第22章 社交界の華
【章の主役】エリザベス・オールストン
【作者前書き】オールストン家の当主となったエリザベスは家の立て直しのために、とあるパーティーに出席します。そこで2人の人物と初対面を果たします。
「いやはや、若くてお美しい当主様だ。」
「どうぞお困りのときには、わたくしどもをお頼りください。」
「本当にご苦労が多いこととは存じますが、オールストン家もまだまだ安泰そうでなによりです。」
300人以上の着飾った紳士淑女がフォーマルな装いに身を包み、社交辞令や商談に華を咲かせている。
このセレブな雰囲気のパーティーの中心にエリザベス・オールストンがいた。
新当主のお披露目は対外的にはされておらず、告知だけで済ましていたため、今夜が彼女の本当の意味での当主デビューであった。
いままでも、前当主の父ブレンダンに連れられて、このような社交の場に数え切れないほど顔を出してきた。
見目麗しい彼女は、このような華やかな場所で一身に注目を浴びる快感に酔いしれるタイプだった。
特に今日は挨拶に来る人の列が途切れる事は無く、顔と名を十分に売ることができたので、すでに目的を達成できたと言えよう。
そんなことを考えていると、順番待ちをしていたと思しき1人の女性がエリザベスに近寄ってくる。
「ようやくお会いできました、エリザベスさま。わたくし『月刊ワイズマン』編集長のソフィー・キッシンジャーと申します。」
「雑誌社の方ですか。もしかしてオールストン家への取材申し込みでしょうか?百家の特集記事でも書かれるご予定が?」
『月刊ワイズマン』は魔剣師関連の最新情報を多く扱う知識集団<シンクタンク>気取りのゴシップ誌だ。
発行部数はそれなりに多く、ストレンジの攻略方法から最新式魔装のトレンド紹介など、タメになる記事はある。
一方で女性魔剣師のグラビアや、とある百家当主のスキャンダル記事など、俗っぽい内容も多い。
そのため、上流階級のお嬢様でもあるエリザベスにとっては、それほど好感度の高い雑誌ではない。
「17歳の若き当主の奮闘物語、というのもなかなか魅力的ですが、別に企画している特集記事の件で、ぜひエリザベス様にお伺いしたいことがございまして、少しばかりお時間を頂戴できないかと。」
なんだかこの女性とはどこかで会ったことがあるような気がする。
いや、学校の後輩にこんな感じの女子がいた覚えがある。
たしかメディ・キッシンジャーだったか。間違いなく親子だろう。
「他にも大勢の方がわたくしを待っておりますので、2分だけなら。」
あまり深くかかわりたくないが邪険にするわけにもいかないので、時間を区切って追い返すのが適当だろう。
「では、単刀直入にお伺いします。剣帝マギの正体はエリザベス様でしょうか?」
そう来たか。マギがオールストン家の敷地内で魔王を倒して剣帝となったことは広く知られている。
しかしその正体は本人の希望で伏せられており、様々な偽装工作が行われている。
その中にはマギが金髪美人であるという流言も含まれており、あの男が敢えてエリザベスを連想させるような容姿であると流布したのではないかと密かに勘繰っている。
「剣帝マギは自身の正体を明かした者への制裁をほのめかしています。だから1ヶ月以上もその本名や容姿が秘匿し続けられているのです。この件に下手に首を突っ込まれない方が賢明かと。」
どうして自らが剣帝であることを喧伝したがらないのか本当に理解できない。
自分なら大陸中を凱旋パレードしても構わないというのに。
「しかし世間は謎の剣帝の動向に注視しています。今後も正体を隠し続けられるとは思えません。早く公開された方が良いかと存じますが。」
「お嬢さ、じゃなくて当主様。」
そばに控えていたハンナが唐突に声をかけてくる。
彼女は先月の魔王戦の折、エリザベスの暫定パートナーとして共に闘い、なんとか生き残ることができたのだった。
ちなみに、というか当たり前だが、彼女の衣装はいつものメイド服ではなく、使用人と分かる程度の地味目なフォーマルドレスであった。
「どうしましたのハンナ?」
「さきほどフィリップ・レイノルズさまからお話があるのでテラスでお待ちしていると言伝がありまして。」
良いタイミングだ。おそらくハンナが気を利かせて助け船を出したのだろう。
「申し訳ありませんが、殿方を待たせておりますので失礼いたします。」
そそくさとその場を離脱する。
逃げるようで癪だが、これ以上彼女の相手をしてもメリットは何もない。
テラスには2人の人影があった。
1人は亜麻色の髪に緑の瞳をした中年の紳士、もう1人は同じ髪と目の色をした少女だった。
少女はエリザベスの前パートナーのニーナ・レイノルズ。
男は百家序列22位レイノルズ家当主にして、ニーナの父親でもあるフィリップ・レイノルズだ。
レイノルズ家は創設から半世紀もたっていない新興の家だ。
しかし、今最も勢いのある家と言われており、来週発表予定の百家序列改定ではついに20位以内に入るのではと予想されている。
400年以上続き、始祖十二家の一翼を担うオールストン家は現在序列10位という古き名門なので、レイノルズ家とは立場がだいぶ違う。
しかし、オールストン家は魔王との戦いで疲弊し、実質的には30位から40位程度の力しか残されていない。
ただし今年の序列改定については、“あの男”が要らぬ気を利かせてくれたおかげで、今年限定で序列を据え置かれることになったことをエリザベスは事前に聞かされている。
あと1年の猶予がある。その間に体勢を立て直し、レイノルズ家に抜かれない程度には回復させようと心に誓う。
「ごきげんうるわしゅう、エリザベス嬢。お初にお目にかかりますフィリップ・レイノルズと申します。以後お見知りおきを。」
確かに初対面だが、お互い既によく知った仲と言えなくもない。
「オールストン家当主エリザベスでございます。こちらこそお見知りおきを。」
“嬢”などと言われたので“当主”の部分をアクセント強めに返す。
この男に主導権を握られると後々厄介なので、互いの立場が対等であることを明示しておく必要がある。
剣士としても実業家としても策謀家としても、彼が自分より上手なのは分かっているが、エリザベスとてただの少女ではない。
「お呼び立てして申し訳ない。なかなか挨拶に割り込めなかったもので、そちらの使用人に呼び出しをさせるような真似をしてしまいました。」
「こちらこそお構いできませんで失礼いたしました。我が不徳の致すところです。して、こんな人気のない場所でということは、“彼”の件でしょうか。」
「まあ、それもありますが、そちらは何か情報がおありですかな?無ければそれを確認してこの件はおしまいということになりますが。」
探りを入れに来たか。あいにくこちらは何もカードがない。しかも向こうはカードが有るか無いか分からない。ここは多少ハッタリをかけるか。
「大した情報は。なにしろ確証がないのでお示しすべきでないと存じますが。」
さあ、どう食いつく。
「残念ながらこちらも不確かな情報しか持ち合わせておりませんで。」
てっきりこちらの情報を聞き出そうとしてくると思ったが、動かなかった。
なぜだろうか。こちらが何も持ち合わせがないことを見抜かれたのか。
いや、わからない。向こうも本当に不確かでも情報があるのか、判断がつかない。
「それはそうと。」
フィリップが話を変える。
「わたくしの三男オズウェル、つまりニーナの兄ですが、結婚が決まりましてな。式は8月を予定に調整中です。」
ん?末息子の結婚話か。確か今年で23歳ぐらいだったと思うので適齢期ではあるが。
「それはおめでとうございます。お相手はどなたでしょうか。」
おそらく政略結婚でさらなる家名向上を狙っているのだろう。
これで娘のニーナを“あの男”と結婚させようものなら、序列が一気に15も上がってしまいかねない。
「ヒンズリー家の次女ですよ。」
ヒンズリー?百家序列39位の?てっきりレイノルズより上位の家系かと思っていた。
決して低くはないが、長男・次男は露骨な政略結婚をしていたと記憶しているので、今回の三男の結婚相手はその意図が読めない。
「貴女も式にご招待いたしますよ。ぜひご出席いただけると幸いです。」
「機会があればぜひとも。」
「それでは失礼いたします。」
フィリップは会場へと戻っていく。結局何がしたかったのかよく分からない。
情報収集でも自慢話でもなかった。
「ハンナ、ヒンズリーの次女について調べておきなさい。きっと何か裏があるわ。」
「分かりました。」