初めての旅の仲間は
村が面する街道まで、いなか道を歩いて行く。
道の両脇は穂畑が広がっていて、作業をしている顔見知りのおばさんが見えた。
この景色もしばらく見納めか。
しかし感慨にふけってばかりもいられなかった。
俺の前に、ジェビが現れた!
ジェビっていうのはまあ前の世界で言うと猫くらいの大きさの丸っぽいシルエットのトカゲみたいなのだが、人も襲って噛むので注意が必要だ。
俺は母が包んだ荷物から出ている粗雑なこん棒の柄を握って取り出した。荷物の中にはナイフもあったが、ジェビは小さいし結構素早いのでこん棒の方がやり易いと判断した。
この辺の人なら、注意は必要だがジェビはそんなに怖い相手じゃない。俺も軽く撃退する。
肉はそのままじゃ食べないし今の俺には必要ないので、ジェビの亡骸は脇道に放置した。
他には肉の取れるウサギみたいな小動物にも遭遇したが、こいつらは襲っては来ないので、相手をするのは食いものに困ってからでいいだろう。
ちなみにこの世界には植物みたいな動物もいる。味は植物で旨いのは狩りの対象になる。
しばらくして一本道の街道へと出た。いなか道とは違い太く舗装もしっかりしているが、数十年前に新街道が出来てから国からは放置されているので決して頻繁に人が行き交う訳じゃないし、雑草などが侵食してきている。
さて、どっちに行こうか。T字路で行先を迷う。
おおまかに考えれば、一方は海へと続く道、もう一方は王都へと向かう道だ。海の方が近いし港もあるが、それでも徒歩だと3週間近くかかる。
この世界でも週と言う概念はあって、1週間は8日だ。1年は502日、1日は18時間、もちろん俺の中では常識だ。
俺はまだ海にも王都にも行ったことは無い。友達とは大人になったら行こうと話していたが、それは叶いそうに無いな。
よし、俺は海に行こう! 海と言うか船に乗ろう。どうせなら同じ大陸より海外に行ってみたい。
俺は海へ続く道へと進路を決めた。
それからただ歩く。景色はまだ変わり映えない。
体力的に言えば村にいる時から1日中野良仕事する事なんてざらだし、野宿くらいならしょっちゅうしていた。その辺の心配は今更ない。けどまあそれでも何が起こるか分からないし、一人きりも不安と言えば不安だ。どうにかなるかなあ……。
何時間か歩いた頃、初めて後ろから馬車が来る音がした。俺は振り返った。
見ると一頭引きの馬車がこちらに向かって来るのが見えた。
俺は立ち止まりその馬車を待つ。
「やっほー!」
馬車の中の人が陽気に声を掛けて手を振って来る。若い女性の声だ。
やっほーとは言って無いが地球の言葉で言えばそういう砕けた掛け声だ。
今後もそんな言葉は聞き慣れた言語に直そう。
馭者の人もまだ若い女性に見える。
俺は手を振り返す。
やがて馬車が俺の前で止まる。小さな荷台、みすぼらしい造りのボロ馬車だ。でも馬は結構上等に見えるな。
「こんにちは。ねえ、コロトン村ってこの近く? もう過ぎた?」
荷台の中の女性が話し掛けてくる。女性はあまり見掛けない異国の服装をしていた。顔立ちも少し違う。
「ああ、過ぎたよ。脇道見えなかった?」
俺は教えた。すると馬をひく人が厳しい口調でその女性に言う。
「やっぱり、あの道ですよ」
「そっかー! あはは」
「もう」
荷台の女性は能天気に笑っていた。
まあ村を指す方角板ももう壊れていたし仕方ないかもな。
「村に行くの? 俺コロトンから来たんだよ」
俺は久しぶりに人に会ったので気さくに話を広げた。
「そうなんだ。でもいいの、どこまで来たのか道しるべにする為に知りたかっただけだから! 私たちの目的地はノンビよ」
ノンビ。2つとなりの町だ。あそこなら行ったことあるが、あんな所になんの用だろう。
「あなたはどちらに行かれるんですか?」
馭者の子が俺に優しく聞いてくる。
「俺は海に行こうと思ってるんだ」
「海? ここからだとかなり遠いんじゃないの!?」
荷台の子が話に入って来る。
「そうだね。まあのんびり行くよ」
俺は気楽に答えた。
「大変ですね」
「ふうん…」
そう相槌を打ったその子は、何やら俺をじろじろ見る。
な、なんだ??
「まあ、いいわ! しばらく一緒に乗せていってあげるわよ? 乗らない!?」
彼女が言う。ほんとか?
「え!?」
前の子が驚く。その子は俺が同乗するのに乗り気じゃないようだ。
「いいじゃん、旅は道連れだしさ! 乗せてあげようよ!」
荷台の子は説得する。
「……。まあティイ姉さんがそう言うなら、良いですけど……」
あんまり納得いっていない様子だ。はたして俺は乗っていいのか……。
「乗せてくれるならありがたいけど…、いいの?」
俺は前の子に聞く。彼女は困ったように少し微笑んで、
「どうぞ」
と答えた。
―――――――――
荷台に乗せてもらい、彼女らと自己紹介をする。
「私はティイよ、この子はアルア」
「俺はリックス」
「若いわね、とし幾つ?」
ティイって子が聞く。
「昨日15才になったよ」
「そう、私は17よ」
「私は18才です」
前の子が言う。
ん?
「え? さっき姉さんって言ってなかった?」
俺は疑問に思って聞き返した。
「そうですね。まあこちらの事情です」
彼女は素っ気なくそれだけ言う。
「そう」
説明しないのは理由があるのだろうと、俺はただ頷いた。
それからしばらく俺は馬車に揺られていた。
初対面で和気あいあいとはいかないし、手入れの行き届かない路面の振動がもろに来るが、それでも一人でただ歩くよりはずっとマシで、俺は内心喜んでいた。
―――――――――
「暗くなって来ましたね、そろそろ休む場所を決めましょうか」
馬を引いている少女、アルアが言う。
「川の近くがいいわね。もうべとべとだから汗を流したいわ~!」
ティイが言う。
「そうですね。近くにあるといいのですけど。リックスさん、どこかご存じじゃありませんか?」
「あ、ああ。この辺なら川は無くても湧き水くらいはあると思うよ?」
「そうですか」
馬車は森を迂回する林道を走っていた。
日差しは木々に遮られ辺りはすでに暗く沈んでいる。
この辺りまで徒歩だと2日は掛かるのにもうこんなところまで来れたんだな。
この調子なら明後日にはノンビにも着くだろう。
道脇に辺りが開けている適当な場所を見つけて、アルアは馬車を停めた。
「イテテ!」
ティイは腰を押さえて馬車を降りる。アルアは心配して声を掛ける。
「大丈夫ですか? ティイ姉さん」
「ず、ずっと馬車にすし詰めで体中痛くなっちゃった~」
「そうですか。明日はお姉さんが手綱を取りますか?」
「え!? あ、えーっと。ま、まあ明日決めよう。それより水場見付けないと! リックス、一緒に来て!」
俺はティイと一緒に水場を探しに行った。