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第10話 第二次マレー沖海戦(2)

 第10話『第二次マレー沖海戦(2)』

 

 

 1941年12月28日

 英両マレー半島/マラッカ海峡


 その日、大日本帝国海軍連合艦隊司令部に一つの報が届けられた。報告してきたのは現在、紅海にて哨戒・通商破壊任務中だった帝国海軍の伊号第六十五潜水艦。史実ではジャワ海方面で任務に就いていた艦だが、そこにはある経緯があった。12月中旬、地中海にて任務展開中だったドイツ海軍のUボートが、護衛艦隊を連れた空母『ヴィクトリアス』を捕捉したのだ。その情報は同盟国である日本にも届けられ、帝国海軍はスエズ運河の大西洋側出入り口、即ち紅海に数隻の潜水艦を配備して、その空母破壊と捕捉を計画する。そしてその結果、こうして発見された訳である。

 しかし残念なことに、伊号第六十五潜水艦は空母『ヴィクトリアス』追撃作戦中、護衛の駆逐艦によって捕捉され、対潜攻撃を被ってあえなく撃沈したのだ。連合艦隊司令部では、この空母がマレー半島に向けて進出する可能性を危惧した。12月10日に英東洋艦隊は主力艦2隻を喪失したとはいえ、今だ多くの駆逐艦・巡洋艦・潜水艦を保有しており、またアメリカ極東海軍・オランダ海軍・オーストラリア海軍の存在もあった。更に敵空軍の陸上航空兵力も無視出来なかったため、これらの脅威を考慮した連合艦隊司令部は、空母『赤城』『加賀』の第一航空戦隊をマレー方面に転進することを決定した。空母『翔鶴』『瑞鶴』の第五航空戦隊については、現在ウェーク島攻撃に参加している空母『蒼龍』『飛龍』の第二航空戦隊が帰投した後、第一航空戦隊を追う形で出撃する。

 第一航空戦隊の南方派遣が決定したのは、呉軍港に到着した12月24日のことだった。第六十五潜水艦が撃沈されたのが27日の正午頃で、空母『ヴィクトリアス』はまずセイロン島にて補給を受けるため、トリンコマリー軍港に寄港することとなった。

 12月28日。シンガポール軍港では英海軍の駆逐艦『サネット』とオーストラリア海軍の駆逐艦『ヴァンパイア』、そして米海軍軽巡洋艦『ボイシ』が出港していた。空母『ヴィクトリアス』進出の報を受け、帝国海軍の潜水艦部隊が慌ただしく活動し始めたのが原因だった。帝国海軍は敵空母がシンガポールを経由して、マレー方面を支援する『南遣艦隊』や輸送船団を攻撃されることを恐れており、敵機動部隊の針路の一つとなるであろうマラッカ・シンガポール海峡に潜水艦部隊に展開し、通商破壊任務を継続していた。これに対し、英東洋艦隊は米豪海軍と共同して対潜・哨戒作戦を開始するのだった。

 

 

 1942年1月12日

 大日本帝国/広島県

 

 年が明けた1942年1月12日。南方方面に展開していた各艦隊所属の潜水艦は、12月上旬から開始した通商路破壊作戦の中でも最大の損失を出していた。この頃、南方方面にはスエズ運河を通過した英海軍の増派艦隊が到着しており、既に駐留していた連合国海軍艦隊――ABDA連合艦隊と協同して対潜・船団護衛任務に従事していたのだ。これまで圧倒的優位に立っていた帝国海軍連合艦隊としては、これは由々しき事態だった。連合艦隊司令長官の山本五十六大将は、すぐさま連合艦隊司令部の幕僚達を招集、状況把握と分析、そして今後の方針決定を定めるための軍事会議を開いたのである。同会議は連合艦隊旗艦『長門』にて開かれた。

 「この戦争はまだまだ終わらない」

 山本はそう話しながら帽を取り、長机の上に置いた。「我々はこれまで、十分な程に軍務を果たしたし、今後も果たす。しかしながら、開戦したばかりだというのに、この損失は見過ごせないものだ。陛下から賜った艦と皇民を多大に失う訳にはいかん」

 彼は周囲の提督達に顔を向け、ひとりひとりの目を見ながら思った。これは敗北ではない。彼らの表情は戦意の昂りに紅潮し、冷静ながらも鼻息荒い。むしろ勝利と言ってもいい。誰もがその瞳に闘志を沸々と燃やしていた。

 「宇垣参謀長。状況説明を」

 「はッ!」

 山本の振りに堪えて、宇垣纒中将はさっと立ち上がった。

 「本日0600時、英領セイロン島トリンコマリーから総数40隻を超す大艦隊の出撃が確認された。そして同時に、英軍が大規模な軍団を、コロンボ軍港に集結させているという情報も入っている。港内には輸送船団の存在が確認されていることから、恐らく、英軍はマレー半島及びフィリピン/バターン半島にて展開中の陸軍に対して、反撃を仕掛けるものと想定される。今回の艦隊出撃も、おそらくその洋上支援――もっといえば制空・制海権の奪取を目指してのことだと思われる」

 一同を視線で制しながら、宇垣は続けた。「そして、その艦隊の陣容は戦艦4、空母3、巡洋艦10、駆逐艦31隻」

 今回出撃したのは英海軍の空母・戦艦群を主力とした、ABDA連合艦隊だった。1941年12月の開戦当時には、『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』頼みだったことを考えると、大幅な増強といえるだろう。もっとも、その主力たる戦艦・空母は大体が旧式艦なのだが……。

 「マレーの攻略が迫る今、奴らをシンガポールに到達させてはならない」山本は言った。「そこで我々連合艦隊もここで打って出る。南雲中将の第一航空艦隊は既にマレー半島北東に展開済みで、明日にもマラッカ海峡に到着する見込みだ。南雲機動部隊、潜水艦部隊、そして基地航空隊の直掩を受けて英東洋艦隊に引導を渡す」

 「敵空軍はどうでしょうか? 掩護に入られると厄介ですが」

 そう訊ねたのは、連合艦隊司令部付きの参謀の一人だった。

 「航空兵力ではこちらが勝っている。また軍用機の機体性能でもこちらが上だというのは、諸君らも承知しているものと思う。そこまで気にする必要がない、というのが私の意見だ」

 宇垣は淡々と答えた。

 「南方の天気は移ろい易い」そう言ったのは、連合艦隊主席参謀の黒島亀人大佐だった。山本は、他の参謀とは違う観点から意見を述べるこの男を重用して、戦死するまでの4年間手元に置いていたという。「私はそれが心配です。一航艦は空母が4隻、相手は3隻とあれば勝利も必然と思うかもしれませんが、天候が悪化した航空機が使えなくなる。そうなれば空母はただの鉄の棺桶になりますし、相手には戦艦が3隻もいるわけですからね」

 「こちらにも戦艦はいる」

 「金剛型は老齢艦です。火力的にも足りない部分がある」

 宇垣の答えに対し、黒島はただちに反論を突き付けた。

 「それは……それはいざ実戦にならねば、分からないことだろう」

 「実戦よりも前に検証しておけば、役立つこともあります」



 2人の問答はなおも続いたが、結局その日は山本の「機動部隊指揮官(南雲)に任せよう」という一言で締めくくられることになった。


 

 

 

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