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第4話 大本営は踊る

 第4話『大本営は踊る』

 

 

 1941年12月8日

 大日本帝国/広島県

 

 「ふむふむ、そうか……。やれやれ、御上の承諾を得たよ。攻撃は一旦中止する」

 広島県呉市に位置する柱島泊地。そこに鎮座する戦艦『長門』の司令長官室内で、帝国海軍連合艦隊司令長官を務める山本五十六海軍大将は無電の報告を聞き、そう″客人″に向けて告げた。その″客人″――イグニア帝国1等外交特使のアリス・ゼファーソンはホッと胸を撫で下ろして、山本長官の報告を聞いていた。

 「お嬢さん。ハワイに恋人でもいらっしゃるのかい?」

 山本が出し抜けに言ったその言葉に対し、アリスは動揺を隠せない様子だった。

 「青いねぇ~。青春だねぇ~」

 アリスの愛い反応を見て、山本は思わずからかってみる。

 「もうっ……そんなんじゃ――。い、いえ、そういう訳ではありません」

 慌てて態勢を立て直し、努めて事務的な受け答えをするアリス。その内心は定かではないが、自身の責務を果たすことに集中することとなった。「これで戦争は回避されました。我が国は平和を望んでおりますし、これは不幸な事故に他なりません。私の一存では決められませんが、恐らくは皇帝陛下も事態の収束をお喜びになるでしょう」

 「なるほど、貴方も信奉する国と君主をお持ちのようだ」山本は言った。「文化の障害は互いの共通点を見出すことによって徐々に改善される。まずは両国の総意が整った所で、良しとしようかね」

 霞ヶ関各所でこの事態を危惧したり、或いは恐怖を覚える政治家・軍人が多い中で、山本五十六という人物はとても宥和的で豪放な態度を崩さなかった。それは彼にとって、アメリカという国家が未知の国『イグニア帝国』を凌駕するほど畏怖すべき相手であり、恐らく勝ち目のない相手だと認識していたからだ。帝国陸海軍部内には、多くの知米派が居るとともに親独・反米主義の人間も同居していた。そして米国の国力を認めつつも、『日露戦争』の経験から大国との国力差を覆せると考える人間も多く居た。しかしそんな中で山本五十六という男は、日米の国力差をよく理解しており、開戦直後まで対米戦争を反対する考えを持っていた。

 しかしいざ戦争となれば後は何も言っても始まらない。山本は『真珠湾攻撃』の成功と、ハワイに向けて送り出した南雲忠一中将の第一航空艦隊――特に正規空母――が無事に本土へ帰投出来ることを切に願い、時局の推移をこの広島の地で待ち侘びていたところだった。

 1941年12月8日、史実同様に山本五十六以下連合艦隊司令部を備えた旗艦『長門』は、呉の柱島泊地を出撃する筈だった。その目的は先にハワイ真珠湾へ向けて出撃した南雲機動部隊の支援だったが、これは史実とは異なる形ながらも中止されることとなった。同日の1時40分頃、山本の前に突如として現れたのが、件の少女――白髪碧眼に透き通った白い肌、ローブでよくわからないが華奢な体付きをしていた――イグニア帝国の1等外交特使を称するアリス・ゼファーソンだった。

 同日に異なる外交特使と邂逅した東郷外相と同じく、山本も最初はこの謎の少女のことを懐疑的に捉えていた。厳重な監視体制下にある戦艦内部に潜入し、連合艦隊司令長官の下に辿り着いたのもそうだが、その会話内容も非常に荒唐無稽で、信用に足るものではなかった。しかし数分の会談の末、山本もまた東郷と同じように、その人物の言葉を信じ込んでしまう。それははっきりとした山本自身の意思によるものだったが、そこに到達するように意図的に誘導されるのは間違いない事実だった。

 ともあれ、無茶苦茶な話を信じる上で、山本はアメリカとの戦争回避という絶大なメリットを得るに至った。これは彼にとって真に喜ばしいことだった。

 「しかしそうなると、惜しむべきはこの『長門』かな」

 そう出し抜けに言ったのは山本だった。

 「『長門』――この戦艦ですか?」アリスは言った。「非常に大きくて、力強い戦艦ですね。我が帝国の所有するあらゆる軍艦も、彼女には敵わないでしょう」

 「そこまで褒められると、こっちも嬉しくなるよ」山本は言った。「しかしこの『長門』は古い艦でね。恐らく、もう今後の戦争で出番がなくなるんじゃないかと自分は睨んでいてね」

 「何故です?」アリスは訊いた。

 「戦艦を凌駕する存在――航空機が台頭するようになったからさ」山本は答えた。「そしてその航空機を運ぶ空母というのは、足が速くないといけない。鈍足の戦艦は艦隊に着いていけないお荷物だ。おまけにこの『長門』は艦齢が古いときてる。今回の出撃を手向けと選んだんだがね……。どうやらそれも徒労に終わったらしいし、それが残念だね」

 

 そう山本は寂しげに言い、長門の艦体に目を向けた。


 

 1941年12月8日。かくして東郷や山本を始め、大日本帝国の有力者達は米国に代わる新たな国家――『イグニア帝国』の存在と、その帝国が秘めている″魔術″という名の力を目の当たりにする。東郷の予想通り、厳重な警備網を無視して突如出現したイグニア帝国の外交特使達は、霞ヶ関の重鎮達――政治家や軍部に多大な衝撃を与え、その余波は上から下へと伝わり大騒ぎとなった。大本営では陸海軍間での協議が終日に渡って行われたが、複数の方面から異なる意見が飛び交い、収拾の目途は経たなかった。


 結局、陸海軍は『真珠湾攻撃』の一時中止と、南方作戦への注力――という形で同意し、イグニア帝国との国交に関しては後日の緊急御前会議で決着をつける形となった。




 

 その頃、異世界転移の影響を逃れた米海軍の空母達は、そんな事情も露知らずに一路真珠湾を目指して帰投を開始していた――。

 

 

 


 

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