第3章 4月8日の転校生
【章の主役】ヴィータ・ブリッジス
【作者前書き】彼女がメインヒロインです(今後サブヒロインが大量に出てきますが)。
魔王に因縁があり、パートナーのエリザベスまで失って(死んでませんが)失意の底です。
そこへ転校生が現れて彼女の運命は大きく変わっていきます。
ちゅんちゅん。
鳥の鳴き声が聞こえる。
眼を開けるとまず天井が見えた。
数日前まで帰省していた実家の天井ではなく、リンストン高等魔剣師学院の学生寮のものだ。
横を向きカーテンの方を見ると外が明るいのがわかる。
上体を起こして時計を確認するとまだ6時を少し過ぎたところで、いつもの起床時間より少し早い。
だが、こんな時間に眼が覚めてしまった以上、二度寝をする気もない。
新2年生となったヴィータ・ブリッジスはパートナーを持たない魔剣<スペア>だ。
そんな自分にとって今日、4月8日はタイムリミットなのだ。
今日中に新しい剣士をパートナーにしないと校内模擬戦にエントリーできなくなる。
奨学金が無ければこの学校に通うことができない苦学生の自分にとって、それは死活問題だ。
奨学生は、奨学金申請をして入試と入学後の試験で一定の成績を収めることで学費の後払いが認められる。
首席で卒業すれば返済義務が無くなり、それに近い成績なら返済額が大幅に減免される。
昨年は優秀なパートナーを得て、成績も学年トップ3に入ったが、校内模擬戦考査に出場すらできなければ、将来は奨学金返済でブリッジス家の再興どころではなくなってしまう。
ベッドから起き上がり、ふと隣にある高級感あふれるベッドに目をやる。
そこには本来、昨年度の秋からパートナーを組んでいた1学年上の先輩剣士、エリザベス・オールストンが寝ているはずだった。
しかし、1月前に彼女の実家が魔王の襲撃を受け、20名近い死者を出したという。
エリザベス先輩は一命を取り留めたそうだが、当主の父親を失い、今は彼女が当主の座を継いで家の建て直しに奔走しているという。
そういう事情もあってパートナーは休学届を出し、自分はパートナーがいない魔剣<スペア>となってしまった。
むろん新しいパートナーを探せばいいのだが、ヴィータは自分がいかに扱いにくい魔剣であるかを自覚している。
まず、魔剣としての姿は刀身が短くリーチがないのでそれだけでも倦厭されがちだ。
おまけに疑似魔法が特殊で癖があるため、控え目に表現しても玄人好みなのだ。
それでも同学年で3本の指に入るほどの魔剣であるが故にプライドが高い。
そのため自分より格下に使われることが我慢できず、適当なパートナーを良しとしない。
そんな自分にとってエリザベス先輩はかなり好条件のパートナーだった。
当時2年生の中でも1、2を争う凄腕剣士であり、これまで組んだ魔剣はすべてリーチが平均以下(それは彼女の好みらしい)、そして自分の特殊な魔術を完璧に使いこなす技量の高さがあった。
自分以上のプライドの高さと金遣いの荒さは目に余った(ちなみにあの高級ベッドは彼女が自費で部屋の備品と取り換えたものだ)。
しかし、決して悪い人ではなくむしろ公明正大で、性格的な相性は我慢できるレベルだった。
あの人は自分と正反対なところが多かったが、共通点もまた多かったように思う。
またひとつ共通点が増えた矢先にパートナー解消になったのは非常に残念だ。
あれほどの剣士と組むチャンスはもう今年中にはめぐってこないだろう。
2年生以上の主だった剣士は、全員が相応の魔剣と組んでおり、自分と代わりに組んでくれる者はいない。
この数日は1年生を当たってみたが、目ぼしい剣士には皆断られてしまった。
もはやパートナーがいない余りモノの剣士<エンプティ>と暫定パートナーを組んでみるしかないだろう。
憂鬱な気持ちで着替えを始めた。
「ねえねえ、ヴィっちゃん聞いた?」
突然後ろから声をかけられて身体がびくっとなる。
2年D組の教室で席についてパートナーへの誘い文句を考えていたため、少し驚いてしまったのだ。
基本的に成績が平均以下の人間とは会話をしたがらないヴィータにとって、ここまでフレンドリーに話しかけてくる者もは少なく、それを彼女が許している者はさらに少ない。
「メディ、その呼び名は好きじゃないんだけれど。それと最新のゴシップなら聞いていないわ。」
話しかけてきた明るい雰囲気の少女メディ・キッシンジャーに向かって身体ごと振り返る。
彼女はヴィータのクラスメイトにして自分と同格の魔剣、そして校内一の噂好きな新聞部員でもある。
「ヴィっちゃんに良いニュースともっと良いニュースがあります。とりあえず良いニュースから発表するね。」
相変わらず人の話を聞かない上に図々しくて変な子だ。
しかし、彼女はおせっかいが過ぎるものの善良な人柄だ。
自分の余裕のない状況を知ったうえで無駄なおしゃべりをしに来るほど、他人の迷惑を考えないような正確ではない。
「今日、このクラスに転校生が来るって。名前はリンクス・シェフィールド。」
「転校生?この時期に?」
そもそもパートナーが重要になる魔剣師にとって転校自体が珍しい。
だが、新学期初日ではなくその数日後というのは例外中の例外ではないか。
しかし、それのどこがいいニュースなのだか。
全く興味をそそられない。
「もっと良いニュースはその子が剣士で特待生だということ。」
これには興味をそそられた。
そもそも転校生に関するニュースを2つに分割することに意味があったとも思えないが、黙っていることにする。
なにせこのクラスメイトはライバルである自分に相応のパートナーをあてがおうとしてくれているのだ。
「特待生ってことは、なにか特別な実績でもあるの?」
さらに疑問を口にする。
特待生ならば実力は折り紙つきだろうが、その条件は学則でもあえて曖昧にされているので、当たり外れがありそうな気がする。
学則の内容をおぼろげに思い出す。
一、過去に目覚ましい実績を挙げ、かつ学院長と理事会が承認した場合に特待生に指定される。
二、特待生は面接を除く入学・編入試験ならびに学費全額を免除される。
三、特待生はその指定理由にふさわしい成績を残せなかった場合、その指定を解除、もしくは放校、その他の処分を受ける。
要点はそんなところだったか。
「去年の夏の大会での実績があるから、今年はうちの代表に選ばれるかもね。」
去年の大会か。当時1年生だった自分は補欠に入るのがやっとで、実際には参戦できなかった。
今年はぜひ正メンバーに入りたいところだ。
「詳しいプロフィールはまだ調査中なんだけど、転校生君は魔法…」
ガラガラガラ――――教室の扉が開き、担任のテニエル先生が入ってくる。
やや頭の薄くなった温厚そうな顔つきの教師が教壇の前につくころには、49人の生徒全員が席につく。
席は自由制なのでメディは自分の隣に座り、口をつぐむ。
口数が多すぎる子だが、TPOをわきまえて即座に無口になれるところは好感が持てる。
「みなさん、ホームルームを始めます。まず突然ですが転校生を紹介します。さあ、入っていらっしゃい。」
クラスが一瞬騒がしくなる。やはり転校というのは珍しいので、当然と言えば当然だが。
教室に入ってきたのは、いかにも卸したての真新しい制服に身を包んだ男子生徒だった。
背はあまり高くなく、体の線も細い。
剣士よりも魔剣向きの体格ではなかろうか。
男子にしてはやや長い濃紺色の髪は、前髪を垂らして瞳だけを避けるように分けている。
髪と同じ濃紺の瞳と、細面な顔はどこかで見覚えがあるような…。
「はじめまして。剣士のリンクス・シェフィールドです。前の学校ではリンクとかリン君と呼ばれていたので、気軽にそう呼んでもらえるとうれしいです。手続きの遅れで1週間遅れの編入となりましたが、今日からよろしくお願いします。」
なんとも爽やかな自己紹介だが、いきなりあだ名を言ってくるようなフランクな人種は少し苦手だ。
よく見ると左手の中指に指輪などしていて、あまり好ましくない。
「はい、ありがとう。席は好きなところに座って構わないですからね。」
テニエル先生が転校生に着席を促す。
彼は一番前の空いた席にさっと座る。その際、隣の女子に軽く会釈しているのが見えた。
「つぎにお知らせです。校内模擬戦のエントリー締め切りは今日の午後7時です。まだエントリーしていない人がいるようなので、ぜひとも全員参加するようにしてください。それから、シェフィールド君を含めてまだパートナーがいない人は、今日の1限に第二体育館でマッチングを行ってもらいます。絶対に遅れないようにお願いします。」
先生の視線がこちらを向いた。
担任するクラスの奨学生がスペアなんて先生としても何とかしたいはずだ。
隣の席のメディが小声で「グッドラック」などと囁きかけてくる。