第17章 交友
【章の主役】ヴィータ・ブリッジス
【作者前書き】話はようやく本編2日目に。
久しぶりに朝寝坊したヴィータが朝食を取ろうとすると驚きの光景が。
リンクスが朝から大暴走?
日差しがカーテン越しに差し込む。
もう朝なのか。ヴィータはゆっくりと目を開ける。
この新しいベッドはあまりにも柔らかく、深く沈みこむ。
眠りまで深くなってしまったようだが、目覚ましが鳴らないところをみるとまだ朝早いのだろうか。
時計を確認する。まだ4時だ。これなら二度寝も許される。
いや、おかしい。午前4時でこんなに明るいはずがない。
よく見ると秒針が動いていない。ゼンマイを巻き忘れていたようだ。
慌てて飛び起き、ドアを開けて共有スペースの居間に出るが誰もいない。
ここの時計は10時を少し回っている。秒針もちゃんと動いている。
今日が日曜だからといって普段の自分からは考えられない朝寝坊だ。
よほど疲れていたのだろう。原因はあいつのせいで決まりだ。
テーブルを見るとメモが置いてあった。
『ちょっとその辺をぶらついてくる。午後は明日の考査に向けて特訓しよう。Byリンクス』
できれば昨日のうちに自主練をしておきたかったが、訓練スペースの予約が取れずにお預けとなってしまっていた。
いや、すでに明日の分まで予約がいっぱいで、明日当日にぶっつけ本番になるのだ。
午後に特訓と書いているが、無理だと分かっていないのだろう。
くう~。
おなかから恥ずかしい音がする。
とにかく着替えを済ませて、カフェテリアで遅めの朝食をとろう。
昨日の夕方に女子寮から男女共同寮に移ったばかりのため、色々と勝手が違ったものの、寮の玄関を出て1分ほどでカフェテリアの建物に着く。
ここは朝6時から夜9時まで開いており、食堂よりもコストパフォーマンスが良いので気に入っている。
フレンチトーストとベーコンサラダの盛り合わせを選ぶと、座席を求めて移動する。
と、何やら人だかりと笑い声が聞こえる。
半分はこちらに背中を向けているので顔が見えないが、自分と同じ2年生が男女問わず20人ほどたむろしていると分かる。
あの連中からは少し距離をとろう、そう思ったが彼らの会話が耳に入ってしまった。
「ひゃははは、マジかよ?うけるー。お前面白すぎるぜ。」
「今度それもっと詳しく教えてよ。」
「早くヴィっちゃんとリンリンの独占インタビューさせてよ。」
「ねえ、私も君のことリンリンって呼んでいい?」
ん?リンリン?
しかもさっき聞こえた声はメディではないか。
足をその集団に向ける。
よく見ると集団の真ん中、後ろ姿しか見えないがあの濃紺色の髪の男子は…。
「ていうかお前あのブリッジスと組むとかどんな勇者だよっおおおわあああー!」
ちょうど話を始めた男子がこちらに気付き、驚きのリアクションをとる。
リンクスがこちらを振り返り、眩しい笑顔を向ける。
「おはようヴィータ。今から朝飯?一緒に食べよ?」
彼の隣に座っていた女子が逃げるようにそそくさと席を空ける。
「お、ありがとうね。ほら、キムが席開けてくれたから隣にどうぞ。」
あの女子はキムというのか。たしか他の組にあんな顔の生徒がいた気はするが名前は特に覚えていなかった。
たしか以前に授業で手合わせした気はするが、たいして記憶に残らなかったということは大したことないのだろう。
改めてメンツを眺める。
クラスメイトのメディと、そのパートナーでC組のジャクリーン・アボットはよく知っている。
ジャクリーンは入学してすぐのころ自分のパートナーだった。
同学年の女性剣士では間違いなく最強だが、エリザベス先輩と比べると1ランク落ちる。
A組のジミー・ボランとアガサ・コーエンのペアもかなりできる方だ。
しかし、後は有象無象で顔と名前が一致しないのが多い。
「いいわ、こんな騒がしいところで食べたくないし。」
「そう言うなよ。友達と一緒に食べたほうが楽しいし、おいしいよ。」
テーブルには各々のコーヒーや紅茶、大皿の上にビスケットや板チョコなどのお菓子類が載っており、あたかもお茶会である。
これなら自分ひとり朝食を食べていてもそれほど違和感はない。
「さあさあ、俺たちまだ交流が少ないんだし、クラスのみんなとも交友を深めておこうよ。」
クラスのみんなと言いつつ、半分ほどが他のクラスだ。
いったいどうやって昨日の今日でこんなに交友関係を広げたのか分からない。
そんなことを思っていると手にしたトレイが消えている。
なんとリンクスの隣の空いた席に置かれてしまっている。
いったいいつの間に。これでは座るしかない。
まあ、自分のパートナーを含めて友人も数人いるので、諦めて席に着く。
即座にフレンチトーストにナイフを入れる。
食事中だからと言えば、あまり会話に加わらなくて済む。
「じゃあ俺の魔剣も来てくれたところで。明日から始まる剣技考査って俺まだルール知らないんだけど誰か教えて。」
剣技考査の詳細な説明はしていなかったから、確かに聞いておくべきだろう。
「ならボクが説明するよ。」
ジャクリーン・アボットが役を買って出る。
自分の前の前のパートナーである彼女は、一人称が“ボク”で中性的な美貌を持つという、女性歌劇団の男役のような少女だ。
ちなみにアボット家は百家の序列42位でジャクリーンは次期当主候補、つまり彼女は≪フラタニティ≫の会員でもある。
「年度初めの剣技考査は1年生を除く600人300ペアで行われる。多段階変則勝ち抜きリーグ方式を採用している。これは勝敗数が同じペア同士がランダムで対戦を組まされ、3勝したペアが翌日のリーグに進出できるものだ。ただし3敗するとそこで考査終了になる。簡単に言うと、1日3試合から5試合組まされて、毎日半数が脱落していくのを繰り返すんだ。もっとも、前年の結果が良かったペアはシード権で途中参加してくるから単純に半減はしないけど。」
「トーナメントがあるって聞いていたんだけれど?」
「それは最終日6日目だね。さっきの変則リーグ方式を5日繰り返して、残った16組で最後にトーナメント戦をするんだ。ここでの結果が夏の大会の代表メンバーを決める重要な要素にもなってくるよ。」
「試合自体のルールは?」
「普通のPKO戦だよ。魔剣オンリー、10ポイント先取、20分制限、堅護の呪布着用。」
相手に1太刀入れられる、魔剣を取り落とす、ダウンを取られると1ポイントが相手に加算される。
ただし魔剣以外の方法でダメージを与えてもポイントにはならない。
10ポイント先に取った方が勝ちだが、20分以内に決着がつかなければ点数の多い方を勝ちにする。
“堅護の呪布”とは試合用の魔装で、魔術の使用キャパシティを強制的に制限し、その分を防御系魔術に無理やり振り分けるというものだ。
これにより、攻撃力はおよそ10分の1に抑えられ、逆に防御魔術が常時強制発動させられる。
そのおかげで、お互いに魔剣を使用してもケガのリスクは大幅に軽減される。
もっとも、これは魔力消費が少なくないため、数時間も連続着用すると普通の生徒ではへとへとになってしまう欠点がある。
多いと1日5試合(最長でも合計1時間40分)着用する計算で、これが6日も続くと疲労が蓄積してへばってしまう可能性がある。
「ところで、」
今度はヴィータ自身が口をはさむ。
「1年生だけの新人戦もあるんだけど、去年私はジャクリーンと組んで優勝して、夏の大会では補欠に入ったわ。でも2年生以上の考査は、最終日の決勝トーナメントに進出できてやっと補欠になれるかどうかよ。即席ペアに高望みはしないけど、私と組むからには去年と同等以上、つまり補欠以上になるためにも、決勝トーナメント進出は最低条件よ。」
「300組中、上位16組に入るって結構高望みじゃない?まあ、話を聞く限り毎日1回は負けても大丈夫っていうことだから、何とかなりそうな気もするけど。」
「でも、私とあんたのペアは去年の実績が無いからシード権も無くって、初日からリーグを勝ち抜かなければならないの。試合数が多いから、疲労や負傷のリスクが大きいわ。特に4日目以降は強敵しか残らないから楽観視なんてできないわよ。」
そうだ、自分は絶対にこの考査で好成績を残さなければならない。
去年はジャクリーンと入学式の前から3週間もかけて特訓し、新人戦に臨むことができた。
おかげで夏の大会は1年生ペアとしては唯一の補欠入りを果たした(当時2年生のエリザベス先輩と1年生のニーナ・レイノルズのペアがレギュラーだったが)。
大会後は、エリザベス先輩がニーナとのペアを解消して、自分を新たなパートナーに指名してきた。
ジャクリーンと別れて、より好条件のエリザベス先輩と半年間の実績を積んできたというのに、この土壇場で彼女の休学というアクシデントに見舞われてしまった。
急きょ実力不詳の男の剣士と組むことになったが、それからわずか3日で考査が始まってしまうのだから、不安が募って仕方がない。
魔剣化して彼に振るってもらったのは昨日の柄収めの時だけだ。
自主練習もできない現状が苛立たしい。
ジャクリーンとのペアを解消するべきではなかったと、今更ながら悔やまれる。
ブリッジス家再興のためにも、こんなところで躓いてはいられないというのに。
「リンリンなら楽勝でしょ。去年エリザベス先輩に勝ったんだから。」
メディが楽天的に同意を求める。
ん?エリザベス先輩に勝った?
「まあ、あれは魔法でごり押ししただけだから褒められた勝ち方じゃないけどさ。」
メディとリンクスの会話についていけず、2人の顔を交互に見やる。
「エリザベス先輩に勝った?」
おそらく自分はひどく間抜けな顔をしているかもしれない。
「知らないで彼とペアを組んだのかい?」
ジャクリーンが珍しく間抜けな顔をして聞き返す。
「リンリンは去年の大会でイリーノ校の代表としてエリザベス先輩と戦って勝っているんだよ。」