第21章 ファーストインプレッション
【章の主役】ヴィータ・ブリッジス
【作者前書き】ついにリンクスの魔法ファーストインプレッションが初お披露目に。
魔術の威力を何倍にも高めるこの力は彼の心に何をもたらしたのか。
ヴィータは期待と不安がないまぜになりながらも明日の本番を迎えることに。
「よっ、とっ、はっ。」
ヴィータは魔剣だ。これまでに数人の剣士にその身をゆだね、振るわれてきた。
そして100組以上、延べ人数にしたら1000組を超えるほどの魔剣師と剣を交えてきた。
相手の実力はピンキリだったが、パートナーは常に優秀だった。
ヴィータ自身はほとんど剣技を身につけていないが、多くの剣士の技を見て、その身に感じてきたから分かる。
自分をふるう剣士の技量がどの程度のものか。
リンクス・シェフィールドの剣技は決して平凡ではなかった。
体運び、力の入れ方、呼吸、剣の軌道、そのすべてが特徴的であり、どこか自分の知らない流派の技なのだと思われる。
自己流とは思えない洗練さで、体系化された極意のようなものさえ感じる。
しかし、その技量は期待外れだった。決して“酷い”とまでは言わない。
彼より腕が劣る剣士はこの学校にいくらでもいる。
しかし、彼より優れた剣豪がこの学校にはいくらでもいる。
そういう意味では平凡な腕前だった。
「ん?どうした?」
リンクスがこちらの機微を感じ取ったのか疑問を呈する。
魔剣化しているので表情もなにも無いはずなのだが、魔力的なパスが精神感応を起こしているからか、ヴィータの彼に対する不信感を傍受してしまったらしい。
「あんた、よくそんな腕で特待生なんてやってるわね。エリザベス先輩に勝ったなんて、とても信じられないわよ。」
ありえない。ジャクリーンの剣技評価はA+、エリザベス先輩は昨年末に昇格してAAだった。
しかしリンクスのそれは過大評価してもA-ぐらいだろう。
間に合わせのパートナーとしては妥協せざるを得ないが、期待があった故に失望が大きくなってしまっていた。
「これでもこの1年でだいぶ腕を上げたんだけどな。やっぱリジーと比較されるとまだまだ劣るよな。」
「あたし今、とっても不安なんだけど。」
「まあ、なるようになるよ。俺は剣技を学びに転校してきたんだから今はちょっと大目に見てくれないかな。」
大目に見ろだと。明日からの剣技考査は、夏の大会の出場者を決める重要な評価項目になる。
そして、この大会での戦果が成績にも大きく反映されるのだ。
負けたくない。勝って成績を上げ、名を上げ、ブリッジス家再興につなげるためにも、最低でも大会の補欠枠を獲得しないとならない。
去年できたことが今年できないなど、断じてあってはならない。
「リンリーン、ヴィッちゃーん。1時間たったけどどうするー?」
メディの甲高い呼び声がする。
彼女はジャクリーンとともに最低でも補欠、運が良ければ正レギュラーの座を射止めるかもしれない。
悔しい。すべては魔王のせいだ。家族を、パートナーを奪ったストレンジどもが憎い。
「じゃあ、そっちに混ぜてもらうよー。」
リンクスがそう答えると、彼女たちの方へ歩き出す。
24人が円形に並び、ベンサム先生が少し離れたところでその様子を見ている。
リーダーのジャクリーンが一歩前に出て仕切りだす。
「では、リンリン/ヴィータ組が合流したところで次のメニューに移ろうと…」
「待って!」
全員の視線がヴィータに集まる。
「ジャクリーン、メディ。あたしたちと本気で勝負して。」
この発言にはいつもスカした感じのジャクリーンも狼狽する。
「え、でもあんまり激しい試合は明日に差し障るし、やめておいた方が…」
「貴方はどうせ明日の試合がまるまる免除でしょ。あたしはこいつの危機感をあおっておきたいの。」
こいつ、と言ってリンクスを指さす。
「なあ、さすがに不躾だろ。彼女たちにも都合があるんだし、俺としても迷惑はかけたく…」
「あんたは黙ってて!」
リンクスはこの期に及んでも勝負を避けようとしている。
しかし、ジャクリーンと互角ぐらいの勝負ができないようでは、考査に出ても大会選手団に選抜される見込みはない。
それでは意味がないのだ。
「ねえ、ヴィっちゃんはリンリンの実力を知らないんじゃないの?だから不安なんでしょ。だったら見せてもらおうよ。彼の魔法を。」
そういえば、リンクスは魔法保有者<マジックホルダー>だ。
しかし、どんな魔法か全く知らない。
1年ぐらい前に覚醒したということぐらいしか聞いていなかった。
「それはいい。僕はリンリンに魔法を使われると正直勝てる気がしないよ。実演すればメディも安心するんじゃないかな。」
ジャクリーンがリンクスに視線を送る。
当のリンクスはというと。
「まあ、見世物にするだけならいいかな。」
何か不満そうだが、とりあえずやる気にはなったようだ。
「俺の魔法の名前はファーストインプレッション。効果は魔術や疑似魔法の威力と性質の強化だ。」
リンクスは1人みんなから距離を取りだす。
「剣士の持つ“鞘の疑似魔法”は魔術の枠を超えた魔力増幅の魔術回路だけれど、ファーストインプレッションはそれをさらに凌駕する。ほんのわずかな魔力消費でその消費量の数倍から数十倍の効用が見込めるんだ。ノーモーション、ノータイムでね。」
周囲から「マジかよ」「反則くせー」とか聞こえる。
「うん、反則だよね。魔術の原則を超越しているから魔法なんだ。これを使うとかなり格上の相手とも渡り合えるしね。だから考査ではこれを使う気はない。」
「聞き捨てならないわね。せっかく持っている力を使わないなんて。大会で使用できたのなら危険魔術の行使にも当たらないはずだし、反則じゃないんでしょ?」
「たしかにルール上は問題ない。リジー、エリザベス・オールストンに勝てたのも、この力があってこそだ。でも俺は魔法に頼りすぎて剣技がおろそかになるのが怖い。だから命がけの実戦でもない限りこの力には頼らない。」
それでは困る。どんな手を使っても勝ってもらわなければ。
エリザベス先輩に勝てるほどの力なら大会レギュラー入りは確実だ。
リンクスが特待生になったのは、魔法が使えるからというのが理由のはずだ。
それを使わないというのは学院への裏切りではないのか。
だったらそこから論破して魔法を使わしてやる。
「魔法を使わないなら、特待生の身分を返上しなくてはならないんじゃないの?」
「あ、そこ大丈夫。使わなくてもいいって学院長先生の言質取ってあるから。」
一瞬でこちらが論破された。忌々しい奴め。
「でも、実演はしてもいいよ。今日仲間に入れてくれたお礼に見せてあげる。俺の魔法を。」
そう言うとリンクスは人差し指を20メートルほど先にある練習用の人型(剣を打ち込むためのカカシのようなもの)に向ける。
「まずは通常の魔術。」
指が青白く発光したかと思うと、それは光の槍となって指差した方向に放たれる。
ブーン、ジュバッという音が遅れて聞こえてきて、人型の頭の部分に風穴があいていた。
貫かれた部分が高熱で溶かされたかのように赤く焼けており、煙がくすぶっている。
「えっと、今の魔法?」
今日ちゃんと名前を覚えたばかりのキムという少女が問いかける。
その疑問は当然だ。魔術の威力は、その距離や範囲によって大きく減衰する。
20メートル離れたところに先程の威力で遠距離魔術を放つのは相当の魔力と技量が必要だ。
疑似魔法ならともかく、魔術ならAAランク相当と言ったところか。
「いや、魔術だって。ただのサーマルブラスター遠距離狙撃仕様だよ。」
この場合“ただの”というのは適切ではない。
サーマルブラスターは1年生でも習う教本に掲載された魔術だ。
本来は直接ふれた物を熱膨張で破壊するもので、それを遠距離魔術にアレンジしたということか。
「で、今のやつに魔法のファーストインプレッションを重ねがけすると。」
再び青白い光が人差し指から発せられる。
ブーン、ドパーーン!
人型の胴体が粉々に吹き飛び、穴のあいた頭が上空に飛び上がって数秒後に地面に落ちてくる。
辺りには人型の残骸が散乱しており、余熱でくすぶり小さな炎をあげていた。