第5章 パートナーとカリキュラム
【章の主役】リンクス・シェフィールド
【作者前書き】主人公が初めて主役の章になります。
何やら秘密の多い人物ですが、そこが徐々に明らかになっていきます。
読者の方は彼の秘密にすぐ気づくでしょうが、その行動原理は少し推測が難しいと思います。
リンクス・シェフィールドにとってパートナー選びの条件として、その能力は二の次のつもりだった。
そもそも転校した目的を考えると強力な魔剣と組む必要はなく、むしろ面白い人物か否かがすべてと言える。
このリンストン高等魔剣師学院は、以前通っていたイリーノ魔剣師養成学校よりも教育機関としてのランクが上で、最底辺の魔剣でもそれなり程度の実力があるだろうと期待していた。
しかし実際は期待はずれもいいところで、自分がいかにパートナーに恵まれていたか思い知らされた。
たしかに能力の優劣などはどうでもいいのだが、優秀であればあるほど良いに越したことはない。
もはや性格的な相性だけ考慮して、それ以外は大幅に妥協しようかと思い始めた矢先、別の女子と目があった。
気が強そうだがどこか寂しげで、物思いにふけっているような表情の少女が妙に気になった。
自己紹介のときにちらっと顔を見たような気がするので、おそらくクラスメイトだろう。
ためしに魔力の質を感じとってみると、この場にいるなかでは圧倒的に優れた魔剣であることに気づいた。
もっともこのとき自分が無自覚に微笑んでしまっていたことには気付けなかったが。
彼女しかいない。
そう思い彼女にアプローチをかけてみた。
やや上から目線で了承の返答をされたが、同時に自責の念にとらわれて混乱しているような印象を受けた。
嬉しかったのに恥ずかしさのあまり反発してしまい後悔しているといったところか。
どうして彼女はこんな不器用で面白いのかと、ますます気になる。
さっそく彼女と柄収めをしてみることにした。
名前は知らないが、教頭でない方の先生は調律師のようだ。
しかし、教頭先生はともかく、彼女に自分の魔術演算領域を見せたくはないので、他の生徒を見てほしいと言い訳して丁重にお断りする。
ヴィータ・ブリッジスと名乗った魔剣の少女の魔術演算領域を解析してみると、刃の疑似魔法が見たこともない不思議な進化をしていた。
優秀な彼女が場違いにもこんなところでスペアに甘んじているのはそれが原因だろうか。
だとすれば自分は彼女にとって最適なパートナー足りえるかもしれない。
とりあえず柄収めの作業を優先する。
自分の師匠<アトリエ・マイスター>でもある母親ならば、こんな単純作業は20秒で仕上げるところだ。
まあ、あの人は超がつくほどの天才調律師なので今はまだ負けておくことにする。
さっそく、新しいパートナーに魔力を供給して魔剣の姿をお披露目してもらう。
その刀身は黒かった。
短い片刃の剣で峰の部分は深い凹凸が付いている。
ソードブレイカーに分類される短剣だった。
「へえ~。カッコイーじゃないか。」
素直な気持ちを口にしたのだが、
「か、格好良いだなんてどういう趣味してんのよ?」
なぜかキレられた。
どうも彼女は予想外のことを言われると照れ隠しで口調がきつくなるらしい。
そのあたりは自分の元婚約者候補に似ている気がしなくもないが、こちらはコンプレックスが強い傾向があるようだ。
疑似魔法だけでなく、魔剣の形状にも劣等感を持っているのだろう。
しかし、パスを繋いだことで確証が持てたのだが、彼女は驚くほど優秀な魔剣だ。
おそらく才能については自分のこれまでのパートナーと比べても遜色がないだろう。
軽く魔剣を振り回す。
少しバランスが特殊なようで癖があり、短い刀身の割に扱いにくそうな気がする。
だがこの程度のことは自分にとって何の問題にもならない。
「すごく良いよ。最高だ。気に入った。俺のパートナーはもう君以外考えられないのだけれど、どうか俺とパートナーを組んでいただけますか?」
試しに彼女を褒め殺してみる。
「わ、わかったわよ!組むわよ!だからそういう言い方をやめなさい!」
やはり怒っているというより慌てている感が強い。
彼女の扱い方が分かってきた。思ったより刺激的な学生生活を送れそうだ。
その後、さっそく剣技の練習をしたかったのだが、アヴィエル教頭に履修を今日中に決めるように指示されたので、ヴィータとともにカフェテリアに移動した。
転校生でカリキュラムをろくに知らない自分のために、新パートナーであるヴィータがサポートしてくれることになったのだ。
適当な席を見つけると斜めに向かい合うように座る。
単純に向かい合うと緊張感を与えてしまううえに、1冊のカリキュラムブックを一緒に見るのに都合が悪いからだ。
「改めまして、リンクス・シェンフィールドだ。これからよろしく頼むよ。」
少し砕けた口調を意識する。そもそもパートナーに対して他人行儀な言葉づかいなどしたくない。
「ヴィータ・ブリッジスよ。まあ、こちらこそよろしく。」
やや歯切れの悪いが無難な返答が返ってくる。
緊張と戸惑いが表情からも見て取れる。
誘い方が唐突で強引過ぎただろうか。
なら、ここらへんで一気に親交を深めてみよう。
よく見るとずいぶんきれいな子だ。容姿を褒められて悪い気がする女の子はいないだろう。
しかしナンパみたいなセリフを口にしてもこの子には逆効果な気がする。慎重に言葉を選ぼうとした時…
「ねえ、あんたの顔、どっかで見たことあるような気がするんだけれど。」
「まさかの逆ナン!?」
ナンパがどうのと考えていたところへナンパの常套句を言われたせいで、思考がぶっ飛ぶ。
「そ、そ、そ、そんなわけないでしょ!ただ本当にあんたとどっかで会ったことあるような気がするのよ!どこでだか思い出せないけど!」
ヴィータが顔を真っ赤にして抗議する。
しかし、俺は彼女の顔にも名前にも覚えがない。
「いや、俺は記憶にないな。君みたいな美人は一度あったら忘れないと思うんだけど。」
なんだかナンパみたいなセリフが出てしまった。
「えっ、ちょっ、ふざけないでにょっ!。」
噛んだ。動揺しまくってる。あんまりそういうことを言われた経験がないようだ。
「まあ、たぶん初対面だよ。ひょっとしたら去年の夏の学校対抗剣技大会で俺のこと見かけたんじゃないかな?」
「え、あ、そういえばメディがあんたのこと大会出場選手だって言っていた気が…」
メディというのは彼女の友達だろうか。とりあえず彼女の既視感の原因はこれで確定だろう。
「それより、早速で悪いんだけど履修登録の相談に乗ってくれないかな。積もる話はまたあとでゆっくりしよう。」
「そうね、早く決めないと取りたい講義が埋まってしまうかもしれないし。」
新学期の第一週が終わろうという時に転校してきたツケを払うことは緊急の課題だという共通認識に至る。
2年生からは選択科目が大幅に増えたとのことで、仮決めするだけで1時間以上かかってしまった。
とりあえず、必修科目の≪魔剣師概説≫と≪魔術理論≫は時間も指定されているので考えなくてよかった。
同じく必修の≪剣術実技≫は少し特殊で、パートナーと一緒に出ることが前提なのだが、クラスや学年が違うパートナーもいるため、週32コマの中から4コマを選択する形式だ。
そのなかでも実力ごとに5つのクラスに分けられるのだが、履修登録が遅くなると定員オーバーで希望通りの時間を選べない可能性があるらしい。
そのあたりは午後に教務課に行って確認するしかない。
選択必修は一般教養系だと≪語学・純文学≫、≪政治・経済≫、≪地理・歴史≫、≪物理・化学≫、≪生物・医学≫、≪数学・幾何学≫の中から3つ選ぶ。
屋内実習系は≪戦術論≫、≪魔術工学≫、≪特殊魔術≫から2つ以上を選ぶ。
実技系も≪フィールドワーク・サバイバル≫、≪限定戦闘術≫、≪剣術実技(追加枠)≫から1つ以上を選ぶ。
おまけに自由科目も履修可能で、カリキュラムブックをざっと読む限りは≪調律師免許取得講座≫や≪心理学・交渉術≫などが目についた。
これだけの教科の内容と講師の評判、ヴィータの履修内容を聞くだけでも一苦労だった。
もう少し時間をかけて決めたいところだったが、2限目はヴィータが≪語学・純文学≫に出席するため一旦お預けになってしまう。
とりあえず自分もその講義に出てみて、午後に改めて相談に乗ってもらうことになった。