第7章 魔術か魔法か疑似魔法か
【章の主役】ヴィータ・ブリッジス
【作者前書き】再びヴィータが主役に。
リンクスがトラブルに首を突っ込んでしまいます。
魔術体系の説明とリンクスの力の一端が見られます。
「絶対≪語学・純文学≫は取らないぞ。」
リンクス・シェフィールドは決意を口にした。
2次限目にあった≪語学・純文学≫の講義によって彼の意外な一面が明らかになった。
もっともヴィータにとって、彼とは出会って3時間そこそこの間柄なので意外な一面が大量に出てくるのは当然だ。
しかし彼は調律師一種免許というそれなりの難関資格を取得しており、柄収めの手際も素晴らしかった。
そのため座学の成績も当然良いであろうという印象があった。
残念なことに彼は教師の名指しの質問に対して珍回答を返してクラスの失笑を買った。
新学期最初の履修確定前の講義ということもあり、かなり易しい問題だったのだが、それに正しく答えられなかった時点で彼の頭があまり良くないのは明らかだった。
「もともと文系って苦手なんだけど、前の学校と進み方が違いすぎるんだよな。」
憂鬱な表情なのに目が笑っている、この不思議な少年にはまだいろんな顔がありそうな気がする。
「とりあえず飯にしようか。履修決めを手伝ってくれるお礼におごるよ。」
どうもさっきから彼の口調が砕けてきているように思う。
どうも馴れ馴れしい人間は苦手だ。
だが普段から食費を節約している自分にとってこれは嬉しい申し出だ。
「あら、いいの?ケーキぐらいつけてもらうわよ。」
「お、ここの学食ってデザート類があるの?俺もなんか頼もう。」
どうも彼は甘党男子のようだ。
昼時の学食は相変わらず込み合っているが、今日は土曜ということもあって普段よりは座席の空きが目立つ。
ヴィータの持つトレイには、魚定食のサラダスープセットとチーズケーキが載っている。
1060コリーという普段の倍以上の食費は、本当にリンクスがおごってくれた。
当のリンクスもクリームペンネとバケットに加えて、コーヒーとシフォンケーキまで載せている。
彼が景色のいいところで食べたいと言うので、いままで座ったことのない窓際の席に向かって移動していると、突如荒々しい声が響く。
「誰の許可得てそこ座ってんだこのアマ。そこは俺様の席だぞコラ。」
このチンピラのようなドスの利いた声は聞きおぼえがある。
嫌な人たちに出くわしてしまったようだ。
絡んでいる2人の男子は4年生の剣士レックス・ベントリーとその魔剣ガイ・ハーギン。
実力は学校全体でもトップ5に入るが、素行の悪さは断トツのトップという風紀委員が最重要監視対象にしている2人組だ。
絡まれているのは女子が2人。おそらく新1年生だろう。
彼女たちはなぜ自分たちの身に何が起きているのか分からず、完全に委縮してしまっている。
「おら、どけよ。そこは予約席なんだよ。もっとも、俺たちの膝の上なら座ってもいいけどなあ。はははははは。」
下卑た笑い声が耳に障る。
しかし、この人たちは風紀委員でも手がつけられない乱暴者で、ヴィータもエリザベス先輩と組んでいたときに模擬戦で当たったことがあるが、完敗している。
「あれ?『席取りはしないで下さい』って張り紙あるけど?」
いつのまにかリンクスが彼らのすぐ後ろで柱に貼られた注意書きを聞えよがしに読んでいる。
まずい。早くこの場を収めないと大変なことになる。
「ちょっと、よしなさいリンクス・シェフィールド。」
小声で止めに入るが、彼らの意識は完全にリンクスに向いている。
「ンだてめえは。見ねえ顔だな1年坊主か。」
「いや、2年の転校生だけど。」
「なんだその口の利き方は。先輩への敬意ってもんを教えてやった方がいいようだな。」
「え?先輩だったんだ。精神年齢的にはインターンの中等生かと思った。」
なに火に油注いでんのよ!これはマズ過ぎる!
ヴィータの後ろでは風紀委員を呼べとか聞こえている。
「ざけんなクソガキが!」
ベントリーのつり目がさらに険しくなり、蹴りがリンクスに直撃する。
リンクスの持っていたトレイが宙を舞い、彼の昼食がベントリーにぶちまけられる。
ベントリーはクリームペンネを頭からかぶり、服にはコーヒーがシミを作る。
食堂は一気にあわただしくなり、学生の何割かが食堂から逃げ出していく。
「てめえ…レックスに何してくれやがんだ。」
この事態に、後ろに控えていたハーギンが前に出てくる。
「いや、いきなり蹴り入れてくる方が悪いよね?自業自得だろっ…て!俺の昼飯どうしてくれんの!?」
ベントリーの蹴りを食らったリンクスは2メートルほど後ろに跳んだものの何事もなかったように平然としており、むしろ昼食を失ったことにうろたえていた。
「ガイ、焼き入れんぞ。」
ベントリーがハーギンに手を差し出す。
するとハーギンが魔剣化してベントリーの手に収まる。
ハーギンは大剣<クレイモア>の魔剣だ。
その破壊力は学内でも1、2を争う。
こちらも魔剣化して対抗すべきか。しかしそうすると激突は避けられない。
かといってこの人たちに冷静な話し合いは通用しない。
体育館以外の屋内で魔剣化すること自体がすでに校則違反だ。
そのとき、リンクスが指輪をした左手でこちらに向かって制止するようなジェスチャーを送ってくる。
この状況を収めようというのか。
しかし状況はとてもどうにかなりそうには見えない。
「まあまあ、ここは先輩の余裕を見せてくださいよ。今なら昼飯代の弁償で許してあげますから。」
火災現場に爆薬を投げ込まないで!その人たち本当にやばいんだから!
「ざけんな!いっぺん死んでこい!」
クレイモアの魔剣を振りかぶるベントリー。そこから全力でリンクスに向かって振りおろそうとする。
が、途中で腕が止まる。
天井から伸びたイバラが彼の手首に絡みついてその動きを抑え込んでいる。
「なんだこりゃ!」
ベントリーが顔を見上げて驚愕する。いや、この場にいる誰もが同じ思いだった。
こんなことはあり得ない。魔術であろうはずはない。
魔力というエネルギーでもって、物理法則の枠内で世界に干渉する“魔術”にこんなことは実現不可能だ。
魔術は質量保存の法則に縛られるので、無から有を生み出したり、物質の性質や重量を変化させることはできない。
そんなことができるとすれば、それは世界の法則を超越する“魔法”の領域だ。
そして、それを限定的に実現しているのが疑似魔法だ。
魔術でありながら人間を剣に変化させるなどという魔法レベルの御業を疑似的に再現しているから“疑似魔法”という。
しかし、天井から植物を生やして魔剣を絡め取るなどという疑似魔法は聞いたことがない。
よってこの現象は消去法で…。
「てめえ、魔法保有者<マジックホルダー>か!」
ベントリーも同じ結論に達したようだ。
「そうですよ。だから無駄な抵抗は止めて魔剣を収めてくださいよ。」
涼しい顔で武装解除を要求するリンクス。
よく見ると左手にカードのようなものを持っている。
それ自体から魔力を感知できるところから、おそらく“魔装”だろう。
魔装――――“魔術工具霊装”とは魔術を込めた武具のことで、魔剣と比べれば大幅に効用が落ちるものの様々な魔術を簡便に使える便利な道具だ。
あれがこの不可解な状況を生み出しているのか。
しかし、彼は自身を魔法保有者だと言った。
魔装を使う魔法なのか。あるいはブラフだろうか。
そもそも魔法保有者は絶対数が少ない。世界中でおよそ100人、学生に限れば5人ぐらいしかいないはずだ。
やはりブラフか。
そのときベントリーがとった行動もリンクスの発言をブラフととらえたことを示唆していた。
魔剣が膨大な魔力を発する。真銘解放の準備に入ったのだ。