山腹の村ノンビ③
みんな準備を終え、俺たちはいよいよアジトに向かう事になった。
「よし! お前たち、気合を入れろよ! 出発だ!」
徹夜したのに元気な女戦士が言う。
「なんであなたが仕切るのよ……」
ティイが呆れたように突っ込む。
女戦士と違い、俺はもう体力が限界に近い……。
なんだか最近まともに寝れていない気がする……。
早朝の村を歩いて、村の奥の高台の方にあると言うアジトに向かう。
村には朝まで飲んでいたのかフラフラと歩く人や地面にへたり込んだりしている人がいる中、まともに今日の仕事の用意を始めているらしい人の姿もあった。
アジトに向かい、そこに繋がる坂道を上る。
と、その途中、変な……いやこの場所には見合わない小ぎれいな一行が向こうから歩いてくるのが見えた。
それは3人組で、2人の逞しい男と1人の小柄な女性だった。
俺は不思議に思いつい無遠慮に凝視してしまっていた。
「おはよう!」
俺の視線を変に思ったのか、少女が俺たちに元気良く挨拶してくる。
やっぱりこの土地には見合わない健康的な明るさだ。
俺たちも釣られて挨拶を返した。
坂の道はそれほど広くはないので、人数の多い俺たちは立ち止まって道を譲った。
「ありがとう!」
少女がすれ違いざまにお礼を言う。
そして3人は歩いて行った。なんだか違和感のある人たちだったな……。
「リックス、行くわよ?」
ティイが俺に注意して、俺は意識をアジトに戻した。
やがて屋敷が見えて来る。村の他の、ほったて小屋同然になった家々と違い、土壁を薄黄色の塗装で塗り固めた大きな屋敷だ。
「覚悟はいいな?」
すっかり先導になっている女戦士が確認してくる。
俺たちは顔を見合わせ、頷いた。
女戦士は強気に笑って見せ、そして屋敷の扉を開けた。
屋敷の中は掃除はされ装飾なども並べられてはいるが、別段センスが良いわけでも無く、山賊崩れ相応と言った雰囲気だ。
広いというほどでも無い玄関ロビーからは階段や奥の通路が見える。
「静かですね……」
アルルが呟く。
俺も思った。見張りくらいは居ないのだろうか。
「みんなまだ寝ているんだろう。まあ私もいつもはこの時間は寝てるけどな。……それにしても誰もいないな、使用人の一人くらいいつもいるんだが」
そういう女戦士も少し不思議がっている様子で、辺りを伺いながらもずかずかと屋敷の奥へ歩き出した。
俺や姉妹も警戒しながらそれに続く。
出来れば山賊の頭には合わずに、ティイ達姉妹の探している人にだけ会えればいいのだが……。
俺が弱気な考えをしていると、不意に奥から物音が聞こえだした。
ガチャッ………ゴトッ…………
「!?」
行く手から物音がして、俺たちは一瞬身を怯ませる。
一番奥のいかにもボスの部屋っぽい場所の大きな扉が開いていて、声は聞こえないが何かを作業してるような音が聞こえる。
女戦士だけは気丈にズンズンと進み奥を見に行った。
すると部屋の前に立って、
「な、なにしてるんだ?」
彼女は驚いたような呆れたような声でそう言う。俺たちも歩いて近付いて、中を覗いた。
そこには、何やら掃除をしている数人の人間が居た。
部屋の床には何か騒動があった後の様に、いろんな物が散らばっていて、そして部屋の隅には4、5人の倒れている男たちが寝かされていた。
なんだ、この状況は??
「あら、ケット。おはよう」
掃除をしている一人の女性が女戦士に挨拶する。
「おはようじゃない、いったいこれはどういう事だ! ゴイルナは? あの女は!?」
「あの女って?? ん~。順を追って話すとね、昨日の夜、ここに襲撃があったのよ。悪を成敗するとか言ってね」
彼女はあっけらかんとして言う。
「しゅ、襲撃?? そうだったのか!?」
「うん。それで護衛が対応したんだけど、あの通りみんなやられちゃったわ。それでその間にゴイルナさんは裏から逃げたみたい」
隅に重ねられている人々を指して女性は言った。
そんな彼女に、ティイとアルアは我慢し切れずに詰め寄った。
「レブワー叔母さんは!? 私たちと同じ、異国の女性はどこに居るの!?」
ティイが焦って聞く。
「え? えっと、あなたたちは……?」
「こいつらは私の連れだ。あの女に会いたいらしい」
「そうなの? …でも残念ね、あの人もゴイルナと一緒に逃げたみたいよ」
「え!?」
姉妹は明らかにショックを受けている。
「………、お前はその襲ってきたやつらの相手をしなかったのか? 仮にも護衛長だろう」
「え、えーと。だってー、向こうはとっても強かったし、私じゃ敵わないかなーって、降参しちゃった。えへ♡」
彼女は愛嬌を振りまく。
「お前ならどんな相手でも一矢報いるくらいは出来るだろう。さては初めから通す気だったな?」
女戦士は女性に鋭い目を向ける。
「や、やだなー。もー怖い顔しないで!」
女性は誤魔化す様に笑う。
そんな会話に空気を読まずに、掃除をしていたむさい男の一人が女性に報告する。
「あねさん! 掃除、終了しました!!」
「あ、あら! ほんとね! みんな、ご苦労様! あとは倒れている人たちを寝床まで運んで、今日はもう休みましょう。徹夜で疲れたでしょ、みんな?」
「とんでもありません!! あねさんの指示なら、今からベルルタイガー(猛獣)の巣から幼獣でも盗んでこれますぜ!!」
他の荒くれ者っぽい男も言う。
「うーん、取り合えず使い道無いからそれはいいかな。じゃあみんな、今日も健全で健康な一日を送りましょうね!」
「ハイぃ!! ありがとうございますうぅ!!!」
掃除していた男らが声をそろえて言う。
「さて。ケット、後は外で話そうか?」
「……、相変わらずしつけが行き届いているな」
――――――――――
俺たちはさっき登った来たばかりの坂をまた下り、女戦士は屋敷に居た女性に昨日俺たちと出会った時の出来事を話していた。
「…へえ、そんな事があったの」
女性が朗らかに女戦士の話に反応を返す。
「ああ。あの時はすっきりしたぞ。あの腑抜け共に目にものを見せられたな」
女戦士は思い出し笑いをしながら言った。
「あらら、そんなに楽しかったの。あの鬼のケットがずいぶんと懐を許したものねぇ。ふふ」
からかう様に彼女は言う。
「好きに言ってろ。」
「……あの、ところでそのゴイルナと言う方と叔母のレブワーかも知れない人がどこに逃げたのか、何か心当たりはありませんか?」
アルアが会話に入る。
女性は少し首を傾げてから答えた。
「そうね…。おそらくはロドイだと思うわ。ゴイルナは最近何度かロドイにいる誰かと連絡を取っていたみたいだったから」
ロドイ?
俺は気になる言葉が出たので女性に聞く。
「ここに来る道中も、ロドイがひどい事になっているって噂を耳にしたんだけど、ロドイに何かあったのかな?」
俺は聞いた。
「ロドイには海からの荷を通す関所があるからな。そのおかげで内外の交流は活発で栄えている。まぁ得てしてそういう町は裏で役人が悪さするものだが、私が訪れた時はそういう感じもなく良い町に見えたがな」
「………」
女戦士が答えてくれたが、もう一人の女性は何か思うところある様に黙っていた。
「じゃあそのロドイが次に私たちが向かう場所ね! アルア!」
「ええ、ティイ姉さん」
姉妹は目的地が出来て張り切っているようだ。俺も海に行くから同行しよう。
「おい、お前ら。私を雇わないか?」
不意に女戦士が俺たちに言う。
「えぇ!?」
俺たちは急な申し出に驚く。
「そ、そんな。私たちはそんな人を雇えるほどの余裕はありませんよ。もちろんあなたのお力をお借り出来れば、とても心強いですが…」
「報酬はもう貰っている。昨日は久しぶりに、楽しく戦うことが出来たからな! あんな戦いをまたさせてくれるなら、この戦士ケット、お前たちに力を貸そう!」
ほ、本気なのかな??
まあ昨日からの感じを見ていると、バカ正直な人な感じはするけど…。
俺はティイとアルアを見るが、彼女らも驚きはみせているけど、嫌な顔はしていない。
いきなりで意外ではあるが、断る理由は無さそうだな。
「ふふ! 本当にお気に入りなのね!」
館にいた女性が可笑しそうに笑う。
「リディ、お前はどうするんだ? もう雇い主もいなくなったが」
女性に女戦士は聞いた。
「そうね。この町の復興を見届けたい気もするけど、それは彼らに任せるわ」
「彼ら? お前のしつけている連中の事か?」
「うん! ゴイルナもいないし、少し心身も鍛えたから、きっと他の連中をまとめて、まともな村に戻してくれるはずよ」
何の話か分からないが、この女性も好きでゴイルナって山賊の手下をしていた訳ではないのか?
本当に信用出来る人間かはまだ分からないけど。
「? どういう事? あなたゴイルナの手下じゃないの?」
ティイははっきり聞いた。
「そうねえ。まあ女性には色々ヒミツがあるのよ。あなたはヒミツ、無いの?」
「むぐ!?」
ティイが聞くと逆に女性に突っ込まれて、ティイは怯む。
あるのか、秘密。
「さて。じゃあ私も…、ロドイに行こうかな」
女性が言う。
「ん!? お前まさか、またゴイルナの飼犬になるつもりか??」
ケットというらしい女戦士は女性に詰め寄る。
「えー、それはどうかしらねー。それはその時に考えようかな?」
「まったく! 食えん奴だ!」
女戦士は腕を組んで頭を振るう。この2人は気は合うようだが付き合いはそんなに長くないのかも知れないな。
そして俺たちは半日ほどの滞在で、ノンビを去ることになった。
宿を出払い、女戦士のケットが荷物をまとめて来るまで村の入り口に移動して待っていた。
はじめは怖いと思っていたこの村も、今では少し風変りな村程度に見えるから不思議な物だ。
しばらく待つと、女戦士が荷物袋を持って現れた。その後ろには仲間(?)のあの女性もいる。
「待たせたな。ほら!」
と、女戦士が俺に何か投げて寄越す。それは鞘に入った剣だった。
「私の予備の物だ。お前にやろう!」
「え!? いいのか?」
俺は嬉しさ半分迷惑半分という気持ちで聞く。
「ああ。いっぱしの戦士になるまで、これからも稽古をつけてやる!」
「お、俺別に戦士になりたいわけじゃないんだけど…」
「あはは! リックス! 頑張りなさいよ!」
「ふふふ!」
ティイとアルアは俺の気も知らないで笑っている。
「ふふ! 私もロドイに着くまで一緒に向かわせてもらっていい? 一人旅は寂しいし~」
女性が俺たちに言う。
「いいんじゃない? ね、リックス、アルア?」
「ええ。女性の一人旅は何かと不安ですものね」
「俺も異論はないよ」
「ありがとう! 私のことはリディって呼んでね♪」
愛嬌を見せて彼女は言う。
悪人には見えないけど、何か裏を見せていない感じがあるな……。
そして俺たち一行は村を出ようとした、
そんな俺たちを、呼び止める声が響いた。
「待てぇい! てめえらあ!!」
ドスを利かせた声で俺たちを怒鳴りつける。
見ると、わらわらと20人ほどの荒くれどもがそこここから集まって来ていた。
「何を楽しそうにしてるか知らねえが、俺たちの縄張りであんな好き勝手やって、このまま無事に出て行けるとでも思ってるのかああ!!!」
連中の中にはケガをして包帯を巻いたり杖を突いたりしてる者も何人かいた。
きっと昨日の絡んで来た奴らだろう。
くそ! やっぱり、何事も無く出て行くことは出来ないのか…!?
俺は昨日のみじめな失態を思い出し気後れしながらも身構える。ティイとアルアも警戒を強めていた。
「……無事に出て行けるか、だと?」
だが女戦士は臆するところなど見せず呟くように言う。
見ると、また口元が笑っていた。
「お前らこそ、今度は酔った勢いでは済まんぞ………? 私も剣を抜くから覚悟をしろよ?」
そう言って女戦士は自身の本来の武器らしい剣の刃を鞘からゆっくり引き出した。
「あら、ケット、殺生は駄目よ? こういう輩はちゃんと”おしおき”して労働力にしなくちゃ、ね?」
言葉とは裏腹に、リディと言う人も女戦士に負けず劣らない凄みを感じさせた。
それに、連中はすぐに反応した。
「!!? な、なんで鬼のケットだけじゃなく、あの女までいやがるんだ!!?」
「ひい、話が違う!! 俺は抜けるぜえ!!」
早くも半数がその場から逃亡を始めた。
先頭を切っていた男はその様子に慌てる。
「お、おまえら! おい! 戻りやがれーー!!!」
だがもう統率どころではない。残りも見切りを付けて殆ど散っていった。
そして残るのは、上前を撥ねようと仕切りに来た男と、ケガを負った逃げるのが遅れた数人だけだった。
それにリディという女性が近付く。
男たちはもう戦意を失い、近付くリディに怯えた。
彼女は男に顔を近付け、朗らかに言った。
「私たちはノンビを出て行くわ! 後はみんなで良い村にしてね? 任せたわね!」
「あ、ああ…」
男は拍子を抜かれたのか、それとも裏に潜む凄みに気圧されたのか、頷くのみだった。
「うふふ! じゃあね!」
そして俺たちは村を出た。
何だか知らないが頼もしい仲間が増えたな。