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第1話 米国消失

 第1話『米国消失』

 

 

 

 1941年12月8日

 大日本帝国/東京府

 

 夜も更け切った帝都東京。国家の中枢たる霞ヶ関の一角に鎮座する外務省内では、戦争前の″奇妙な予兆″に官僚達の注目が集まっていた。先日まで繋がっていた筈の対米通信チャンネルの悉くが、0時丁度にピタリと止み、それ以来音信不通の状況に陥っていた。オフィスに重く、そして不気味な静寂が訪れる。その一方で、彼らはこの事態を重く受け止めていた。何しろ同日、大日本帝国は米国という巨人を相手に、戦争を仕掛けるいた状況に至っていたからである。引き返すことの許されないそんな状況下において、今まで想定し得なかった事態に突入したという事実は、無視出来ないものだった。

 「一体何があった?」

 そんなオフィスに一人の男が到着する。その男は紺のトレンチコートに中折れ帽という出で立ちで、丸眼鏡を掛けていた。その男が姿を現すと同時に、静寂に包まれていた室内が俄かに揺らいだ。職員達は慌てて起立し、眼前に佇む人物の次の言動を見守った。

 「誰も言わんのか? 何があったんだ?」

 その男――第65代外務大臣の東郷茂徳は、語気を強めて言った。沈黙は時間の無駄だ、早く事態の要点を述べろというのがその時の本音だった。が、平時では考えられない職場の異様な空気を感じ取った東郷は、その言葉を胸にしまって場が落ち着くのを待つことにした。

 「先程、繋がっていた筈の米国からの通信が途絶えまして……」数分後、外務省職員の一人が恐る恐る口を開いて、事実を告げた。

 「それだけか?」

 「いえ、米国との全ての通信が途絶えました」東郷の問いに職員は答えた。「何故かは不明です。何かの不具合か、若しくは……」

 「皆まで言うな。良いな?」

 東郷は声を押し殺すように言った。

 「これ以上状況を悪化させるのは不味い。もしこんな事態が軍部に知れたら、上から下まで大騒ぎになる」東郷は更に続けて言った。「まずは不具合の可能性を全て検証し、精査する。軍部に報告するのはそれからだ。これは決定事項だ、すぐに次の行動に移すぞ、分かったな?」

 

 東郷はそう念を押して言った。しかしこの時、大日本帝国のみならず世界の国々――連合国陣営から枢軸陣営、そして中立国ですら米国との通信網が途絶えており、各国の外交・諜報・報道機関がこの事実に動揺していた。世界の命運を握る巨大国家アメリカの不在――その事実に対し、各々が各々の主張を行い、この事態の対応に迫られていた。


 

 1941年12月8日

 太平洋/オアフ島近海


 午前1時30分。本土では外務省の他、帝国海軍の連合艦隊司令部や軍令部も事態の緊急性について協議を進めていたその頃。ハワイ/オアフ島の北方近海には、大日本帝国海軍が誇る空母機動部隊の面々が、その艦影を連ねていた。南雲忠一中将指揮下の一航艦――航空母艦『赤城』を筆頭に『加賀』、『蒼龍』、『飛龍』、『翔鶴』、『瑞鶴』を基幹とする空母群。その作戦目標はオアフ島南沿岸部に存在する米海軍太平洋艦隊根拠地――『真珠湾』攻撃にあった。

 1941年末。米国との外交交渉を断念し、対米開戦を決断した大日本帝国は、開戦劈頭に東南アジア諸国への侵攻とともに、開戦における懸念事項の一つである米海軍の撃滅を計画する。これがハワイオアフ島に位置する米海軍根拠地『真珠湾』に対し、航空機による奇襲攻撃を敢行。米海軍主力に痛撃を与え、当面の間、米海軍の西太平洋進出を阻害するというものだった。

 史実では1941年12月8日、これが『真珠湾攻撃』という形で一応の成功を収めることとなった。米戦艦8隻が沈没、各地飛行場に損害を与え、帝国海軍側の被害は軽微だった。しかし一方で、攻撃目標だった米空母の姿は湾内にはなく、沈没した戦艦8隻もうち6隻が引き上げられて戦役復帰。更には米海軍艦隊の進出を阻害する上で外せなかったであろう攻撃目標――給油艦や重油タンクといった補給設備は無事であり、この奇襲攻撃が残したのは厭戦世論の強かった米国人の対日姿勢への大幅なシフトだった。

 閑話休題。そんな史実の『真珠湾攻撃』が今、この瞬間にも実行されようとしていた。南雲中将率いる第一航空艦隊から、第一次攻撃隊が出撃。陣容は艦戦43機、艦爆51機、艦攻89機という大航空部隊で、その攻撃隊総指揮を担っていたのが、淵田美津雄海軍中佐だった。淵田中佐は攻撃部隊総指揮官であり、赤城飛行長、第一航空艦隊司令部の艦隊幕僚事務補佐も兼任していた。

 優れた統率力、戦術眼を持ち、上司・同僚・部下いずれからも尊敬と信頼を集めていた淵田だが、この日彼は一抹の不安を覚えていた。訓練に抜かりはなく、作戦も万全は期した筈――なのだが、彼にはある不吉な″予兆″がその脳裏を過っていた。言葉では言い表せないそれは、オアフ島のシルエットがハッキリと映っていく内に現実のものとなった。

 

 

 「ありゃ何だ……?」

 淵田はぽつりと呟いた。

 同日3時19分。現地時刻では7時49分。雲間の隙間からオアフ島北端カフク岬を眼下に捉え、指揮下の空中攻撃部隊に『ト連送(突撃開始)』を打電しようとした淵田は、俄かにその手を止めた。そして眼前に迫る異様な光景に瞠目した。


 ドラゴン――まるで西洋の伝記から抜け出てきたかのような異形の生き物が、その巨大な翼を羽ばたかせながら、淵田率いる第一次攻撃隊に迫っていたのだ。


 ――そしてその総数は、一目では計り知れないものだった。

 


 

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