山腹の村ノンビ②
「……!! はあ、はあ、はあ!」
酒場での諍いが起こって、数分後。
何とか店の床にはごろつき共だけが倒れ込んでいた。
俺は刃を抜いたものの人間を殺すわけにもいかず、かと言って向こうは容赦ないので、防戦一方だった。
ティイもアルアも距離を置かないと威力を発揮出来ない戦法だし、前衛は殆ど女戦士に任せっきりだった。
だが女戦士は強さを発揮し、棍棒で凶器をいなし、反転、力任せに殴り倒していった。
彼女と俺たちの戦力レベルの差は相当なものだろう。
「はあ、はあ…。な、何とか生き残りましたね」
「や、やばかったあ! 私何度か傷作るって覚悟しちゃったあ!」
アルアも息を切らし、まだチンピラが動かないか見回している。ティイは汗を拭きながら安堵した。
「ふふふ……」
「ん??」
唐突に聞こえる笑みに、皆振り向く。
「あっはっは!!」
急に女戦士が大笑いする。
「楽しかった! こんなに楽しかったのは久しぶりだ! あっはっは!」
何やら心底嬉しそうに彼女は笑う。
「だ、大丈夫? やばいとこでも打った??」
ティイが心配する。
「ケガはない、心配するな。お前たちのおかげでな。さすがにあの数は多少の覚悟が必要だった」
本音かどうか分からないが、余裕に思えた彼女がそう言う。
初めの近寄りがたい印象から、女戦士は少し砕けた様子になった。曲がりなりにも危ない所を共にしたからかもな。
「そっか、あはは!」
ティイもそれを快く思ったのか嬉しそうに返事する。
女戦士が俺に棍棒を返してくる。俺は彼女の剣を渡した。
「お前は全く頼りにならなかったな! まあ囮くらいにはなったか! ははは!」
彼女は遠慮なくそう俺に言う。本当だから言い返せないけど。
「それより、いいのですかこんな事をして。私たちは旅の者ですけど、あなたはここに暮らしているのでしょう? 報復の危険はないのですか?」
アルアが喧嘩で倒れた椅子を直したり壊れた食器の欠片を拾いながら言う。
「構わない。もういい加減こいつらと居るのは腹わたが煮えくり返る。私もここを出るよ」
「そうですか」
あくまで個人の都合には首を突っ込まない様子でアルアは納得する。
「お前らこそ何かやることがあるみたいだけど、早めにノンビを去った方がいいぞ。この町を仕切っているゴイルナが手下を差し向けて来るだろう」
「そうもいかないわ! 他に手掛かりがないもの」
「何か探しているのか?」
「レブワーって人なんだけど。知らない?」
「人か。レブワー……知らないな」
戦士は考えて答えた。
「やっぱり。まあ他を探すか」
ティイは返答を予想したようにあっさり引く。
だが、女戦士は少し首を捻り、何か気がかりを口にした。
「……。いや、待て。そのレブワーと言うのは女か? お前らと同じように異国の?」
「え!? そうよ、し、知ってるの!?」
「ああ、異国の女なら一人心当たりがある。レブワーと言う名前ではなかったと思うが……、偽っているのか」
「ど、どこにいるのですか!? その方は!?」
やや落ち着きを失してアルアも彼女に聞く。
「ああ、それは……。まあとりあえずここを出よう。お前たちはどこに泊まっているんだ?」
俺たちは店を出た。
酒場の店主は愚痴をこぼしていたが喧嘩自体は毎度の事らしく、そこまで俺たちを咎めはしなかった。アルアは少しお金を置いていった。
そして宿へと向かいながら、ティイとアルアは女戦士の話を聞いた。
「……それでは、この町を牛耳っている元山賊の頭のところに、その女性はいるのですね」
説明を聞き、アルアが神妙な顔で確認する。
「そうだ。と言っても情婦と言う感じでもなく、対等な立場で接しているようだが。私も最近雇われたばかりなので詳しいところまでは知らない。すまんな」
「いえ。見当がついただけで助かりました」
「よし! 早速会いに行きましょう!!」
ティイが張り切って言う。
本気か、元山賊のアジトだぞ。すでに喧嘩でそこそこ体力使ったのに。
「まあ張り切り過ぎるな。今日は休んだ方がいい」
女戦士もそう提案した。
「し、しかし……あんな乱闘騒ぎを起こしては、すでに目を付けられています。休んでいる宿を襲われては……」
「私もお前たちの宿に泊まろう。襲ってくれば私が話をつけてやる。いざとなれば力づくでもな」
不敵な笑みを浮かべて彼女は言う。うーん、逞しいのか危なっかしいのか。
「………よし、まだ時間も早いし、宿に行く前にお前たちを少し良い所に連れて行ってやろう!」
女戦士はそう切り出した。
良いところ? も、もしかして、大人のお店かな……。
少し歩いて、ある怪しげな店に俺たちは案内された。
中に入ると未整理に色んなものが所狭しと積まれていた。
「ここは、場末の盗品窟だ。お前たちのその恰好ではこの町では心許ない、こんな所でも掘り出し物があるかも知れんから探してみろ」
店には他に客はいないが、彼女は大きな声ではっきり言う。まあ本当の事なんだろうけど。
「と、盗品ですか? そんなものを買っては万が一にも私たちも仲間と思われるのでは……」
「ここまで流れてくる間に目ぼしいものはほとんど弾かれているだろう。ここにあるのは持ち主にも忘れられたような物ばかりだ。これも供養だ、気にするな」
「そういうものなのですか…」
女戦士の説明にアルアは渋々納得する。
そして俺たちは何か適当な物は無いかと探し始めた。だが俺にはどうにも不用品の山にしか見えない。
だが………、
「あら? この布は……、加護を受けていますね」
アルアが一つの服を見て言う。
「魔力を持った腕の良い織工の作ったものでしょうね。縫製もまだ丈夫だし、洗えば十分使えそうです」
そうか、アルアは魔力を感じることが出来るのか。俺はそこまで分からないな。
「ねえ、アルア! この服も何か感じるんだけど、良いやつじゃない!??」
「そうですね。重い鎧より、私たちにはこの様な品の方が向いているでしょう」
ティイとアルアが楽しくなってきたのか店の中を探し回りはじめた。俺の服も彼女らに選んで貰おうかな。
そして1時間ほど経過して、買うものが決定した。支払いは結構高かったが、姉妹曰く思ったより安いらしい。
だけど、多少の問題はあったらしく、
「ぷぷ!! な、なにそれ、アルア! あなた、パ、パンツ見えてるわよ!? ぷはは!!」
「ね、姉さんこそ! その布薄過ぎますよ!? せめてこのマントを羽織ってください!」
早速着替えてみた2人が、お互いの恰好を茶化し合っている。、
「わたしの鎧もこの店で調達したんだ」
女戦士も自慢気に鎧を見せびらかして言う。
どうやらこの店の商品は際どい物が多いらしい。やはり全て揃った商品はこんな店には無いのかな……。
俺には盾代わりになる金物を仕込んだ籠手を選んでもらった。
服も欲しかったが、男物はどれも臭そうで彼女ら自身が嫌らしい。
そして、俺たちは準備も終え、宿へと帰って来た。馬は無事に厩で休んでいた。よかったね。
「ふー、疲れた!」
「そうですね。ゆっくりとはいきませんが、体を休めましょう。お湯はいただけるのでしょうかね」
姉妹が部屋へと向かいながら話す。俺も久しぶりのベッドで早く眠りたい……、
「おい、お前」
と、女戦士が部屋に向かおうとする俺を呼び止める。
「な、なに?」
なにやら不穏なものを感じて、俺は尻込みしながら返事する。
「お前はこれから特訓だ‼ 私が鍛えてやる」
「は、はい??」
――――――――――
「ふんっ! ふんっ!」
「なっていない! 剣に振り回されるな、腰を入れろ!」
さ、さっきと言ってることが違う!
女戦士は俺を宿の裏手に連れて行って、自分の剣を渡して俺に素振りをさせた。
明日も山賊に会いに行くのに、こんな慣れない訓練をしたらそれこそ動けなくなりそうだけどいいのかな?
でも彼女の方がずっと強いのは確かだし、ここは彼女を信じよう……。
「全く!」
女戦士が苛立たし気に俺に近付いて来る。俺は一瞬殴られるのかと身を縮めた。
「何度言えば分かる、脇を締めろ! 剣先がぶれるだろう!」
だが女戦士は意に反し、俺の後ろから両手を回し体を密着させ、俺の剣の振りを指導し始めた。
「こうだ! 分かるか!? こう!」
やや熱が入り過ぎだが、彼女は熱心に真面目に教えてくれる。
―――――――――
朝。
「おはようございます……。あら?」
「どうしたの、ドロドロじゃないの!? 何してたの!?」
宿のロビーで会った姉妹が俺を見て驚いて言う。
「………、修行」