第26章 ダブルリーチ
【章の主役】リンクス・シェフィールド
【作者前書き】剣技考査のリーグは3勝すれば勝ち抜け、3敗すれば負け抜けです。
2勝して勝ち抜けにリーチがかかったのに、2敗目を喫して負け抜けにもリーチがかかってしまいます。
白い刃が目の前をかすめる。
前後左右小刻みに、ときには大きく動く独特の歩法が、相手の剣筋を鈍らせる。
その剣は目標を見失い、勢い余って地面へと振り下ろされてしまう。
一瞬止まった腕に黒い刃が打ち込まれるが、赤い魔力光がほとばしり肉体的ダメージを軽減する。
しかし“堅護の呪布”でも衝撃までは殺しきれず、その手に握られた魔剣はガチャンと音を立てて土の上に取り落とされてしまう。
「ヒット・アンド・ドロップ。2ポイント。10対3。勝者シェフィールド/ブリッジス組。」
腕への一撃と、魔剣の取り落としで、それぞれ1ポイント、計2ポイントが加算される。
10ポイントに到達したため勝者が決定したのだ。
得点板に試合結果が表示される。
『エントリーNo203 エントリーNo296
ケイネス・コープ(2年A組) リンクス・シェフィールド(2年D組)
ジェニス・ダンヴィーリー(2年A組) ヴィータ・ブリッジス(2年D組)
3【LOSE】 10【WIN】
試合時間 13分21秒 』
「これで2連勝だから初日突破にリーチがかかったわけだな。」
第2試合、第3試合を白星で飾って2勝1敗となったため、あと1勝で1次リーグを突破できる算段だ。
「油断しないでよね。ここ2試合は相手が弱かっただけなんだから。ていうかあんなのに13分もかけた上に3ポイントも取られるのはちょっと問題よ。」
ヴィータは試合内容に不満があるらしく、勝ったのに突っかかって来る。
「そうは言われてもな。1年前の俺なら3ポイントしか取れずに負けていたような相手だったぞ。」
「えっ、どういうこと?」
「まあ、なんだ、剣技が酷すぎて去年この学校の入学試験に落ちた俺としては、ずいぶん成長したなってこと。」
「はあ!?どういうこと!?」
「だ~か~ら~、俺は必至こいて剣の腕を磨いている最中で、最近ようやくこの学校のレベルについてこれるようになったてこと。」
ヴィータはあんぐりと口を開けて酷い顔をしている。
せっかく可愛い顔をしているのに、もったいないことこの上ない。
「でも、イリーノじゃこの先の成長が見込めなさそうなんで転校してきたわけさ。今日も魔術を自制して、剣しか使わないでいるのは腕を磨くためなんだよ。」
「…いざとなったら魔術は使ってくれるんでしょうね。」
「うん、いいよ。俺としてもいっぱい試合したいから、リーグ敗退の危機には切り札の解禁も厭わないよ。」
その言葉にヴィータもようやく平静を取り戻したようだ。
しかし、ヴィータの中には新たな疑問が沸いていた。
リンクスの剣技はこの学校では平均的な水準に達している。
ならば、なぜ去年は入学できなかったのか。
たった1年でそこまで剣が上達した理由は何なのかという疑問が。
第4試合からは試合の消化ペースが上がっていた。
先の3試合で全勝した者が勝ち抜けに、全敗した者は負け抜けとなったため、60組ほどが本日の試合を終えていたからだ。
そしてリンクス/ヴィータ組の勝ち抜けがかかった第4試合が始まろうとしていた。
相手は3年生のペアで、ヴィータいわく強さはそこそこだそうだ。
そこそこの強さながらヴィータが彼らのことをよく覚えていた理由は、その魔剣の特徴にあった。
スピア―――すなわち槍の魔剣だったのだ。
そもそも“魔剣”とは、刃の疑似魔法を植え付けられ、人から武器の姿に変身できる、魔剣師の中でも剣士と対になる存在だ。
刃の疑似魔法によってどんな武器になるかは、魔術回路の移植後に初めて判る。
ほとんどの場合は剣の姿となるが、1割ほどは剣以外の武器になるといわれている。
よって“魔剣”という表現は実は正確ではない。
だから槍の魔剣も少ないながら珍しくはない。
が、少数派であるために印象に残りやすい道理ではある。
「試合始め!」
相手選手が一気に間合いを詰めてくる。
しかし、槍のリーチ長さを生かしてリンクスの2メートル以内には踏み込んでこない。
スピアは槍の中でも穂先が小さく軽量で小回りが利く。
凄まじい連続突きが襲いかかって来る。
一方のこちらはソードブレイカーだ。
盾代わりに使う短剣の一種で、刃渡りは50センチほどしか無い。
それでも魔剣師誕生以前からある本来のモノと比べると長いのだが、ここに魔剣としての問題点がある。
もともとソードブレイカーは峰の凹凸に相手の剣をかませて折ることを目的とした武器だ。
だが、魔剣は折ることができない。
厳密に言うと折ることはできなくもないが、よほどの実力差があって、なおかつへし折ろうとした時にできるかもしれないという程度だ。
学生の剣技考査ごときでは事故でも折れはしないし、実戦でも魔剣が折れたなどという例はまず聞かない。
よって、そこには純然たるリーチの差しかない。
リンクスは驚異的な反応速度で全ての攻撃を見きり、逸らしたり避けたりするが、攻勢に転じることができないでいた。
そこへ更なる追撃が来た。
槍の穂先から光の刃が突き出てさらにリーチが長くなったのだ。
突然の変化に対応しきれす、光の刃はリンクスの右腕をかすめる。
実質的なダメージはなかったものの、当たり判定を受けて1ポイントを取られる。
そこでリンクスは攻撃に打って出る。
相手の突きを大きく横に避けたのち、一気に間合いを詰める。
槍はリーチの長さと引き換えに、間合いに入られると対応できなくなるという欠点がある。
槍の柄を打ち払って相手に1メートルまで接近するが、ここで槍の穂先がリンクスから離れていく。
否、柄の持ち手側がリンクスに近づいたというのが正しかった。
持ち手側からも光の刃が出現してリンクスの胸元に迫ってきた。
なんとか自身の魔剣で受け止めるが、今度は突如として光の刃が消滅する。
が、光刃が再出現してリンクスの胴を薙ぎ払う。
リンクスはその衝撃に吹き飛ばされながらも相手の腕に一撃食らわせることに成功する。
「両者ヒット。2対1。」
審判が得点を告げる。
試合が終了した。
9対10でリンクス/ヴィータ組は敗れて通算2勝2敗、最後の第5試合に望みをつなぐことになった。
1次リーグ敗退と2次リーグ進出のダブルリーチとなったのだ。