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第8話 竜母エンタープライズ改装計画

 第8話『竜母エンタープライズ改装計画』

 

 

 1941年12月15日

 イグニア帝国/オアフ島

 

 旧米領だったハワイは今や、『イグニア帝国』と称する国家の支配下にあった。現在では『真珠湾』にあった港湾がイグニア帝国海軍の一大根拠地に鞍替えされており、地元での名称は『パウハーバー』と呼ばれていた。湾内には1940年代の景色には不釣り合いな艦艇の姿が多く見られる。帝国海軍太平洋艦隊の旗艦『レガリア』もまた、そんな景色を形作るピースの一つだった。それはいわゆる『戦艦』と呼ばれる艦種で、構造は1900年代初頭の前弩級戦艦を思い起こさせるものだった。13インチ連装主砲2基4門、8インチ連装副砲4基8門を装備しており、艦体を鋼鉄に纏ったそれは、イグニア帝国海軍が誇る次世代戦艦だった。推進機関には『魔力炉』と呼ばれる特殊な機関を採用しており、20ノットの巡航速度を有する。

 そんな『レガリア』と『パウハーバー』を預かるのが、帝国直轄領ルーシア出身のレッド・クイン海軍元帥だった。ルーシア海軍士官学校を主席で卒業し、海軍少尉として軍に入隊してから70年。この老人は過去の世界においても幾多の海戦を経験し、勝利を収めてきた名提督だった。また偉大な魔術師でもあり、その容姿――熱帯地域での軍役が長く、真っ黒に焼けた肌が特徴的だった――から『黒提督』との渾名で呼ばれている。


 「また魚が掛かったのか」

 旗艦『レガリア』の艦橋でクインは呟いた。彼の視線の先には、穴ぼこだらけになって満身創痍な姿の、一隻の航空母艦の姿があった。かつてその艦は『エンタープライズ』と呼ばれており、史実では幸運艦としてその名をよく知られていた。

 「アレは使えるのか?」

 クインは隣に控えていた海軍工廠長のエルザ・ミッケ海軍大佐に訊ねた。栗色の長髪と八重歯が特徴的なエルザは、イグニア帝国海軍に少なからず存在する女軍人の一人である。クイン同様、ルーシア州出身で、海軍技術学校では勉強嫌いという理由から、落第すれすれの成績で卒業している。しかし帝国海軍技工廠でその才能を開花。この旗艦『レガリア』の設計も彼女が担っていた。

 「もっちろんです。お任せ下さい!」

 自信家のエルザはノーとは言わない。物事に全力で立ち向かい、あらゆる問題を解決してきたのだ。しかし万一にも解決出来ない問題が発生した時には、「次の世代に任せよう」などと言い訳を付けて、仕事を後回しにすることもあった。

 「そもそもこの老いぼれにアレが何なのか教えてもらえんかな?」

 「見た所は鋼鉄の下駄船って感じですねぇ」エルザは言った。「ただ詳しく調べてみますと、上甲板の下が大きな格納スペースになっていまして、どうやら船に乗せていたあの″航空機″……だったかと思うんですけど、あれに搭載する爆弾とか弾薬を保管していたみたいなんですよねぇ」

 「航空機……。我が海軍でいうところの、″ワイバーン″やドラゴンに相当するものか」

 イグニア帝国海軍では、三種類の航空兵器を保有している。『ワイバーン』、『ヘルファイアワイバーン』、そして『ドラゴン』である。ワイバーンは下級魔獣の一種で、イグニア帝国陸海軍問わず汎用的に利用される航空兵器だ。ドラゴンの頭、蝙蝠のような翼、鋭利な鍵爪を備えた4脚の手足、そして直撃すれば人間の背骨など簡単に粉砕してしまう尻尾と、強靭な牙を有する。ヘルファイアワイバーンは外見的にはワイバーンと類似しているが、進化の過程で筋肉と骨格が肥大化した個体だ。更に可燃性物質と魔力、点火システムを備えた特殊な器官を体内に備えており、この器官によって『火球』を放出することも出来るし、また火炎放射を行うことも可能である。

 そして最後のドラゴンだが、これはワイバーン種とは全く異なる生物で、イグニア帝国では神聖な存在として知られている。ドラゴンは思念波によって自身が認めた生物と意思疎通すると言われており、またワイバーン種を統率するという不思議な能力を備えている。イグニア帝国陸海軍では、このドラゴンと共生関係を持った――あるいは支配した兵士を『竜騎兵』と呼んだ。竜騎兵はドラゴンを介してワイバーン達を操り、幾多の戦争で活躍した歴史を持つ。故に竜騎兵は″精鋭″や″選ばれし者″、または″天空の騎士″などと称され、尊敬されている。幾千年の歴史においてイグニア帝国が滅亡しなかったのも、この竜騎兵あっての所が多いだろう。

 そんなドラゴンと竜騎兵にも欠点は存在する。まずドラゴンはワイバーン種と異なり、人工的な繁殖が不可能なのだ。竜騎兵になるには古い伝統に則った儀式を経て、まず候補生がパートナーとなるドラゴンを見つけ出す所から始めなければならない。多くの場合、候補生はドラゴンに認められずに殺されるか、あるいは奇跡的に帰還して軽蔑にまみれた後生を送るしか選択肢がない。ドラゴンに認められるのは、ほんの一握り。故に竜騎兵の補填は難しく、イグニア帝国では昔からこの問題の解決策を求めていた。そしてその答えこそが、空母『エンタープライズ』かもしれないのだ。

 「この航空機を開発出来れば、ドラゴン問題の解決に目途がつくかもしれんな」

 クイン元帥は『エンタープライズ』の艦体をまじまじと眺めて言った。

 「そう上手くいけばいいんですけどねぇ」エルザは心配そうに言った。

 「らしくないな、エルザ。こういう技術の塊を見たら、君なら″絶対に複製します″ぐらいの気概で挑むものと思っていたんだが……」

 「えぇ、それは私の中でも決定事項ですよ」エルザは言った。「ただあまりにも技術基盤が違っていますので。それに私がもっと興味を持っているのは、あの軍艦なんです」

 そう言ってエルザは『エンタープライズ』を指した。

 「どうするつもりだ?」

 「まずはワイバーンの攻撃で損傷した部分を修復します。その後、推進機関を研究して、目途が立ったら運用開始です。駄目なら『魔術炉』を換装するしかありませんが」

 「それで、あの艦はどうやって使うべきだと?」クインは訊ねた。

 「私としては、艦内の格納スペースに竜舎を造ってそこにワイバーンを入れますね」エルザは答えた。「そしてドラゴンと竜騎兵も配備して、戦闘海域まであの艦を使って運びます。離陸は上の全通甲板を使って行います。そうすれば、離れた地域にも大量の竜兵力を投入することが出来ますし」

 「なるほど。洋上の飛行場というわけか」

 エルザは頷いた。「正確には、洋上を動く飛行場ですけど」


 

 これまでイグニア帝国海軍では、こういった専用の航空母艦を所有していなかった。元々近海型海軍であったことと、造船技術が立ち遅れていたのが理由だった。しかし今回、空母『エンタープライズ』を鹵獲したことで竜を搭載した母艦――という艦種が新たに成立し、日の目を迎えようとしていた。そしてその栄えある第1番艦は航空母艦ならぬ竜母艦――竜母『エンタープライズ』と名付けられた。


 そしてこの時、その竜母『エンタープライズ』同様に、イグニア帝国海軍籍の旧米海軍空母が一隻、鹵獲されて湾内に係留されていた。空母『レキシントン』である。

 

 

 

 

 

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