でも理解し難いことなのだ。
「ま、悪魔と人間は違うってことか」
強引に話を切りあげ、ゲームに集中し直した。
そう。
今するべきなのは、そんな野暮な考え事ではない。
間違いなく、届かないとわかっていても、今しなければならないのは──
「武田鉄矢さんに三万回土下座したい」
誠意をこめた謝罪であった。