第6章 剣帝課の新人
【章の主役】シャロン・タバナー
【作者前書き】同じ時間軸ながらも突如場所が変わり、こちらは剣帝マギの動向を追う話になります。
リンクスとヴィータの学園生活をAサイド、シャロンたち剣帝課の調査活動をBサイドとして話が進みます。
「いやあ、急に配属先が変更になってすまないね。でも条件に合う新人が君しかいなくて人事部に無理を通してもらうしかなかったんだよ。本当に申し訳ない。」
「いえ、驚きましたけど大丈夫です。ただ、どうして私に白羽の矢が立ったのでしょうか。」
中年男性と若い女性が廊下を歩きながら話をしている。
ダンディで渋いルックスの男性は≪大陸連邦政府直轄 特殊技能管理局 魔剣師統制部 第四課≫の課長を務めるロウ。
初々しさがあるものの落ち着いて凛とした雰囲気の女性は、本日付で同部署に配属されることになった新人職員のシャロン・タバナーだった。
シャロンは人事研修を終えて他の新人とともに各部署に配属されることになった。
しかし当初≪第三課≫に配属されると聞かされていたのが、急に変更になったのだ。
どうもその原因は目の前のロウ課長にあるらしい。
人事部までシャロンを迎えに来たロウ課長とは、1分前に初めて会ったばかりだが、お互い初対面にありがちなぎこちなさは見られない。
シャロンにとってこの素敵なおじさま風の上司は非常に印象が良かった。
ともすれば、自分の好きな推理小説に出てくる名探偵の雰囲気すらある。
≪第三課≫のキッシンジャー課長は小太りの禿げたおっさんだったので、課長だけ見ればこの配属変更はプラス要素だと言える。
「急に人手が必要な事態になってしまってね、その新しい業務を担当させられそうな新人がいないか人事部に問い合わせたらシャロン君しかいないということになったんだよ。」
光栄な話だとは思う。
まだアルバイト以外の経験はないが、自分は仕事ができる女になりたいと思うし、実際大きな仕事がしてみたい。
新人に新業務をさせるということはチャレンジでありチャンスだ。
しかしどんな内容かは想像ができない。
第四課の業務内容は人事部の資料でも1行しか記載がなく、口頭での補足説明もなかったからだ。
「ところで、」
課長が続ける。
「シャロン君は第四課が何をするところで、今どんな状況か知っているかな。」
そもそも≪大陸連邦政府≫はこの大陸におけるほぼすべての国が加盟する巨大政治機構だ。
今年、自分はその政府職員すなわち公務員として就職をした。
≪特殊技能管理局≫はそのなかでも魔術や魔法およびその関連技術を適切に管理することを目的としている。
≪魔剣師統制部≫はその名の通り魔剣師たちを統制する部署だ。
民間戦力である魔剣師たちを秩序づけ、世の中の役に立つようにコントロールするという役目がある。
そこには4つの課が存在する。
≪第1課≫――――通称≪資格技能課≫。
各地の魔剣師育成機関(すなわち学校)に強い影響力を持ち、魔剣師の資格・技能などのランク考査を行う。
≪第2課≫――――通称≪危機管理課≫。
ストレンジ対策が主な業務で、ときには魔剣師を招集して大規模な掃討作戦を依頼することもあるため、かなりハードな部署だと聞く。
≪第3課≫――――通称≪百家課≫。
魔剣師の中でも特に有力な100の家にかかわる部署で、本来自分はここに配属されるはずだった。
そして≪第4課≫はというと。
「いえ、人事部の資料には具体的なことが書いていなかったもので。ただ、その、“剣帝”に関する仕事だとしか。」
ふと、扉の前で課長が足を止める。
そこには≪第4課≫の札がかかっている。
「ようこそ通称≪剣帝課≫へ。歓迎するよ。」
そう言ったロウ課長の表情は、どこか憐れみが混じっているような気がした。
ドアを開けると死体があった。
その手には書類が握られている。
ロウ課長がおもむろに書類を手に取り一瞥すると死体に語りかける。
「やあバラクロフ君、相変わらず仕事が早いね。4時間の休みをあげるからここじゃなくて仮眠室で思う存分昼寝していいよ。」
すると死体が「ど~も~」とおどろおどろしい声をあげて立ち上がり、夢遊病のようにふらふらと部屋の奥に向かい歩きだした。
どんなブラック部署だ。
蒼い顔をしてその光景を眺めていると、
「びっくりさせてすまないね。普段の彼はあそこまでひどくないから。さあ、こっちへ座って。さっそくだけど仕事の引き継ぎをさせてもらうよ。」
課長が打ち合わせ机の側に立って手招きする。
あんなゾンビと一緒に仕事をするのはごめんだ。
いや、自分も近い将来あんなになるのではと恐怖する。
「あの、この課はそんなに忙しい部署なのですか。」
「いやいや、残業時間は平均すると少なめだよ。今はたまたま忙しいだけだから安心して。」
たまたま忙しい、急に人手が必要になった、新しい業務を任せたい、自分しか条件に合わない、一瞬自分を憐れむような表情を見せた、そしてここは≪剣帝課≫である。
推理小説愛好家の自分であれば、これだけ手掛かりがあれば予想はつく。
「先月話題になった新しい剣帝と関係があるんですね。」
「そう、話が早いね。助かるよ。シャロン君は“マギ”についてどんなことを知っている?」
課長が嬉しそうに聞いてくる。
マギについては20年ぶりに誕生した剣帝ということもあって、それなりに世間の話題をさらっている。
様々な噂が飛び交っているが、それらを総合すると…
「大したことは。ただ、長身で顔に傷がある二重人格の金髪美女で、女の子が大好きだけど人間嫌いで、四刀流の天才剣士で魔法使いでもあるとしか。」
巷の噂を総合するとつまりそういうことだ。
おそらくこの課長には、女性が大好きな人格破綻者の剣帝マギに対する生贄のような役割を期待されているのだろう。
剣帝が10人も力を合わせれば世界制服すら容易と言われるほど、その実力が圧倒的とはいえ、いくらなんでもひどすぎる。
生贄もゾンビも御免だ。仕事辞めようかな。
「30点。」
ん?なにか低い点数言われた気がする。
「マギ自身が世間に偽情報を流していたから不正確な噂しか広まっていないのが実情だよ。ただ、真実とまじりあって本人の意図しない方向に歪曲されてしまった部分もあるな。」
「どういうことですか?」
本人がデマを広めたと?なんのために?
「マギは自身に関する情報を世間に公表することを拒否したんだ。もちろん僕はマギと直に会ったし、プロフィールも正確に把握しているけどね。」
確かに具体的なことは何も明らかにされていない。
名前も年齢も分からないのに噂が独り歩きしている感がある。
「で、ここからが本題だけれども。」
ロウ課長は困ったような顔をする。
「肝心のマギが8日前に突然失踪してしまってね。つまり行方不明なんだよ。」