青い髪の女神
今回は女神ネモフィラが主役ですよ?
ブクマしている人には今晩、ネモフィラがあなたの枕元に……?
「小林修輔19歳、軽トラックに轢かれて死亡。ヒキニートよ!」
女神ホイルの報告に歓声が上がる。
「何て素晴らしい日なのでしょう。こうも連続して転生候補の殿方が現れるなんて!」
女神ブルベリが翼をぶるぶる震わせて興奮する気持ちを抑えている。
「では……4号室へ誘導します!」
「えっ!?」
「女神ネモフィラよ、出動しなさい!」
「わ、私が……いいんですか?」
「さっきのぉ、失態を取り返すチャンスなのですよぉー。がんばっ!」
女神レモネードがポンとネモフィラのお尻を叩いた。
「あ、あの……私……頑張ってきます! ありがとうございます!」
ネモフィラは女神ホイルにぺこりと頭を下げて出て行く。
4号室のドアの前で身なりを整える。
そして深呼吸。
転生候補者に対しての礼儀を尽くす。それが仕事の流儀。
ドアを開けると、男が木製の背もたれ付きの椅子に座っていた。
正方形のテーブルを挟んで、入口側の椅子にネモフィラは腰をかける。
19歳という割には頬がこけて老けている印象の男。
丸縁いメガネが左に少し傾いている。
多くの転生候補者がそうであるように、彼も放心状態の様だ。
「小林さん……小林修輔さん、起きてください!」
「――っう! こ、ここは……?」
「小林修輔さん、あなたは軽トラックに轢かれて死んでしまいました。ご愁傷様です」
ネモフィラは毅然とした態度で宣告する。
そして慈悲をもった視線を向ける。
男は死の宣告に動揺しているのか、身体が震えはじめた。
「小林さん……驚かれるのも当然ですよね……事故に遭われたときの記――」
「――なんということだぁぁぁ!!」
「ひっぃぃぃ――!」
男の叫び声に思わず手をぱたぱたさせて慌てるネモフィラ。
「こ、小林さん……ど、どうしましたか?」
怯えた表情でそっと声をかけた。
「えっ!? あ、あなたは……?」
「わわわ、わた、私はぁ……ゴホン!」
女神ネモフィラは椅子から立ち上がり、軽くお辞儀をする。
「私は女――」
「――女神様ですね!? しかも青い髪にポニーテールぅー! もも、もしかして水を浄化したり出来るあの――」
「――ネモフィラです! 私は女神ネモフィラ。そして小林さんの担当女神となりました。確かに私には水を操る能力もありますが本来は花の妖精が進化した女神です! そんなことより小林さん、先程の叫び声はどういう……?」
「ああ、そうだ、思い出したぁぁぁ! ワタシは重要な任務を遂行中だったのに死んでしまったというのかぁぁぁー!!」
「小林さん、小林さん……まず落ち着いてください……えっと――」
ネモフィラは迷っていた。
男の『任務を遂行中』という話を掘り起こすべきか不干渉を決め込むべきかを……
この選択を誤ると巧く話がまとまらずに破綻する場合がある。
ネモフィラは――
「小林さん、その重要な任務とは一体どんな任務なのですか?」
「知り合いの作家が本を出すんですよ! 今日はその発売日だから書店に走って行ったんだ。そしたら久しぶりの外出だったので周りを余り見られずに道を渡ってしまって……」
「それで軽トラックに轢かれてしまったんですね……」
「そう……なんです。こんなことならネット販売で注文すべきだった。でも……地元の本屋で買ったほうが応援になるかなと思って……でも……ワタシ……結局死んでしまった……だめだめですね……本を買えなかった……」
男は嗚咽混じりに泣き始めた。
ネモフィラは『不干渉』スキルを発動することなく成り行きを見守る。
時には相手の気持ちに寄り添うことも大切なこと。
「……小林さん、その思いは相手の方にきっと届いていますよ」
「そんな……ワタシなんかただの1ファンに過ぎませんから……でも……本当に届いていたらうれしいな……彼、小説投稿サイトで共に頑張っていた仲間なんですよ。昨夜も絶対本買うからねって話していたんだけど……」
「そうなんですか……その方の本ってどういう感じの……」
「中世ヨーロッパ風の異世界に迷い込んだ主人公の青年が、悪政に苦しむ農民達と協力して王族に戦いを挑むというファンタジー小説なんですよ」
「へえ-、面白そうですね!」
「そう! 本当に面白いんですよ。物語の中盤では共に戦っていた仲間が王族のスパイであることが分かって……それを暴いた仲間が実ははぐれ魔族だった」
「ええっ? 衝撃の展開ですね!」
「そうなんですよ。そこで三つどもえの戦いが始まると思いきや」
「思いきや?」
「……ネモフィラさん、あなたはいい人……いえ、素敵な女神様です」
「えっ……?」
「死んだ人間の……ワタシなんかの話をこんなによく聞いてくれて……あ、違うか……ワタシが他人との関わりを捨てて引き籠もっていたから……」
「良かったら、その話も聞きますよ?」
「ありがとう、でも……もう終わったことですから……もしネモフィラさんにもっと早く出会っていたらワタシの人生も、もう少しまともなものになっていたかもしれません。しかし……最後にあなたに出会えて良かったよ」
男はそう言って涙混じりの笑顔を向けた。
ネモフィラは、咄嗟に『不干渉』スキルを発動させようとしたが間に合わなかった。
目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
ごめんなさい、ごめんなさい。こんな展開になるなんて作者が一番びっくりしていますっ!