水の町ロドイ⑤
「……、ああ、あなただったの。ノンビでも妙な動きはしていたけれど。どうやらただの雇われ女では無さそうね」
女は、侵入したのがリディとは知らなかった様でそう言う。
「あなたこそ、特にゴイルナらの悪事に加担するでもなく、ただ村が腐敗していくのを眺めているだけだったけど、一体何が目的だったのかしら??」
「……フフ。盗賊崩れの連中は何も疑問に思わなかったみたいだけど、コソ泥猫ちゃんは少しは勘が働くみたいね、フフフ…」
2人は会話をしている。
女は酩酊してるみたいな変な話し方だ。
ホントにこの人があの姉妹の探している人なのか…?
(リックス……!)
俺が考え事に意識を逸らしていると、ユリアが小声で俺に注意する。
見るとリディが会話を続けながら後ろ手で俺たちに合図していた。
まだ待てって事か?
「……ところで、この前人を探しているって子達に会ったわ」
リディが女に言う。
と同時に、リディの後ろ手の合図が少し変わった、用意しろって事か?
「…………。そう」
「………、レブワーって言う人を探してるって言ってたんだけど、あなたご存じ?」
「…………。! あの子達………?」
女の声色が少し変わった。それと同時に、リディが行けと言う合図を出した。
そしてリディが階下にジャンプする!
俺たちも飛び出した!!
一人の衛士が前に出て女を後ろに隠す。衛士は4人、リディは勢いのまま正面の衛士を蹴り飛ばし、その衛士と女が倒れる。
俺とユリアは残りの兵士に攻撃を仕掛ける。
俺はケットに貰った剣で鎧を纏った衛士に斬り掛かった。
リディはすぐもう一人の衛士の相手をしつつ、起き上がった兵士の相手もする。
倒れた女はすぐにはダメージが抜けないのかまだフラフラして立ち上がれそうにない。
リディは徒手空拳、主に足蹴りで上手く相手の関節を攻めほぼ一方的に防御の弱いところを突く。
2人相手でも上手く立ち回っている。
ユリアも徒手の様だが、リディとは逆に相手の攻撃を避けつつ力任せに体術を掛ける。
が、何とかユリアが押している様に見えた。
あの体格でどこにあれだけの力があるんだ??
そして俺は……。正直攻めあぐねる。
鎧の相手なんてどうすればいいのか分からない!
自分でも驚いたが、相手の動きはケットに比べればのろいので何とか対処出来たし、下手に地肌が出ていないので剣で斬っても傷は負わさないので安心だ。
でも俺もどうやれば相手を倒せるのか分からないのだ。
何度も鎧の上から剣で斬り掛かり、相手も消耗してきているが俺も息が切れて来た。
「はあ、はあ!」
激しく息を吐きながら相手の攻撃を避ける。
俺だけこんな泥仕合、情けない……。
そうこうしてる内に、
「うぐあ!」
自分の相手を倒し終えたリディが、俺の相手を後ろから脳天を蹴って倒してしまった。
……本当に情けないな。
「大丈夫だったリックスくん!?」
リディが心配してくれる。
「ああ、うん。ありがと…、」
ユリアも敵を倒し終わった様だ。
これで屋敷を脱出することは出来るな、
ティイ達の探している女性はどうしよう………、
だがそう一瞬考えているうちに、リディの様子に異変が起こった。
「あ、あ!? うっぐう!!?」
何故かリディが苦しみだした!
「え!? ど、どうしたの!?」
俺は彼女に近付く、と、そばに居たユリアの様子もおかしくなる。
「が、ぐっ!!」
ユリアも同様に苦痛の声を漏らす。
一体何が起こってるんだ!?
そう思った瞬間、
「ぐあ、な、!?」
俺もいきなり何かに猛烈に全身を握り締められた様に息苦しく、身動きが出来なくなった!!
「フ、フフフ……、兵隊さんも、や、役立たずねえ……。こんな簡単にやられる、なんて……!!」
女が俺たちの方に手を突き出している。
その手は怪しい光に包まれていた!
「ま、魔法、か……!?」
俺は気付いて呟く。
リディも気付いたようだが、それでも信じられない様に言う。
「そ、そんな……、一度に、さ、3人も縛るなんて……、に、人間業じゃ……、あ、ぐうっ!!」
「フ、フフ、フフフ………!! あんまり私を甘く見ないことね! わ、私には神の加護が付いているのよ……!! 今の私には、屋敷に侵入した者を察知するのも造作も無い事………!!」
女は怪しい光の宿る眼差しで俺たちを見る。
彼女は手だけでなく、胸元からも魔力らしきものを発しているようだった。
それにしても、魔法を行使している彼女自身の消耗する様子が異常だった。
一体どこからこんな魔力を引き出しているんだ……?
「く、くく」
どこかから笑い声が聞こえる。
その笑い声の持ち主は廊下の向こうから歩いて来た。
「く、くく、無理をするな、レブワー殿。そなたにはその力は荷が勝ち過ぎる」
男が現れる。長身の、剣は差した平服姿の男であった。
兵士ではないのか?
「わ、分かっているなら、早くこの者たちを捕えなさい……!」
彼女は気丈に男に命じる、だが確かに女は苦しそうな様子だった。
そしてその男を見て、魔法に苦しみながらもリディが声を出す。
「……ディールド…!!」
リディは少し意外そうに男の名前らしきものを呼んだ。
男もリディを見て言う。
「やあ、どなたかと思えば、エネリア捜査官殿。こんなところまで、ご足労ですな」
どうやら顔見知りらしい。
そう言えばこの男も、服装はこの辺の物だが、顔立ちは異国の人間の様だ。
捜査官って何のことだ??
「あ、あなたが、噂の、い、異国の、用心棒、ね!?」
ユリアは別の意味で男に興味があるようで、強気に男を見据える。
「ん? ああ、こちらも珍しいお客様のようだ。おもてなししなくてはな、丁重にとはいかなそうだが。くく…」
ユリアを見て男が下卑た笑いをして、平手を上げ何かの合図をする。
すると、新たな兵士が奥から出て来た。
兵士たちが俺たちを囲むと、女が魔法を解いた。
俺たちは解放され、地面に崩れ落ちる。
と、同時に女もがっくりと膝を崩し息も絶え絶えにうな垂れてしまった。
なんでそこまでして……。
「捕えて牢に入れろ」
ディールドと言う男がすでに俺たちに興味を失ったように体を翻し、その場を去りながら冷淡に兵士に命じる。
「はあ、はあ」
俺たちはすでに抵抗する体力を失っていた。
リディもユリアも体を震わす様に息をしている。
計画は失敗なのか。
俺はまた何の力にもなれず、彼女たちまで見殺しにしてしまうのか……!
その時、
『ああああ!!!』
力を振り絞るように叫んで、リディが俺たちを取り囲んだ兵士を蹴散らした!!
でも弱った体では一時しのぎに過ぎず、兵士たちは怯んだだけだ。
「逃げて!! 逃げなさい!!!」
リディが俺たちに言う。
「嫌よ! 一緒に戦いましょう!!」
ユリアが叫ぶ。
しかしリディはそれを予期したように俺に言う。
「リックスくん!!! ユリアを頼んだわよ!!??」
「!!!」
俺はユリアの手を取って、走り出した!
「! 何するの、放して!!」
「…………、………!!」
俺はユリアの言葉を無視して走る。
弱い俺には言える言葉は無かった。
ただ、せめてリディの頼みを叶えなければと思い、走った。
「リックス! いやあ!!」
ユリアは泣きじゃくる様に叫ぶ。
でも俺は彼女の手を握って走り続けた。
後ろは振り返らなかったがまだ兵士は追って来ない、多分リディが食い止めてくれているのだろう。
窓には格子が掛かっているし、屋敷内に詳しくない俺には、逃げる場所は風呂場しか無かった。
みっともなくても、あそこの、もと来た水路に逃げ込むしか道は無い…!!
なんとか逃げのび、風呂場のドアに飛び入る。
「え!? きゃああ!! だ、誰ですの、あなた達!!」
そこにはタオルを体に巻いた女の子が居た。ボロッゾの娘だ!
まだ風呂から出てなかったのか!
まあ関係ない!
今は水路に飛び込まないと!
!! そうか、この毛皮はそう言う意味か!
「ちょ、ちょっと、あなた達早くここから……!」
女の子は何か言って俺たちを追い出そうとしている。
言われなくても出て行くよ!
俺は水路の蓋を急いで取り去った。
そして泣きじゃくるユリアの体に毛皮を巻いて、彼女を水路に落とした。
「えええ!? そ、それ下水ですわよ!? あ、あなた達正気ですの!!?」
女の子は驚いている。
そんな事百も承知だ。よし俺もさっさと出て行くぞ。
俺は毛皮を体に巻いた。
と、風呂場のドアが開いて兵士が雪崩れ込んで来る。
「きゃあああ! ちょ、ちょっと!! あなた達、乙女の入浴タイムをなんだと……」
つるっ
「!!!! ぎゃあああ!!」
俺は女の悲鳴に驚いて少し振り向いて見てしまった。
するとその女の子は地面に落ちていた石鹸に滑り、なんと俺めがけて股を広げながら転んで来ていた!!
どん!
「うがあ!」
俺はぶつかった衝撃でふちに体をぶつけながらも、下水溝へと落ちて行った。
海獣の毛皮は摩擦を無くし、俺は水路を流れる様に進みだした。
「ぎゃあああ!!」
でも何故か、後ろからはボロッゾの娘も一緒に流れて来ていた……。