第18章 1番目の聖剣
【章の主役】シャロン・タバナー
【作者前書き】マギの4人の聖剣のうちの1人、アイリーン・シンクレアが初登場。
セクシーないたずらお姉さんが語るマギの心情とは。
時計は11時5分前を指している。
つまり、10時の待ち合わせ時刻を55分も過ぎている。
「はああ、約束をすっぽかされたんでしょうか。」
せっかく休日出勤してきたというのに、それをあざ笑うような仕打ちだ。
シャロン・タバナーの苦難の2日目は、待ちぼうけという形でやってきた。
「どうだろうね。一見軽い子に見えるが、年長者の自覚のようなものも持ち合わせているから無責任なはずがないんだけどね。」
ロウ課長も新人のシャロンが休日出勤をするというので付き添いで出てきてくれている。
もっとも日曜日の≪剣帝課≫には今この2人しかいない。
彼の言う通りならいいのだが、いきなり姿をくらますような人のパートナーでは、同じように約束を反故にするぐらい平気でするのではないかと不安になる。
「あーあ。」
先程からため息ばかりがこぼれる。
その分だけ幸せがこぼれていくと思いつつも、ため息をつかずにはいられない。
別に暇ではない。
読み込まなければならない資料は山のように残っている。
推理小説が趣味の読書家でもあるシャロンにとっても、これらの資料は十分に読みごたえのあるミステリーだ。
彼の経歴からその人格と思考を読み解き、逃走・潜伏先を推理する。
それが自分なりのマギの探し方だと思っている。
そしてパズルの足りないピースが今日ここにやってくるはずなのだが。
ガチャ。
≪剣帝課≫の部署のドアが開き、1人の女性が入ってくる。
燃えるような赤毛は炎のようにゆらめいている。
癖っ毛というと聞こえが悪いが、むしろ彼女の場合はそれがかえって大人びた妖艶さを醸し出している。
出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ起伏に富む身体は、長い足とヒールの靴も相まって、まるでモデルかアイドルのようである。
目鼻立ちのすっきりした美人だが表情は朗らかで、むしろ親しみやすい感じがする。
さすがに自分より年上には見えないが、これで18歳だとはとても信じられないほどの色気がある。
「あ、課長さんお久しぶり~、元気してた?ごめんね、なんか列車が途中で止まって大変だったんだよ。一応、遅延証明はもらってきたから許してよ。それからこっちはお土産。おいしいから部署のみんなでいっぱい食べてね。」
彼女は入って来るなりロウ課長に馴れ馴れしく話しかけ、妙な柄の手提げカバンから『みかん味のなまずパイ』なる謎の菓子折りを取り出して渡してきた。
マギの聖剣、アイリーン・シンクレアによる強烈なインパクトにたじろぐシャロンであった。
場所を応接室に移し、シャロン、ロウ課長、そしてアイリーンの3人が席に着く。
アイリーンはミニスカートとハイソックスの間から覗く生足がなまめかしく、胸元は大きく開いている。
というか本当に大きい。自分も決して貧乳ではないが、明らかに勝負になっていない。
気後れするような美人だが、軽い口調で妙に慣れ慣れしいために、不思議と話しやすそうでもある。
「お久しぶりです、シンクレアさん。それと、こちらがマギ様の正式な担当官になったシャロン・タバナーです。」
ロウ課長がこちらに話題を振る。
すかさず立ち上がり礼をする。
「よ、よろしくお願いします。シャロン・タバナーと申します。この度、剣帝マギ様の担当官を務めることになりました。シンクレア様もどうぞよしなにお願いいたします。」
「あー、いいよそんな堅苦しくなくて。私のこともアイリでいいから。よろしくねシャロン。」
話しやすい。ただし、慣れ慣れしすぎる。
自分の方が4歳も年上なのだから少しは敬意を…いや、剣帝と聖剣にはこちらから最大限の敬意を払うべきだった。
彼らに歳は関係ない。≪剣帝課≫の役目は彼らのご機嫌取りと魔王討伐への誘導と支援だ。
そのために必死にへりくだり、情報と資金を提供して、その代わりに魔王を討伐してもらうのだ。
その点で、行方をくらましたマギに対する工作は失敗しており、その挽回策として自分が抜擢されたのだ。
マギは無類の女好きというのが、自分が選ばれた理由のはずだ。
歳は可能な限り近くということで、22歳の新人で容姿もそれなりのシャロンに白羽の矢が立ったのだろうが、とんでもない。
マギの4人の聖剣は全員が息を飲むほどの美人だというのは、既に写真で確認済みだ。
自分ではとても彼女たちには太刀打ちできない。
つまり色仕掛けが成功する見込みなどない。
いや、彼女たちですら4人とも彼に置いていかれたのだ。
どれだけ高望みなのか。
いや、そもそも色仕掛けが通用する相手なのか分からなくなった。
「それでね、今日ここへ来たのは彼から私に誕生日プレゼントが届いたからなんだ。」
「誕生日プレゼント?」
たしか彼女の生年月日は399年4月8日。つまり、昨日が18歳の誕生日だったはずだ。
「手紙と一緒に郵送されてきたんだ。間違いなく本人の筆跡だよ。ほら、見せてあげる。」
失踪中のマギが、自ら捨てたパートナーにプレゼントを?
いや、捨てたわけではないか。書置きは一時的なパートナー解消ととれる内容だった。
手紙を受け取り、読み上げる。
「親愛なるアイリへ。18歳の誕生日おめでとう。できれば君と一緒に今日という日を過ごしたかったところだけど、今はお互いに距離を取るべきだと思う。たぶんアイリなら俺の考えを既に理解しかけているだろうから、他の3人のことも気にかけてやってほしい。4ヶ月後、俺自身が答えを見つけ、みんなも同じ結論に至ったのなら、5人でまた会おう。」
バースデイカードに書かれた文面は短かったものの、8日前の書置きより一歩踏み込んだ内容も書かれていた。
この女性には色々と聞きたいことができた。
「あの、シンクレア…じゃなくてアイリさん。あなたはマギ様がどうして蒸発されたか分かっているのですか?」
「ん~、見当はつくかな?彼との付き合いは私が一番短いけど、私が一番目のパートナーで、一番深い関係だって自負はあるから。」
資料によるとアイリーン・シンクレアがマギと出会ったのは約1年前。
他のパートナーたちは全員が彼と昔馴染みだということもあり、アイリーンは唯一の新参者とも言える。
しかし、正式なパートナーとなったのはアイリーンが一番早く、付き合いの短さを補うほどに濃い時間を共有している。
マギが一番目の魔法に覚醒したのも、アイリーンとの出会いがきっかけということから、彼女には自分こそが彼にとっての一番だというプライドがあるのだろう。
「剣帝になったことに最も戸惑っていたのは彼自身だからね。自分も周りも全てが変わってしまったことが受け入れられなかったんだろうなって思うんだ。だから自分探しの旅だなんてものに出ちゃったんだよ、きっと。」
この発言はかなり意外だった。魔王との戦いに挑むということは、死ぬか、敗走するか、勝って剣帝となるか、いずれかしかあり得ない。
魔王と戦う覚悟があったのに、剣帝になったことが受け入れられないというのは、どうもおかしな話のように思う。
「どうして彼は剣帝という立場を受け入れずに、蒸発などという手段に出たのでしょう。」
「それは色々かな。そもそも魔王と戦うつもりも無かったのに勝っちゃったなんて、歴史上私たちが初めてなんじゃないのかな?あとは、他の剣帝との関係とか、私たちとの将来をどうするかとか。」
話を整理しよう。魔王と戦うつもりが無かったというのは分かる。
ローザスの街に向かう魔王をオールストン家の魔剣師たちが食い止められなかったために、彼らが代わりに魔王に挑んだという経緯は、マギ本人に対して行った調書からも明らかだ。
マギとそのパートナーたちの実力は、特筆すべき点こそあれ、討ち死にしたオールストン家の当主などと比べると、いささか以上に劣っていたはずだ。
それなのに勝利をつかんだ彼らは、歴史上まれにみるほどの大金星を挙げたと言える。
他の剣帝たちとの関係も理解できる。
件の魔王が出現したローザス一帯は、剣帝第一席“ザ・ハンドレット”の縄張りだ。
彼の獲物を横から奪った形になるのだから、当然いい顔をされないだろう。
さらに、マギの実家がある場所は剣帝第三席“ナイトメア”の縄張りであり、当然マギの縄張りを設定する際に、ナイトメアの縄張りの一部が割譲されることになるのだから、彼にとっては憤激ものだろう。
さらに、マギが通っていた学校の場所は剣帝第二席“エンプレス”の縄張りだ。
ここもマギの生活圏内である以上、割譲の対象になりうる。
剣帝の実力上位3人から敵視されるという事態を重く見たからこそ、彼は先手を打って剣帝会議の場で剣帝として活動しないという宣言をしたのだと、昨日の時点でも十分推察できていた。
しかし最後が分からない。パートナーたちとの将来とは一体。
今後も彼女たちとパートナーを続けていくか悩んでいたということか。
「やっぱり私以外の3人が彼と結婚するとか言いだしちゃったのが大きいのかなあ。彼って束縛されるのが嫌いだし。」
アイリーンがふと漏らす。
「え、ええと、それはひょっとして皆さんのご実家の意向とかがあるんでしょうか?」
奇しくも剣帝マギとその聖剣たちは全員が百家に連なる人間だ。
そしてマギは、彼女たちの家族に対しては、自ら一連の事情を説明して回っていたという。
それはパートナーとしての説明責任を果たすという以外に、マギとその聖剣の情報を世間に対して口止めする意図もあったらしいのだが。
しかしその家族たちが、剣帝を自らの家に取り込み家勢を盛り上げようと画策したことは容易に想像できる。
「う~ん。それは当然あったと思うよ。でも、私も含めてみんな彼のことが好きなのも事実だから。」
「アイリさんもご実家が百家の一つですよね。何もご家族から言われなかったんですか?」
「ああ、うちはそういうの何も言わないから大丈夫。それに私は彼のそばにいられれば愛人でも何でもいいって告白したし。」
この人も大概だ。第一印象からして凄まじいオーラの持ち主だとは思ったが、愛人でいいと公言するあたり、本当に並の女性ではない。