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第11話 第二次マレー沖海戦(3)

 第11話『第二次マレー沖海戦(3)』

 

 

 1942年1月14日

 英領マレー半島


 三菱『金星43型』星型14気筒エンジンの咆哮が雷鳴のように響き渡って艦橋の窓を揺らすと、零式水上偵察機がぼやけて窓の外を飛び去っていく。それが1機、2機と増え、6機が合流すると扇状に展開して、海上索敵を開始する。

 航空母艦『翔鶴』を先頭とし、空母『瑞鶴』『加賀』『赤城』と続く単縦陣はマレー半島南東沖をひた走っていた。その単縦陣を構築するのは、南雲忠一中将率いる第一航空艦隊と、その護衛を担う南遣艦隊の猛者達だ。

 艦隊の中核は旗艦『赤城』を筆頭として、空母『加賀』を含めた第一航空戦隊。『翔鶴』『瑞鶴』の第五航空戦隊と、『金剛』『比叡』『霧島』『榛名』第三戦隊所属の戦艦4隻が続く計8隻の陣容である。その単縦陣の両翼には軽巡洋艦『阿武隈』を旗艦とする第一水雷戦隊所属の4個駆逐隊、駆逐艦計11隻が布陣し、更に後方に第八戦隊所属の重巡洋艦『利根』『筑摩』が加わる。また小沢治三郎中将率いる南遣艦隊がその後方に展開していた。こちらは旗艦『鳥海』と軽空母『龍驤』を主軸に、重巡洋艦『熊野』『鈴谷』『三隈』『最上』の第七戦隊、そして軽巡洋艦『川内』を旗艦とする第三水雷戦隊所属の3個駆逐隊、駆逐艦計8隻から構成されていた。艦隊の陣容としては、空母5隻、戦艦4隻、重巡7隻、軽巡2隻、駆逐艦19隻となる。

 一方、これに対して英海軍は旗艦『ヴァリアント』を筆頭に、戦艦『リヴェンジ』『ロイヤル・サブリン』『レナウン』の3隻が続く。更に空母『ヴィクトリアス』『ヴィンディクティヴ』『オーダシティ』が続き、その後ろにイギリス・アメリカ・オーストラリア・オランダ4海軍所属の艦艇群――重巡洋艦3隻、軽巡洋艦9隻、駆逐艦31隻が展開していた。


 同日午前4時、マレー沖にて哨戒任務に従事していた伊号第七潜水艦の報告により、英東洋艦隊の存在が確認される。それから30分後には海軍の航空基地から哨戒機が放たれたのだが、これは捕捉失敗する。しかし伊号第七潜水艦から大まかな艦隊の位置を掴んでいた帝国海軍連合艦隊司令部は、マレー作戦の支援輸送船団を一旦避難させると、第一航空艦隊に出撃を下命する。

 辺りはまだ薄暗かったが、夜は次第に明けつつあった。しかしその日は低い雨雲が次第に空を覆い始め、遠方の水平線はまだ見えるとしても、敵艦を肉眼や測距儀で発見することは難しくなっていた。当然、この荒天では哨戒機の運用も難しくなる。

 「嫌な出だしだな」

 空母『赤城』艦橋、双眼鏡を掲げる南雲忠一中将はそう呟いた。

 「それは相手も同じことでしょう」

 南雲の横に立ち、そう言ったのは第一航空艦隊参謀長の草鹿龍之介大佐だった。

 確かに空は荒天に見舞われており、それは敵も同じことであるが、電探――当時両艦隊が配備していたレーダーの性能においては、帝国海軍にとって不利な状態になっていた。

 1942年当時、英海軍は戦艦や駆逐艦等にも対艦船・対空レーダーの配備を行っていたが、帝国海軍は技術や自国の工業基盤の立ち遅れ等から大規模な実用化には至っていなかった。その有用性については理解している人間も多かったのだが、根本的な技術・資源不足がこの結果を招いていたのだ。それも太平洋戦争に突入すると、米海軍の優秀なレーダーを前に、何としてでも配備を進めざるを得なくなった。

 天候は悪くなる一方だった。艦隊上空で直掩していた友軍機は荒天と燃料の関係から去り、いよいよ第一航空艦隊のみで戦うべき時が訪れる。

 最初に敵艦隊を発見したのは、英東洋艦隊の方だった。英艦隊は第一航空艦隊と同様、空母が前方に展開する形となっていた。これは英東洋艦隊側の戦艦が軒並み低速で、足並みが揃わなかったのが起因する。それでも英東洋艦隊司令長官のジョフリー・レイトン大将は、構わず艦隊を前進させて第一次攻撃隊を発艦させた。

 これに時間を同じくして、重巡洋艦『利根』の水偵が英艦隊を捕捉した。天候は徐々に回復しつつあったが、空には今だに鼠色の暗雲が立ちこめていた。

 「やっとか、よし。第一次攻撃隊発艦!」

 南雲の号令一下、第一航空艦隊から第一次攻撃隊が発艦を始めた。

 

 帝国海軍が誇る主力艦上戦闘機――通称『零戦』が、旗艦『赤城』の飛行甲板から勢い良く蹴り出し、宙を舞う。その優れた格闘性能と速力、そして2000km超の航続距離は敵味方問わず認めるものであり、少なくとも、この開戦初期においては向かう所敵なしの戦闘機だった。

 淵田美津雄中佐は九七式艦上攻撃機の機窓から、そんな零戦を後ろから眺めていた。彼は零戦の長所をよく理解する人間の一人だった。

 「出撃しますか、総長」

 そう淵田に語り掛けてきたのは、操縦手の松崎三男大尉だ。後方席の電信員を務める水木徳信一飛曹も沈黙を守りつつ、淵田に合図を送った。

 突風が甲板を吹き抜ける。頭上の雨雲はまだ掛かったままだが、出撃は問題ないように思えた。淵田は飛行帽を被り直すと、勢いよくタラップを駆け上ってコクピットに収まった。甲板作業員がクランク棒を突っ込んでエナーシャを回す。続いて松崎が作業員に下がるよう合図を出すと、次にエナーシャとプロペラ軸を同調させる工程に取り掛かった。作業や機体に問題がなかったらしい。次の瞬間、九七式艦攻のプロペラが小気味良く動き出し、エンジンの駆動音が轟いた。

 やや風が強く、機体が右側に流されている感覚を松崎は感じていた。しかし離陸自体には問題はなく、彼等を乗せた機体はすぐに上空へと飛翔した。

 

 

 ――航空母艦『ヴィクトリアス』

 イラストリアス級航空母艦の第3番艦であり、英海軍初の装甲航空母艦であるこの艦は、45口径11.4cm連装両用砲Mk.IIIを2基ずつ4群に分け、前後のエレベータ両舷にそれぞれ配置している。また副砲として2ポンド ポムポム砲を6基、ボフォース40mm4連装機関砲10基を装備している。艦体の装甲化により防御性能と生存性が向上していたが、格納庫を2層から1層に減らしていたため、同艦の艦載機数は正規空母ながら40機程度だった。

 「英艦隊の空母は3隻のみだ。奴等を倒せば、英海軍は洋上機動戦力を失う」淵田は言った。「報告された位置情報から、この内の一隻『ヴィクトリアス』にもっとも近いのは我々『赤城』飛行隊だ。これは帝国海軍の誉れである。この機を見逃す訳にはいかんぞ!」

 淵田は拳を振り上げ、甲高い声で叫んだ。12月から南方海域にて軍務に従事していた彼だが、実はその軍務――つまり米英海軍潜水艦に対する対潜任務に辟易している所だった。居るか居ないかも分からない潜水艦など相手とするよりも、戦艦と空母を撃破する方がよっぽど良い。淵田はそう考え、南西を指差して第一次攻撃隊の針路を促した。



 


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