第4章 柄収め
【章の主役】ヴィータ・ブリッジス
【作者前書き】章が長いので2分割しました。
メインヒロインが2章連続で主役です。
転校生の主人公とパートナーになり、彼女の運命は大きく変わっていいます。
土曜日の1限目が空き時間なのは幸いだった。
剣士と魔剣のマッチングは特別授業扱いなのだが、今回は通常の授業枠に行う。
そのため公欠扱いとはいえ、新学期最初の週の授業を休まなくて済むのはうれしい。
第二体育館には一足先にリンクス・シェフィールドがクラスメイトの女子1名と一緒に来ていた。
なにやらすでに親しげな様子だが、自分が名前をきちんと覚えていないということはあまり優秀な生徒ではないはずだ。
友人は選ぶべきと考えている自分にとっては、あまり感心できない。
彼には人を見る目が無いのではないかと不安になる。
そもそもこの時点でパートナーがいないのは、能力のない劣等生か、人格に問題があるか、自分のように突発的にパートナーを失うか、のいずれかだ。
だから転校という行為はあまりにリスクが大きく、勇気がいることなのだ。
人が集まってきた。2~4年生の<エンプティ>が8名と<スペア>が9名か。
リンクス・シェフィールドがきょろきょろと周囲を見回しているのが目に付く。
ふと、彼と目が合う。
彼は一瞬驚いたような顔をした後、満面の笑みをこちらに向けてくるではないか。
いったい何なのか。怪訝な表情をしてしまう。
間もなく1限目が始まろうかというころ、2人の女性がやってくる。
若い方は調律師(魔術のメンテナンスを行う資格者)のワイマン先生、もう1人は意外なことに教頭のアヴィエル先生だった。
授業は受け持たず、教頭なのに生徒の前に姿を見せることが少ないアヴィエル女史が出てきたことに少し驚く。
校舎の方から始業のチャイムが聞こえてくるとアヴィエル教頭が話し出す。
「それでは特別授業、マッチングを開始します。皆さんはこの中から互いのパートナーとなる魔剣、ならびに剣士を選んでいただきます。」
気のせいかもしれないが、アヴィエル教頭の声が緊張しているようにも聞こえる。
立場上1人でもあぶれ者を減らしたい気持ちがあるのだろうが、鉄面皮というイメージがある女史にしては珍しい。
「1人ずつ自分の特性と相手への要望を発表してもらいたいと思いますが、だれか、すでに目当てがいる場合はこの場で申し出てください。」
そんな相手がいれば自分はここにいない。
強いて言うならリンクス・シェフィールドを狙っているが、彼の実力は未知数。
しかもなにやら自分にとって苦手なタイプの気がする。
「はい、よろしいですか。」
リンクス・シェフィールドが明るい声で発言し、全員が彼を見る。
教頭に至ってはびくっとしたように見えた。
「は、はいシェフィールドさん。どうなされました?」
なぜ上ずる?なぜ敬語?どうも教頭の様子がおかしい。
「パートナーの希望ができたんですけど、聞いてもらえるんですよね?」
すると、彼はすたすたと歩き出し、自分の前まで来る。
「きみ、俺と同じクラスだよね?名前教えてくれる?」
え?私?彼はさっきまで他のクラスメイトと談笑していたのに、どうしてこうなった?
彼が、どうしたの?という表情を見せる。
後ろではクールキャラのはずのアヴィエル教頭がなぜかほっとしたようなしぐさをしていて普段と様子が違う。
一方、優しくて生徒に人気のワイマン先生はさきほどからずっとニコニコしていて、こちらは平常運転だ。
「えっと、ヴィータ・ブリッジスよ。なに?私とパートナーを組みたいというの?」
動揺のあまり少し強気な声が出てしまった。
事実上、まともな選択肢がない自分にとって、多少リスクがあってでも特待生のパートナーを確保したいところなのに、これでは印象が悪くなってしまうのではないか。
「うん、君を見たとき一目で気に入ったんだ。いきなりで申し訳ないけど、どうか俺のパートナーになってくれないかな。」
なんだこのくだらない恋愛劇の告白シーンみたいなセリフは。
妙に気恥かしくなる。
そういえば、自分は男の子の剣士と組んだことがないという事実に気付く。
「ま、まあ、私を選んだ目の高さに免じて組んであげるわよ。」
まずい、こんな上から目線な発言はさすがに失敗だ。
せっかく今日は朝から脳内シミュレーションをしていたのに台無しだ。
「よかった、ありがとう。これからよろしく頼むよ。」
気にしていないのか、それとも外面がいいだけか。
とにかくパートナーを得られることになりそうなので結果オーライだ。
そこへワイマン先生が近づいてくる。
「良かったですねブリッジスさん。素敵な告白で。それに、えっと、シェフィールドさん。」
告白とか言うな。
「じゃあさっそく、柄収めをしましょうか。」
そう、新しいパートナーを組むときには、手始めに“柄収め”という作業が必要になる。
これは剣士が魔剣に魔力を供給するパスを構築するものだ。
剣士が“鞘の疑似魔法”で大量の魔力を生みだし、魔剣の“刃の疑似魔法”に受け渡す。
それが魔剣師の基本的な役割分担だ。
しかし、剣士側にはそれぞれの魔剣に合わせた“柄の疑似魔法”を用意する必要がある。
これが柄収めであり、これを行わないと剣士リンクス・シェフィールドは魔剣ヴィータ・ブリッジスに魔力を供給できない。
それを行うために調律士資格を持っているワイマン先生が来ているのだ。
「あ、俺自分でやります。俺の魔術演算領域はフルカスタム仕様だから他人にいじらせたくないんで。」
この発言は度肝を抜かれた。疑似魔法は魔術演算領域という精神の一部に魔術回路を刻むことで使用可能になる。
これには専門知識が必要で、それを行う調律師には資格制度もある。
無資格だと相手の了承があっても他人の魔術演算領域に干渉することは犯罪行為になるほど繊細な作業なのだ。
「え、でも、それは…」
ワイマン先生がうろたえる。
「あ、一種免は持ってるんで大丈夫ですよ。先生は他の人を見てあげてください。」
「私は二種免を…」
この一種免、二種免というのは調律師の資格区分のこと、免許であり営業許可証だ。
一種免だと通常の調律師の業務を行うことができるが、魔術工房<アトリエ>に所属してその業務の一環としてでないと報酬を受け取ることは許されない。
二種免だと魔術工房<アトリエ>の開業や他の調律師の指導もできるうえ、この資格を持っていることは実力の証しであり社会的な信用すら得られる。
一種も二種も腕前はピンからキリまでいるが、学生のうちに一種免を取得できる者はほんの2%ほど(この学校の1学年200人の中で毎年4人前後)とも言われていて、二種に至っては学生が取得した例は過去にも数例しかないという。
調律師は志望者自体あまり多くないとはいえ、一種免を2年生のうちに取得済みとはかなり優秀なのではないか。
「じゃあ楽にして。利き腕を前に出して領域を解放して。」
もう始める気か。まあ始めないと先に進めないのだが。
ワイマン先生だけでなくそのほか全員がかたずをのんで見守っている。
常駐魔術を発動させないようにして彼の行為を受け入れる準備をする。
彼が両手で私の右腕を丁寧に持ち上げて地面に水平に固定する。
そういえば衆人環視で男子に腕を触りまくられるとかどんな羞恥プレイよ。
そんな状況をまるで気にも留めない彼は目を閉じて魔術を行使させる。
彼から魔力光が発散され、自分の魔術演算領域が読み取られたのは感じた。
柄収めだけなら魔剣の魔術演算領域に対しては参照しかしない(柄の疑似魔法を刻むのは魔剣師に対してだけだ)。
彼が魔術を止めて目を開けるまで30秒とかからなかった。
「はやい…」
ワイマン先生が感想を漏らす。
自分自身、過去に何度かパートナーを代えた際に柄収めを経験しているが、たぶんこれまでで最速かそれに近いぐらいの速さで完了した。
柄収めの作業は、刃の疑似魔法を読み取り、魔力を受容する個所を見つけて、柄の疑似魔法のひな型をそれに最適化する形で剣士の魔術演算領域に刻むという工程を経る。
難度はそれほど高くないらしいが、経験によって速度と仕上がり(魔力の伝達効率)に差が出るらしく、速度に関していえば彼は先生と同レベルでやってのけたのだ。
「じゃあ早速魔剣の姿を披露してくれるかい?行くよ。」
この数日補充していなかった魔力がパスを通じて彼から注ぎ込まれる。
あっという間に魔力が満ちて溢れそうになる。
剣士と魔剣の間には精神的にも一定程度のパスができるのだが、それすらも情報量が多いように感じる。
彼の求めに応じて、魔剣の姿に変化する。せめてその姿を嫌われないようにと願いながら。