ノンビへの道中
「アルア! そっちに一匹行ったぞ! 仕留めて!!」
「はい! 分かりました!」
林を進んでいる途中、姉妹の馬車はエクマウの群れに襲われている旅の一家に遭遇した。
アルアはすぐ馬車を止め、俺たちは飛び降りて彼らを救出に入った!
アルアは俺たちを回り込んで攻撃しようとするエクマウに、金属で作られた杭を手裏剣の様に飛ばす。
それが彼女の旅をする上での自衛手段らしい。
一度に3本ほど飛ばされた杭の一本は見事にエクマウに命中した。
(※もちろん杭はその後回収し再利用します)
エクマウは森の低級な悪霊が泥などに宿ったもので、小さいが触れられると肌を侵食される。今は6匹ほどのエクマウが人を溶かそうと襲って来ている。
バチン!と皮製の鞭が地面を打つ。
ティイは武器の鞭で相手を攻撃しつつ陣地をけん制している。
俺はティイの鞭で怯んでいるやつにこん棒で殴りかかった。
上手くヒットすればドチャッと泥が弾けて、それきり動かなくなる。きっと泥から悪霊が抜けたのだろう。
「これで、ラストォ!!」
ティイが気合を込めて鞭を振るう。そのしなりは見事に敵に命中し、最後のエクマウは空中に四散した! お見事!
俺達は周囲を確認し警戒を解くと、家族に駆け寄る。
「大丈夫でしたか!?」
「はい、ありがとうございました。しかし、妻がやつらに掴まれて、足にけがを……!」
まだ若い父親が妻を抱えて言う。
確かに奥さんの片足は赤くただれている。奥さんは既に気を失っているが苦しそうな息遣いだ。
「お母さぁん!!」
俺と同年代くらいの娘が心配して泣いている。するとアルアが進み出る。
「私にお任せください!」
そして奥さんは地面に横たわられ、アルアが奥さんの足にその手の平を当てる。
「………!」
アルアが目を瞑って神経を集中すると、手の周辺が淡く光った!
「治癒魔法か……!」
俺は気付いて呟いた。
「ええ! アルアはメヒー(初等回復魔法)を使えるのよ。ちなみに私は火の魔法を使えるわよ。
とっても疲れるから滅多に使わないけどね!」
ティイがまるで自分のことの様に自慢気に言う。
「そうなんだ。俺も使えるよ、……灯りの魔法だけだけど」
この世界では魔法が使えることは珍しい事ではない。
動物やモンスターだって使える。
自然に使えるようになる人もいるし、教われば使えるようになる人もいる。
でも一般人はそんな強い魔法なんて使えないから日常に役立つほどでは全く無い、せいぜい万が一の時の保険程度だ。
「へー、そんな魔法もあるんだ。初めて聞いたわ」
俺の話を聞いてティイが感心する。
俺は更に説明する。
「明るいだけで燃やしたりは出来ないんだけどね。火の魔法の方が役に立つのに」
―――――――――
「………、ふう」
しばらくして手を放し、アルアが額の汗を拭う。
奥さんの足は少し傷跡が残っているがずっとましな状態になっていた。
「すみません、私如きの魔法ではここまでが限界で……」
アルアが申し訳なさそうに言う。
「い、いえ! とんでもありません! ありがとうございます!」
「ありがとう! お姉ちゃん! お兄ちゃん!」
親子は心から感謝してくれている。
「あとは綺麗な布を巻いて……。でもこれでは今日は動けそうにありませんね……」
「はい。今日はもうこの辺で休みます」
アルアが自前の布で処置していながら言うと、父親が答える。
「そうですか。でもこの周辺はまだ害敵がいないとも限りません……」
「そうね。やつらの巣が近いのかも」
姉妹は考え悩む。
「………、今日は俺たちもここで止まろうか。2人は急いでるのか?」
俺は見かねてと言うほどでも無いが提案した。
「ううん! 私も賛成よ、リックス! ここで休みましょう!」
何だか必要以上にティイは俺に賛同した。
「姉さん……。はい、わかりました」
アルアの方は若干不本意そうだったが、提案を受け入れた。
「皆さん……、すみません。お世話になります。夜番は私がしますので、どうぞよろしくお願いします」
奥さんを馬車に乗せ、見通しの利く適当な場所を見つけてから、まだ日が高かったが俺たちは休む準備を始めた。
家族は簡単なテントを持っていて、それを立てて奥さんを寝かせた。夜は女性はそちらで寝ることになった。
「リックス、水場を探しに行きましょう!?」
ティイが俺を誘う。俺は了承して火起こしを親子に任せて立ち上がる。
「姉さん、リックスさん。ちゃんとすぐに帰って来てくださいよ。昨日みたいに遅くならないで。全く。遊んでいるんでしょう」
アルアが半分怒って注意してくる。
「あ、あはは! 気を付けまーす!」
「………」
俺たちは森に入って行く。
言われた通りに時間を掛けないで水を確保し戻り、作業を分担して料理を作り、そして食事を取った。
人手は多いので、日が完全に沈んだ頃にはやることを終えてしまった。
その後奥さんは何とか目を覚ましたが、食事を与えてまだゆっくり休ませた。
「ご家族はどこに行かれるんですか?」
焚火の火を囲み、何の気なくアルアが父親に聞く。
だがそれに父親は、意外にも何かに怯えるように表情を重くし応えた。
「王都に向かいます。一から出直しですが、あそこに居るよりはずっとましです」
「?? 何かあったの?」
不思議に思いティイが聞く。この子は聞きにくい事もすぐ突っ込むな。
「私たちはロドイに住んでいましたが、……。あそこはもう普通の人間の住む場所では無くなりました」
俺たちに恩義を感じてるのか、彼は奥歯を噛みしめる面持ちで教えてくれた。
そんな父親の告白に一同は次の言葉を見付けられない。
………ロドイって確かノンビよりもっと遠い、海の手前の町だな。
良い領主が居て、治安も良いって聞いてたけど、そんなひどい事になっているのか?
父親は言い淀んでいるし、娘の方の表情も重くなっている。
彼らは今日は危ない経験をしたばかりだし、気にはなるがこれ以上は聞きにくいな。
そして俺たちはそろそろ寝ることにした。
――――――――――
俺と家族の父親は交代で夜の見張りをすることにした。
父親が先に番をしてくれると言うので俺は焚火から少し離れて眠っていた。
が、気が張っていたのか勝手に夜中に目を覚ました。
見回すと父親が座っているのが見えた。俺は起き上がって声を掛けた。
「何時間経ちました? 起こしてくれって言ったのに……」
「いえ、そんなに経ってませんよ。ゆっくり寝ていてください」
父親は遠慮がちにそう言うが、見上げると星は結構動いている。
俺たちは大体4、5時間くらい寝るが、2時間近くは経っているだろう。
「交代します。寝てください」
俺は断言した。
「じゃあ少しだけお願いします」
父親は俺の意思をくんで眠りに行った………。
「………」
俺は時折り森の方を見る。森は不気味に静まり返っていた。
森に住むモンスターなら火には慣れていないだろうし焚火していればそうそうは近寄って来ないだろう。
でも今はケガ人もいるし用心するに越したことは無い……。
翌朝は早かった。
陽が上がってすぐ家族は準備を終えた。
「本当に大丈夫??」
ティイが家族に大きな声で声を掛ける。
「ええ、なんとか歩けそうです。ロドイのお医者様でもこんな良い処置はしていただけませんよ」
家族の奥さんは嬉しそうに感謝を言う。何とか元気になったようで何よりだ。
「そんな。でも休憩はたくさん取ってくださいね」
アルアも心配気に言う。
「はい。本当に何から何までお世話になりました」
「お世話になりました」
家族は一同でまた深く頭を下げて来た。本当に助けられてよかった。
そして家族は俺たちの行く先とは逆の方に歩き出した。
「お、お兄ちゃーん! お姉ちゃーーん! またねえーー!!」
リオナは少し恥ずかしそうにそう叫んでいる。姿が見えなくなるまで手を振っていた。
俺たちもしばらく立ち止まって彼らを見送った。
「さて、私たちも出発しましょう。遅れを取り戻さないと」
アルアが落ち着いてはいるが、張り切った言葉で言う。
「ふあああ!! よし! 今日もがんばっていこーー!!」
ティイも大あくびをしたがやる気を見せた。
俺たちは荷物を馬車に積み、アルアは馬に鞭を入れた。
早朝の木漏れ日が薄い霧から差し込む中、車輪の軋む音が響く。