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第2話 もう一つの真珠湾攻撃

 第2話『もう一つの真珠湾攻撃』

 

 

 1941年12月8日

 ????/オアフ島北部?


 大日本帝国海軍の淵田美津雄海軍中佐は、眼前に迫り来る奇怪な生き物の大群を見て、瞠目した。それは見た所、両肩部に巨大な翼を備えており、全身は漆黒や朱銅色の鱗によって包まれている。尻部には、その生き物の身体の半分以上はあるであろう、鋭利に尖った尻尾が揺らめいていた。いわゆる西洋の伝承・神話にて語られている生物――″ドラゴン″を彷彿とさせる風貌だった。それが淵田率いる第一次攻撃隊の前方上空に無数展開しており、徒党を組んで彼らを阻んでいるようだった。

 「一体何が――ぐうぅッ!?」

 淵田が口を開いた次の瞬間、鋭い痛みが彼の頭部を貫いた。今までの人生で経験したことの無いそれは、痛みとともに幻聴を誘発させる特殊なものだったらしい。彼の研ぎ澄まされた耳には、『サレェェェ――ッ……。サレェェェ――ッ……』という奇怪な幻聴が響き渡っていた。その幻聴はまるで老婆が発するような声で、それに蛇の威嚇音が混じっていた。それはとても奇妙で、また変な意味で説得力を持つメッセージのようだった。

 「一体どうします? 総長!」

 淵田が搭乗する九七式艦上攻撃機。尾翼部が赤色塗装された派手な仕様のそれは、操縦手・電信員兼後方旋回機銃手・偵察員(雷爆撃手)の3名で編成される。前方席に操縦手として松崎三男大尉、中央席に偵察員兼空中攻撃部隊指揮官として淵田中佐、そして後方席には電信員の水木徳信一飛曹が搭乗していた。そこで九七式艦攻の風防越しに、怒鳴るように訊いてきたのが、前方席の松崎大尉だった。

 眼前の異様な光景。迫り来る時間。淵田に考え込む時間は残されていなかったが、耳元で響き渡るあの幻聴は鳴り止まず、彼の心を大きく揺さぶっていた。

 「総長ッッ――!!」

 淵田は何かに悩み始めたように頬の内側を噛みながら、少しの間黙り込んだ。そしてその後、決心した。すると次の瞬間には、彼を悩ませていた幻聴は止み、それに代わって松崎の悲鳴にも似た声が風防越しに響き渡っていた。

 「……撤退だ。撤退するぞ、急げ! 尻を上げろ!」

 開口一番、淵田は撤退の意思を告げた。矢継ぎ早に後方席の水木が、電信機器を用いて攻撃部隊に撤退の指示を送る。対米戦争に決意を固め、血気盛んだった各機の隊員達は、その淵田の行動に衝撃を覚えた。しかし命令は命令であるし、また彼らの中にも淵田同様あの″幻聴″に苛まれていた者達――主に機体の意思決定を担う機長達だった――がおり、撤退は以外にもスムーズに運んだ。

 第一次攻撃隊がその翼を翻し、母艦に帰投する。その帰路に着いていた淵田は、自身の帝国海軍におけるキャリアの終焉を確信していた。敵に攻撃を察知された上、尻尾を巻いて逃げ帰っているのだ。自分でも何故そのような行動に至ったのか、不思議でならなかった。彼の本心としては、多少の犠牲も厭わず、強襲攻撃を以て真珠湾撃滅を図りたかった。少なくとも、このようにオアフ島近海まで接近する機会がもう2度と訪れないであろうことは容易に想像し得た。

 「何なんだ……。″アレ″は」

 ふと焦燥に駆られて後ろを振り返ると、あのドラゴン達の姿はもう無かった。既に南に向けて飛び去ったらしい。何故我々を見逃したのか。後退する第一次攻撃隊は奴らにとって恰好の標的といえるだろう。速度の問題なのか、という考えがまず淵田の脳裏に浮かんだ。あのドラゴンは見た目こそ凶悪で、恐怖を覚える存在だが、零式艦上戦闘機を始めとする艦載機には追いつける程、速く飛べないのではないか。優れた動体視力を有する淵田は、敵との邂逅時に両機の相対速度を見極め、それを仮説として打ち立てていた。あのドラゴン達の正体は定かではないが、確実に言えるのは速度でこちらが勝るということだろう。

 そう考えると馬鹿なことをしたものだ、と淵田は一人呟いた。


 

 1941年12月8日

 オアフ島北方近海?

 

 淵田の搭乗する九七式艦上攻撃機は、緩やかな機動を描きながら、航空母艦『赤城』の飛行甲板上に無事着艦することが出来た。同海域は俄かに海波の揺れが高くなっており、南からは巨大で鉛色をした雷雲が迫ってきていた。今や真珠湾、そしてオアフ島の上空はその不気味な暗雲によってすっぽりと包まれており、航空機の侵入を許さない状況にあった。

 「次の役目で俺の軍歴も終わり、か」

 九七式艦攻から勢いよく飛び降りた淵田は、怒号と熱気に支配された『赤城』飛行甲板上でそう呟いた。天候の変異があったとはいえ、撤退の言い訳にはならないだろう。彼はそう覚悟していた。

 「淵田中佐」

 不意に背後から呼び掛けがあり、淵田は反射的に振り返った。そこには第一航空艦隊の司令官であり、『真珠湾攻撃』の前線指揮を統括する男――南雲忠一海軍中将の姿があった。

 「とんだ災難に遭ったようだな……。いや、これからも遭う所だった、か」南雲はオアフ島上空を包み込んだ暗雲を指して言った。

 「覚悟は決めました。降格でも何でも、責任を取るつもりです」

 淵田は神妙な面持ちでそう告げたが、当の南雲は呆気に取られたという様子だった。

 「降格なんてしない。俺は『人殺し多聞丸』じゃないからな」南雲はおどけたように言った。「むしろよくやってくれた、と言うべきだろうな。適切な判断だった」

 そう言われて淵田は瞠目した。「一体どういうことです? 俺は敵前逃亡したも同然なのに、それを″適切な判断″だったというのは……」

 「内地の……連合艦隊司令部から緊急の無電があった。″米真珠湾に対する攻撃中止――本土帰投″」南雲は言った。「内容はそれだけだが、無線封止下の我が艦隊に発信されたものだ。特段緊急性が高く、重大なものに違いない。君が攻撃を中止して撤退してくれたのは、不幸中の幸いというべきだろう」

 『真珠湾攻撃』当時、諸説あるが第一航空艦隊は無線封止を厳重に行っていたという。同機動部隊は米国側に艦隊の動きを捕捉されないよう、一切の無線使用を禁止。艦隊の通信手段としては全て発光信号か手旗信号を用いていた。そしてその徹底ぶりは同機動部隊のみに留まらなかった。帝国海軍は空母の所在を隠すために、わざわざ『赤城』や『飛龍』の電信員を呉や横須賀といった海軍根拠地に残し、国内にいるように見せかけるための偽電を発信していたという話もある。

 そんな無線封止下において、連合艦隊と第一航空艦隊の間では通信網が敷かれ、緊急時には無線電信等を用いて連絡を取り合うことも想定されていた。今回、南雲宛てに発信されたのがそれだった。



 「目の前の″アレ″といい、一体内地で何が起こっているのか……」

 事態の急変を憂慮しながら、淵田は静かに呟いた。





 

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