第9章 マギを探せ
【章の主役】シャロン・タバナー
【作者前書き】シャロンは苦労人気質です。
新人なのに、まだ見ぬ失踪者の捜索指令を与えられ右往左往します。
鋭い人(よく読んでいる人?)はキッシンジャー課長の家族がすでに登場していることに気づいているはずです。
シャロン・タバナーは弁当持参派だ。
新社会人の一人暮らしで貯金も少ないので、節約のためにと毎日弁当を作っている。
できれば年に3回は旅行に行きたい(推理小説以外に旅行も趣味だ)ので普段は倹約に努める。
天気が良かったので初めて職場近くの公園まで出向いてベンチで昼食をとっている。
しかし、今の気分はこの天気とは打って変ってどんよりしている。
短い新人研修を終えて部署配属となったが、いきなり難題を押し付けられたからだ。
剣帝課のロウ課長は、新人の自分をあの剣帝マギの主任担当に任命したのだ。
しかもまだ見ぬ剣帝は突然の失踪をとげており、その捜索から始めなくてはならないというおまけ付きだ。
課長いわく、剣帝課のフロアに足を踏み入れて瞬間に出会ったゾンビ(バラクロフ氏)はマギ以外にもさらに2人の剣帝を担当しており、彼の行方捜査でオーバーワークになってしまったそうだ。
午前中は課長から剣帝課とマギについての基本的な説明を受けるにとどまり、午後はバラクロフ氏から本格的に仕事を引き継ぐ運びとなった。
「おや、タバナー君。」
ふと自分の前に横幅が広く髪が薄い中年男性が立っている。
その人は本来自分の上司になる予定だった≪百家課≫のキッシンジャー課長だ。
「あ、どうも」
自分は比較的愛想がいい方だと思っていたのだが、気分が重くて気のない返事しかできない。
「元気ないね。≪第四課≫はそんなに大変なのかい。」
この人からすれば横から急に新人をさらわれた形なのだから気になるのだろう。
「まあ、剣帝マギの担当にされるぐらいには大変でした。」
正直に事実を述べる。あまりにそのままなので皮肉にも自虐にもなっていない。
マギのプロフィールを外部に漏らさないようにとだけ注意されたが、自分が担当になったことは特に秘密ではない。
「ああ、あの少年ねえ。」
マギが少年だと知っている!?世間では女性だという噂が立っているのに。
自分はロウ課長からマギの素性を聞かされたときにずいぶん驚いたものだ。
しかも“あの少年”と言った。つまりマギに会ったことがあるのか。
「マギと面識があるんですか?」
つい身を乗り出してしまい、危うく膝の上の弁当をこぼしそうになる。
「いや、私が会ったのはマギの代理人という少年なんだが、それが普通の少年でないというかなんというか。むしろ彼がマギ本人なんじゃないかという印象を受けたよ。」
マギが代理人を名乗って≪百家課≫のキッシンジャー課長に面会したということか。
マギ自身が百家に連なる人間なので、あり得なくもないが。
「オールストン家の序列考査を停止して、前年と同じ位階に据え置くように剣帝として圧力をかけてきたんだ。本来なら序列40位前後まで落ちるところを10位のままにさせられたよ。今回限りということで、こちらが折れるしかなくて本当に大変だった。」
オールストン家というのは確か剣帝マギが誕生するきっかけになった家だ。
魔王の襲撃で大きな被害を出したと聞くので、大幅な戦力減で序列後退するところを、わざわざ干渉してきたのか。
マギはどういうつもりなのだろうか。彼とオールストン家の間にどんな関係があるか自分ははまだ知らない。
これから聞くことになる内容だと思うが、彼の人となりと失踪の理由を知る手掛かりにはなるだろう。
「あの、課長から見て彼はどんな人物ですか?」
すこし興味が出てくる。≪剣帝課≫以外の人の視点からマギの評価を聞いてみたい。
「う~ん。鋭い刃物みたいな感じだったな。」
え!?
「目つきが鋭くて傍若無人で唯我独尊。あの歳にしてはずいぶん修羅場をくぐっているようだったな。なにせ魔王を殺してしまうぐらいだしね。ここだけの話、剣帝なんてみんなそんな感じだよ。」
聞かなければよかった。
胃が重くなり食欲が失せる。弁当はまだちょっと残っているが、このまま残そうか。
昼休みもあと10分そこそこだ。課長にお礼を言って職場に戻る。
午後の始業時間になるとバラクロフ氏が仮眠室から出てきた。
ゾンビにしか見えなかったその姿は“廃人”程度にはマシになっていた。
ロウ課長が自分と彼を引き合わせると、廃人の顔に気持ち悪い笑みが浮かんだ。
辛そうな顔がほほ笑むとこんなにも怖いものかと驚く。
さっそく引き継ぎに移る。
「はじめまして、新人のシャロン・タバナーです。よろしくお願いします。」
「ああ、よく来たな。早くマギを引き取ってくれ。」
なんだか投げやりな対応だ。そんなにマギの担当が嫌なのか。
「本当ならここは心臓に毛が生えたようなベテランしか配属されないんだが、俺みたいなノミの心臓が来たのは絶対に間違いだ。転属願が4年連続無視されているとかあり得ない。お前みたいな小娘がやっていける部署じゃないが、まあ結構見れた顔だしマギにはおあつらえ向きかもな。」
愚痴が始まる。おまけに小娘だの見れた顔だの言われた。この人はかなり口が悪いようだ。
「あの、私がマギにおあつらえ向きってどういうことですか。」
怒りを抑え(若干抑えきれていなかったが)、気になることだけ質問する。
「ああ、あれはひどい曲者だ。見た目は大人しそうで常識人かと思ったがとんでもない。女ったらしのド畜生のクソガキだ。剣帝会議でも世話焼かせるし、突然蒸発しやがって、おかげでえらい苦労だ。見つけたらすぐに籠絡しておけ。」
≪剣帝課≫の最大の役目は剣帝のご機嫌取りだとロウ課長が言っていた。
それなのにこんなボロクソに言って大丈夫なのか。
しかも籠絡しろとかどれだけ本気なのか。
セクハラもいいところだが結構本気なのだろうか。なんか嫌だな。
「あの、マギって私より大分年下みたいですけど。」
「ああ、問題ないだろ。顔さえよければストライクゾーンは広そうだから。なにせ年下クール美人に大人しそうな同い年、ツルペタ幼女にセクシーな姉ちゃんまで囲ったハーレム野郎だからな。」
「なんですかそれ。」
「あいつ聖剣を4人も抱えているのは知ってるか。それが美女軍団でマギにゾッコンなんだよ。」
マギが四刀流使いという噂は数少ない真実の1つだとロウ課長から聞いていた。
だがハーレムを作っているとは初耳だった。
「でもなあ、女4人は捨てられたみてえだからだめなのかねえ。いや、置手紙を女全員と家族と剣帝課に残していった上に8月には帰るって書いてたんだから捨てられたわけじゃないのか。似たような手紙を6通書くとか筆マメな男はもてるのかねえ。」
置手紙の話も初めて聞いた。
しかも8月に帰るとは、わざわざ探さなくてもいいのではないかという気がしてくる。
「今、探さなくていいとか思ったろ。そうはいかねえよ。剣帝の動向を逐次把握するのは重要だし、いろいろ問題があるんだよ。」
顔に出てしまったか。どうもマギを探すのは避けられないようだ。
「その置手紙見せてもらえますか。」
「おう、それから失踪3日後までは行方を追えたんだ。そのレポートもくれてやる。」