水の町ロドイ⑦
次の日、と言う実感は無いが、陽が昇る前に俺たちは出発した。
「無理ですわあー! もう歩きたくありませんわぁ~~!!」
娘は滅茶苦茶愚図ったが、引きずる様に滝の泉を後にした。
ただ真っ暗な道。
川の流れる音は絶え間なく聞こえる。
まだそんなにはここに居ないが、それでも頭がおかしくなりそうだ。
「痛っ! うわ~ん! また小石を踏みましたわ~~!! あなた、靴を譲ってくださいましな~!」
ボロッゾの娘は終始不満を言う。
鬱陶しいが気持ちは分からなくはない。
片方だけでも貸してあげようかな。
「あれ? あれ何かしら?」
しばらく歩いた頃、ユリアが前方に何かを見付ける。
俺も目を凝らしてみる。
何だろう何かあるな。
赤い……。俺たちはそれに近付いて行った。
そしてすぐに気付いた。
「灯りだわ!!」
そうだ、それは灯火だった。
出口があるのか!?
希望を見出し急ぎ足で向かう。
そこには、ランプを持った人が居た。
着古した布を身にまとった男の老人だった。
「おじいさん! どこから入って来たの!?」
「なんじゃ? おぬしたちこそこんなところで何をしておるんじゃ…?」
ユリアが聞くと老人はそこまで俺たちを受け入れていない様子で聞き返してきた。
「俺たちは地上の下水溝に落ちたんだよ。それで流されてここまで来ちゃったんだ」
俺はかい摘んで言った。
「ほう。それはドジを踏んだのう…」
まだ怪しんでいる様ではあるが老人は言う。
「……あら、おじいさん、あなた…。司法局の方じゃない?」
ユリアが思い出したように言う。
「? お嬢ちゃんわしを存じておるのか?」
それまで特に情動なく俺たちに接していた老人が、ユリアの言葉に興味を持つ。
そして初めてまじまじとユリアを見ている。
「……、お主、どこかで………。
…………、!!?
も、もしや、あなたは、ユ、ユリアーノおうじょで
!?? ふご、もごもご!」
ユリアは何か言おうとした老人の口を塞いだ。
こらこら、死ぬぞ。
「おじいさん! それは言わなくていいから!」
「もごもご! ………ふう」
ユリアが手を離すと、老人はなおも低頭して続ける。
「あ、あなた様自ら参じて下さるとは。しかもわたくしの様な地方役人の顔まで覚えて下さっているなんて……、勿体のうございます……!!」
「そういうのはいいってば! それより、出口を教えてくれないかしら!?」
「ええ、それはもちろん。こちらにございます」
老人は俺たちを出口へと案内してくれるようだ。
歩きながらユリアが老人に聞く。
「どうしておじいさんはここに居たの?」
それに老人はゆっくり答えた。
彼はこの町の司法局で法の番人の役目を全うしていたが、ボロッゾが領主になってから奴らの良いように改変される法律、そしてそれを執行しなければいけない憤りを感じ、老人は親族と共に町を去る覚悟をした。
しかし、家族は他の町へと逃がしたが、老人は自身の無力を責めこの町の行く末を見届けるべくこの地下水路に移り住んだと言う。
「ここに住んでる!? こんな何も無いところに!?」
俺は驚いて聞く。
「何もなくはない。魚もいるし茸も採れる。水は少しろ過すれば幾らでもある」
いや、それ以前に日光がないじゃないか。
そんな老人の言葉に何かイライラしたのかそれまで黙っていたボロッゾの娘が口を挟む。
「ふん! 何を悩んでらっしゃるの? 市民章をお持ちなら町に住めばいいだけの事じゃないの!?」
「何言ってるんだ? じいさんの義憤が分からないのか?」
俺はつい娘に突っかかってしまった。
「ぎふん? 何それおいしいんですの?」
はあ。バカの相手をしてしまった。
老人はラローナがボロッゾの娘と知ってか知らずか、彼女の言葉には何も言わず歩いた。
そして、
「ここで曲がれば、上に登れますぞ」
老人は一見して何もない様に見える道中の壁面と変わらない場所を指す。
だがよく見れば確かに横道があった。
「うわあ! これは私たちだけだと見逃してたね!?」
俺もユリアと同意見だった。
横道を行くと、上から光が差し込んでいた。
そしてそこに縄はしごが掛かっていた。
「で、出口ですわあ!!」
ボロッゾの娘は喜び勇んではしごに飛び付く。
でも、
「いだっ!」
上手く登れず落ちて尻もちを突く。
「ふえ~ん! こ、こんなのわたくし登れませんわ~!!」
「ほんとに世話が焼けるなあ」
俺は彼女を手伝いに近付いた。
「あはは! さ、私たちも行こう! おじいさん!?」
ユリアが老人に呼び掛ける。しかし老人はそれを拒んだ。
「いえ、あなた様方だけでお登りください。わたくしは、ここに残ります」
「どうして? 登るのが辛いなら、私たちでお手伝いするわよ!?」
「そうではありません。わたくしには、二度と日の下を歩く資格など無いのです。どうぞ、私めの事はお忘れ下さい」
「おじいさん……!」
ユリアは老人の手を取る。
「許します」
ユリアが言う。
「!?」
老人は驚いてユリアを見る。
「わたくしユリアーノ・マイアス・リ・フィオルディアはその名に於いてあなたを許します。あなたを必要とする人々の為に、あなたはあなたの行うべきことを行ってください」
「あ、ああ……」
老人は感嘆の声を漏らす。
フィオルディア?
いま、フィオルディアって名乗ったのか!??
「さ、地上に行こう、おじいさん!」
「……今はあなた方だけで先に。わたくしは、ここを去る支度をして参ります」
「そっか! じゃあ先に行って待ってるね! リックス、ラローナ! 行きましょう!」
「……あ、ああ」
「ちょっと! わたくしの登る方法を早く考えて下さいな!!」
「あはは! 分かってるってラローナ!」
ボロッゾの娘は俺が背中に背負って上まで登った。
娘はその間も怖いだの早くしてだのぎゃーぎゃー文句を叫んでいた。
そして俺たちが上まで上がり、ユリアも続いて登って来る。
そこは、どうやらロドイの町の中の様だ。
登って来た穴のそばにもロドイを囲む壁がある。
だが、この辺りは閑散としていて、周辺の建物も入り口付近で見た立派な物とは違って、俺の見慣れた村で見るような庶民的な物だった。
ロドイは広い町だがこんな場所もあるのか。
「だ、誰か――!! 私はラローナ・マイバー! 領主の娘ですわーー!! 誰かいませんのーー!??」
娘が急に叫ぶ!
洞窟の中ならいざ知らず、こんなところで見つかったら大事だ!
「ちょ、ちょっと! 止めてくれよ!!」
俺は彼女を制止した。
「ふご、もご、は、放してちょうだいな!!」
全くこの娘は、少しも反省出来ないな。
ガサッ
!?
物音がした。
誰か気付いて近付いて来たのか!?
身を隠さないと!
しかしその間も無く、人影が姿を現す!
「!!?」
その姿を見て驚いた。
それは、ティイだった。