⑧蒼暦745年7月25日
マイント第12前線基地 司令室
簡素な赤い絨毯が敷かれたその部屋は、この基地内においては、1番上等な部屋だ。
窓にはこの世界では希少なガラスが使われていて未だ明けきったばかりの強烈な陽射しが溢れている。
奥の壁には半島の大地図が貼られていて、現在の敵味方の所在を色分けされたピンを部隊として差し込まれている。
その真下に、粗雑な作りでは有るが大きな木製の机と少しゆったりとした同じ素材で作られた椅子が配され、そこに座るロマンスグレーの髪をオールバックで纏め上げた紳士がその机の前で飄々と説明している大男の話しを聞いている。
「と、言う訳で森に潜んでいた敵急襲部隊200は当遊撃班にて殲滅しました。小官らが愚考しますに、敵は3方乃至4方からの払暁奇襲包囲戦を仕掛ける計画では無いかと推認致します。西から来襲する伯爵軍が本隊で有ると思うわれ
、、、」「嫌、中尉ありがとう。大まかには理解したよ。、、、とすると中尉はこの後どう動くのが最善と思っていますか?」
「ハイ!先ずは、、、、」
◇
マイント第12前線基地東方面
マイント半島は基本的に平坦な土地である。特に付け根辺りは湾に注がれる3つの大きな川による、扇状地が重なり奥深く迄、平野部が広がっており、湾側は平原、奥は豊かな森林地帯となっている。
マイント第12前線基地近郊は平原地帯にあり、基地近辺には、遮蔽物は無く見渡しは良い。
先ず予想とは少し違い東の林の中からワラワラと、
歩兵部隊が現れた。その数凡そ300,
林からここまでは少し窪地が有り、登りきれば基地までは平坦な土地。
帝国軍はここにケスラー大尉率いる虎の子の騎兵中隊
100と基地基幹部隊の帝国陸軍第3師団第7連隊第1大隊700を中心とした、歩兵1,000を配した。ケスラー大尉は敵を視認するや否や騎兵突撃を命令。
林を抜け切った敵兵の正面から窪地を駆け登り、そのまま右へ斜走。敵兵の端迄走行し林手前で敵兵の真横から未だ密集隊形を形成する前にケスラーの騎兵中隊は見事な集団行動をとり敵歩兵を蹂躙した。
騎兵の猛攻を掻い潜った敵兵は窪地に入り駆け登る処で今度は歩兵の槍衾に逢い、窪地から登る事を断念。
敵指揮官は窪地の底で急遽密集隊形を選択。
体前方を槍衾、頭上を盾で守備するが味方歩兵は敵歩兵に対し弓攻撃を放射線上の射線では無く水平下方射ちを開始する。これで続々と敵の損耗が増し仕方無く敵指揮官は林まで後退する事を決断。
最早100に満たない残兵を纏め上げ、東からの攻略部隊は惨敗した。
◇
マイント第12前線基地西方面
何で俺がこっちに配置されるんだ?
遊撃班らしく北の子爵連合に備えると思ってたんだけどねぇ。良いかい?俺は今回もう大戦果を挙げている。これ以上の戦果は目立ち過ぎるんだ。俺は、、、目立ちは必要無い、嫌、未だ目立つのは早過ぎるんだ。その理由、、、まぁそんな隠す程の暗部でも無いのだが、人事局と一部の将官は知ってる事だけどね。又今度教えるよ。
「ルーカス伍長おーい!ルーカス伍長、ちょっと。」
俺の班は西方面南側の1番端の守備を任された。
俺は敵侵攻ルートに面して塹壕を掘る事を基地設営時から進言していた。帝国陸軍では、と言うか、この世界は未だ塹壕を掘ると言う戦法は発案されていなかったんで、かなりの反対に有ったが、そんな事は知ったこっちゃ無い。取り敢えず西方面から掘り始めた。
とは言え未だ銃火器が未発明な戦争で有り、基本騎馬部隊対策でしか無く縦深陣地の必要は無いので、単純な重線で掘削。壕の幅は1メートル、壕と壕の間も1メートルとし、都合3メートルの障害物を掘削した。
今、西方面に配置され陣取っている部隊は、この第1塹壕に全部隊が潜り込んでいる。
「何でしょう?大尉?」
「何?大尉?何言ってんの?俺は未だ中尉だぜ!」
「へへ!実は今司令から野戦任官の命令が有りまして貴方は大尉に昇進して、西方面遊撃中隊の中隊長だそうです。」「、、、又、野戦任官かよ!これで3度目か?」「ええっ!3度目ですか?でも未だ中尉、あっすいません!」「あぁ別に良いよ。2回共やり過ぎの命令無視で昇進取消になってるからな。」「命令無視ですか?ハハッ、深追いですか?」
「馬鹿!深追いじゃねえよ!正当な追撃戦だよ!だってちゃんと2回共敵をほぼ殲滅したんだから。」
「じゃあ何で命令無視何ですか?」
「そ、それはだな、2回共上官に、、、暴言を吐いて突っ込んだから、、、だな。」
「やっぱ、ロクでも無いっすね!」
「、、、まあね、、、まぁそれはいいや、んで司令は俺、って言うかその遊撃中隊に、どんな命令をしてきたの?」
「はい。我が遊撃中隊は早急に現塹壕から抜け、南から迂回、撤退する敵部隊をドルデン川近辺にて迎い打てとの事です。」
「へえ、もう勝った気なのか?気の早い事で。あのおっさん、この短い時間で何か仕掛けてんのか?」
「さぁ私には何とも?あの、後ですね、私は戦地昇進で何と2階級特進頂きまして曹長になりました。んで、遊撃中隊の先任下士官です。」
「き、汚ったね!お前、戦地昇進なら下がんねえじゃねえか?」「それは、、将校と下士官の違いでしてね。いいでしょ!」
「、、、まぁ分かったよ。じゃあ敵に見つかんない様に精々早目に出発しましょうかね?」
数時間後、南から伯爵領ドルデン川の畔にて、遊撃中隊を隠蔽し本当に短時間で撤退してきた伯爵軍を完膚なきまで蹂躙して、意気揚々と基地へ凱旋した。
[然し、この短時間で後退させる作戦とは、どんなんだろうね?]
このお話の軍制は近世から現代(大体、第2次世界大戦時)を、参考にして創作しています。
上記本文に紹介しました、
「野戦任官」と「戦地昇進」ですが、「野戦任官」は戦場では人死は当たり前です。特に戦場経験の無く血気に逸る青年将校は、バタバタと死にます。これは帝国陸軍でも、合衆国陸軍、海兵隊に拘らずです。
そうなると、指揮官不在で戦争は出来ませんので、下位の階級の人間が代行する訳ですが、階級と指揮権限が見合わないと、軍隊とは言えません。
「伍長が戦後数十年経てば第三帝国総統になる事は有りますが(笑笑。」
因って、現地の最高指揮官により、将校は指揮権限に見合った階級に一時的に昇進させ、指揮権限を継承します。た、だ、し、戦後平和になれば軍隊に金が回ってくる事は無いので、野戦任官前の階級に戻る事があるのです。
「戦地昇進」は、下士官位の紹介は、現地の将官には権限が有りましたので、昇進のままになり降格は有りませんでした。